パートナー VS パートナー
エレナの宣言により、戦いの火蓋は切って落とされた。
カウントが0になると共に、ミレーユは地面を蹴って一気にコトネの元へと距離を詰めた。
一方のコトネはその場から動いておらず、決闘はミレーユが先手を取った形で始まった。
距離を詰めたミレーユは、コトネの腕の方へと手を伸ばした。
おそらくは、動きを直接封じるか投げ技を使うつもりなのだろう。
決闘とはいえ、いきなり殴ったりするのはさすがのミレーユも抵抗があるという事か。
ミレーユの動きにすぐさま反応したコトネは、横へ跳んで距離を取りつつそれを回避した。
しかし反撃に移る様子はなく、ミレーユの様子を窺っているように見える。
ミレーユはコトネが反撃してこない事に対して訝しげな表情を浮かべながらも、すぐに次の攻撃に移った。
今度の攻撃も、先程と同じようにミレーユが手を伸ばしコトネに掴みかかった。
だが、それだけではなかった。
コトネが再びミレーユの攻撃を回避しようとした瞬間、ミレーユは即座に自分の足をコトネの足へと引っ掛けたのだ。
「キャッ!?」
横へ跳ぼうとしたところで足を引っ掛けられ、バランスを崩したコトネが軽い悲鳴を上げながら転びそうになる。
が、こける瞬間に何と空中で体勢を立て直し、そのまま横へ一回転しながら着地した。
「凄いな……。」
俺は思わず、そんな事を呟いていた。
とても運動神経が良いようには見えないコトネに、あんな動きが出来るとは予想外だったのだ。
だが、悪魔は人間より身体能力が高いのだから、あのくらいは当たり前なんだろうな。
今のを見ても、ミレーユもエレナも全然驚いている様子はないし。
驚いているのは俺と朱音だけだ。
しかし今のところ、ミレーユはともかくとしてコトネが能力を使用する気配はない。
「直接攻撃系能力の使用禁止」というルールでコトネは能力の1つを封じられている状態だが、それとは別にもう1つ能力を持っているはずだ。
持っている能力が2つとも直接攻撃系だという事はないと思うが……もう1つの能力は戦闘向きでない能力なんだろうか?
俺がそんな事を考えている間も、ミレーユはコトネに攻撃を仕掛けていた。
攻撃が尽く避けられる事にイライラし始めたのか、時折キックを織り交ぜるなど段々容赦がなくなってきている。
が、それが思わぬところで別の問題を発生させていた。
「ちょっ!?」
慌てて俺は顔を横に背けた。
ミレーユが足を高く上げてキックを繰り出した際、スカートがめくれて白いパンツが見えてしまったのだ。
決闘のため動きやすさ重視の服装をしており、ミレーユは丈の短いスカートを履いている。
コトネの方はショートパンツを履いているので、こういった心配はしなくていいのだが……。
アイツ、何で決闘するのにスカート履いてくるんだよ!
今更そんな事を言ってもどうしようもないのはわかっているので、俺は心の中でそう叫んだ。
――――――――――――――――――
決闘を開始してから10分後。
未だに決着が着く気配はなかった。
様々な攻撃を駆使して容赦ない攻めを見せるミレーユ。
それらの攻撃を必死に回避し続けるコトネ。
両者は一歩も退かない戦いを繰り広げていた。
しかし、決闘を開始してからコトネはまだ一度も攻撃を仕掛けていない。
俺が危惧した通り、やはり攻撃を躊躇しているのだろう。
ミレーユのスタミナ切れを狙っているのかもしれないが、ミレーユはまだまだ動けそうだ。
コトネもまだ大丈夫そうであるとはいえ、今の状況が続けば不利なのは間違いない。
「なかなか終わらないね……。」
「そうだな。」
観戦に徹している俺と朱音は、最初の方こそハラハラしながら見守っていたものの今はすっかり緊張も解けてきていた。
決闘はさっきから同じような攻防の繰り返しで、段々こちらも慣れてしまったのだ。
審判を務めるエレナも退屈そうに欠伸をしている。
正直、お腹すいたな……。
家を出る前に予め夕食は作ったのだが、決闘の事を考えて夕食を後回しにしていた。
激しく動き回るわけだし、ダメージを受けて食べた物を吐いてしまうのを避けるためというのが理由だ。
決闘をする2人以外のメンバーも同じく夕食を食べていないため、空腹感に見舞われていた。
しかし今のペースだと、決闘が決着するまでにはまだ当分かかりそうだ。
「はぁ……」とため息をついて、俺はふと夜空を見上げた。
決闘を始めた時は少し曇っていた空が、少しずつ晴れてきていた。
雲に隠れた月が、徐々に姿を見せ始め。
やがて雲は流れ、綺麗な満月が現れた。
暫く満月を眺めた後、俺は決闘の方へと視線を戻した。
この短い時間の空の変化とは違って、こちらの決闘の方は先程とあまり変化がない。
同じような攻防を繰り返し続けているだけだ。
……いや、訂正。
1つだけ、さっきまでとは変わった事があった。
月明かりに照らされたミレーユの金髪が、風に揺らめく度に眩く光っていたのだ。
さっきまでは曇っていたせいで月明かりがほとんどない状態だったため、このような事はなかったのだが……。
煌めく金髪を揺らしながらいつも以上に真剣な表情をしているミレーユに、俺はいつの間にか見惚れてしまっていた。
本当に、見た目だけは文句ないんだよな。
中身がアレでなければ良かったのに。
「和也君、やっぱりミレーユの事が好きなの?」
「えっ?」
何故か少し不機嫌そうな朱音の声によって、俺は急に現実へと引き戻された。
「そ、そんな事ないぞ! というか、どうしてそう思ったんだ?」
「いや、だって今見惚れてたみたいだったから。」
「ご、誤解だって! 俺はただ、決闘がどうなるのか気になってだな……」
「ふぅ~ん……。」
納得していない様子の朱音に睨まれてしまった。
俺、何か悪い事したか?
全く心当たりがないのだが。
どうしようかと考えていたところで、遂に決闘の方で動きがあった。
「さっきから逃げ回ってばかりね、コトネ。」
「……。」
「どうして攻撃を仕掛けて来ないの? やっぱり怖いのかしら?」
「……。」
攻撃が当たらないイライラが限界に達したのか、ミレーユがコトネを挑発し始めた。
コトネを煽って攻撃を仕掛けさせ、隙を突いてカウンターで仕留めるつもりなのだろうか。
しかしコトネの方は特に反応を返さず、今まで通り黙々と攻撃を避け続けている。
「そんな状態では、やはり和也のパートナーは務まらないわね。自分から攻撃を仕掛けないと、ミッションの時に犯人を捕まえられないわよ?」
「……。」
「お昼にも言った事だけど、弱いパートナーは必要ないの。この勝負、勝たせてもらうわ!」
コトネの回避パターンを既に見切っていたらしいミレーユが、フェイントの蹴りを繰り出した。
見事にフェイントに引っかかってしまったコトネは、フェイントをかけた足とは逆の足から続けて繰り出された蹴りを回避できなかった。
横蹴りを咄嗟に腕でガードしたもののダメージを抑えきれず、コトネはそのまま約1メートル程吹き飛ばされた。
「きゃあっ!」
「コトネ!」
「コトネちゃん!」
地面に倒れたコトネの元へ、俺と朱音は慌てて駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「うぅ……。へ、平気です……。」
そうは言うものの、コトネの表情は苦しそうだ。
蹴りを受けた腕をぴくぴくさせており、かなりのダメージを負ったように見える。
放火事件の際にミレーユが怪我をした事からもわかるように、悪魔は身体能力こそ人間より高いがダメージに対する耐性はそれほど優れているわけではない。
さっきのミレーユの蹴りは、かなりの威力が出ていたはずだ。
最悪、コトネの腕が骨折していてもおかしくないだろう。
「後でちゃんと治してあげるから大丈夫よ。とりあえず、今回の決闘は私の勝ちという事でいいかしら?」
「そうですわね……。コトネさんの方はもう戦えないでしょうし、この決闘はミレーユさんの」
「ま、待って下さい! 私はまだ動けます!」
審判であるエレナが決着を宣言しようとしたのを遮って、コトネがふらつきながら立ち上がった。
「駄目だ! これ以上やったら、大怪我するかもしれないんだぞ!?」
「そうだよ! 今回は諦めて、また日を改めた方がいいよ!」
俺と朱音が説得を試みるが、コトネは首を横に振り
「このまま負けてしまったら、ミレーユさんの言う通り、私はずっと弱いままだと思うんです。それはもう、嫌なんです。」
「コトネ……。」
思い詰めた表情で、コトネはそう呟いた。
彼女の気持ちはわかるが……。
「無理よ。さっきも言ったでしょう? 『自分から攻撃しないと勝てない』って。ましてダメージを受けている状態で、貴方は私に攻撃できるの?」
そうだよな……。
悔しいが、今のミレーユの指摘は的を射ている。
既にコトネの回避パターンは見切られているのだから、決闘を継続しても防戦一方ではすぐにやられてしまうだろう。
やはり、このまま戦わせるわけにはいかない。
「コトネ。やっぱり諦めよう。」
「……どうして、ですか? 私が、弱いからですか?」
コトネは泣きそうな表情になり、顔を伏せた。
「いつも、そうでした。肝心なところで、怖くなって、結局何も出来なくて……。そんな自分を変えたくて、私は和也さんと契約したんです。でも、やっぱり何も変わらなくて、それどころか助けてもらってばかりで……。」
言葉が途切れ、コトネの目から涙が溢れ出した。
どうやら相当思い詰めていたようだ。
かけるべき言葉が見つからず、俺や他のみんなもその場に立ち尽くしてしまった。
そして。
―――バッ!
その場でコトネはくるりと背中を向けると、一目散に駆け出した。
「おい、コトネ!」
咄嗟に呼び止めようとするも、間に合わなかった。
コトネは意外にもかなり足が速く、あっという間に彼女の背中が遠ざかっていく。
みんなが呆然としている中で、いち早く我に返ったのはエレナだった。
「こうしている場合ではありませんわ! 早く追いかけないと!」
エレナが駆け出したのに続いて、俺やミレーユ、朱音もコトネを追いかけて走り出した。