パートナーはどっち?
「私は反対よ。」
和やかな雰囲気を断ち切るかのように、ミレーユはコトネの入学に反対した。
「コトネ。貴方まで学校に来たら、家の事はどうするのよ? ただでさえ同居人が増えて大変なのに。」
「うぅ……」
ミレーユが厳しい表情でコトネを睨みながら責め立てた。
可哀想に、コトネはすっかり委縮してしまっている。
「待てよ。コトネは昨日の夕食の時も配膳や食器洗いを手伝ってくれたぞ。今日買い物から帰って来た後も、自分から進んでお風呂やトイレの掃除をしてくれてたし。それに対して、お前は普段あまり家事を手伝っていないだろ?」
「別に問題ないでしょう? 私は貴方のパートナーとしてコトネの先輩にあたるのだから、そのくらいの差があっても。」
コイツ……!
理不尽な物言いにイラッとした俺は、コトネの代わりにミレーユに反論する事にした。
「ふざけるな! 昨日、『コトネと仲良くしてやってくれ』って言ったばかりだろ!? なのに何でそんな理不尽な態度をとるんだよ!」
「貴方の方こそ、『不満があるなら遠慮なく言え』と私に約束させたじゃない! だから不満を正直に言っただけなのに、何で怒られなければいけないの!?」
「ふ、2人とも落ち着いて!」
ヒートアップして椅子から立ち上がった状態で睨み合う俺達の間に、朱音が仲裁に入った。
尚も睨み合ったままの俺達を、コトネは少し泣きそうな表情で見上げながら、
「あの、喧嘩はやめて下さい! わ、私、ちゃんとお留守番するようにしますから……。」
ミレーユに遠慮したのか、コトネがそんな事を言い出してしまった。
でも、こんな理不尽な理由でコトネが我慢させられるだなんて事に、俺は納得できない。
「どうすれば、お前はコトネの入学を認めてくれるんだ?」
俺は少し気を落ち着かせながら、出来るだけ冷静に尋ねた。
「そうね……。コトネ、私と決闘をしましょう。」
「け、決闘……ですか?」
突拍子もない提案に、みんなは驚いている様子だった。
「ええ、そうよ。貴方が勝ったら素直に入学を認めてあげるわ。でも、私が勝ったら、絶対に入学なんてさせないから。」
確かに白黒決着をつけるやり方として、わかりやすい方法ではある。
しかし、もし本当に決闘する事になったとして、気の弱いコトネがミレーユを攻撃できるだろうか?
もし攻撃できなかったら、コトネが一方的にミレーユに嬲られるだけの結果に終わるのでは?
そう思った俺は、何とかミレーユの提案を却下するために反論を試みた。
「ちょっと待て! どうして決闘する必要があるんだよ!?」
「簡単よ。和也のパートナーは2人もいらないの。弱いパートナーなんて、必要ないでしょう?」
全く悪びれる様子もなく、ミレーユはあっさりとした調子でそう答えた。
コイツ……やっぱり、まだ昨日の事を根に持っているのか?
もしそうなのだとしても、やはりこの提案は受け入れるわけにはいかない。
しかし、俺が提案の拒否を伝えようと口を開く前に、コトネが立ち上がった。
「わかりました。私も、いつまでも弱いままだなんて、嫌ですから……。決闘、受けます。」
「コトネ!?」
「コトネちゃん!?」
俺と朱音が同時に驚きの声を上げた。
大人しいコトネが、決闘の提案を受け入れるとは予想外だったのだ。
ミレーユは一瞬驚いた表情を見せたものの、その表情はすぐに不敵な笑みへと変わった。
「ふふっ、まさか本当に乗ってくるなんてね。」
まるでコトネを挑発するように、ミレーユはそう呟いた。
「コトネ、本当にやる気なのか!? 別に無理する必要なんてないんだぞ?」
「……無理なんて、してません。怖くないと言ったら、嘘になっちゃいますけど……。でも、昨日からずっと、何かある度に和也さんにかばってもらってばかりで、私何も出来てないですから……。だから今回は、自分の力でやりたいんです。」
「そうか……。」
コトネはそんな事を気にしてたんだな。
やたらと家事を手伝ってくれていたのも、そういった想いがあったからという部分が大きいのかもしれない。
「わかった。コトネがやると言うなら、俺は応援するよ。」
「和也さん……! ありがとうございます!」
俺がコトネにそう言うと、コトネは少し笑顔を見せてくれた。
それとは対照的に、さっきまで不敵な笑みを浮かべていたミレーユが明らかに不機嫌な視線を向けてきている。
その後、朱音もエレナも反対意見を出す事はなかった。
こうして、ミレーユとコトネの決闘を行う事が決定したのだった。
――――――――――――――――――
「で、決闘はいつやるんだ?」
話がついたところで、俺はミレーユにそう問いかけた。
学校があるのは月曜日で、今日が土曜日だから2日で何とかしないといけなくなる。
ミレーユの時の事を踏まえると、入学は割とあっさり出来るみたいだから明日の晩までに決まれば問題はないはずだが。
「私は今日、これからでも構わないのだけど。」
「わ、私もそれで構いません。」
「一応聞いておくけど……決闘っていうのは、つまり『戦闘をする』って事だよな?」
「それ以外に何があるの?」
そうだよな。
コイツの性格からして、決闘内容が「料理対決」とかのわけがないもんな。
万が一、何か勘違いしていないか確認のために尋ねたのだが、どうやらガチの決闘のようだ。
コトネもエレナも朱音も、ちゃんと「決闘」の内容を理解していたようで特に驚く様子はない。
「場所はどうするつもりなんだ? うちで戦闘をやるわけにはいかないだろ。」
悪魔同士が家で戦ったりしたら、後で大変な事になるのは目に見えている。
かといって、他にあまりいい場所は思いつかないけど。
「学校のグラウンドとかはどうかしら?」
ミレーユがそんな提案をしてきたが……しかし、土日は確かグラウンドを使っている部活があるはずだ。
仮にスペースが空いていたとしても、人目につくのは避けたい。
「土日も運動部がグラウンドを使ってるから駄目だよ。それに、先生とかに決闘してるところを見つかったら問題になっちゃうし。」
どうやら朱音も俺と同じ事を考えていたらしい。
元々陸上部員だったわけだし、その辺りの事情はよく知っているのだろう。
「でも、学校以外でなら1つだけ候補があるよ。」
「何処だ?」
「ここから少し離れた所にある河原だよ。あそこならそれなりの広さがあるし、丁度いいんじゃないかな?」
「で、でも、他の人達に見られちゃったりとかしないでしょうか……?」
「大丈夫。あそこは夜の人通りがほとんどないみたいだから。」
なるほどな。
確かにその河原なら、決闘の場所としては打って付けかもしれない。
「河原で決闘だなんて、まるで不良同士の喧嘩みたいですわね。」
「まあいいんじゃないかしら。私はそこで構わないわ。」
「わ、私も大丈夫です。」
朱音の提案に対して、エレナ・ミレーユ・コトネが三者三様の反応を返した。
エレナの突っ込みは置いておくとして、一応はみんな賛成みたいだ。
「夜の人通りが少ないのなら、決闘は夜にすべきだろうな。」
「そうね。では、決闘は今夜にしましょう。コトネ、それでいいかしら?」
「わ、わかりました。」
今夜か……。
かなり急ではあるが、月曜日が明後日である事を考えれば日にちがないし仕方ないか。
話が一段落ついたところで、俺はずっと不思議に思っていた事をこの機会に尋ねる事にした。
「そういえば、前から気になってた事があるんだが……ミレーユは前にあっさりとうちの学校に転校扱いで入ってきたけど、あれはどうやったんだ?」
「簡単よ。ゲートから地獄に一旦戻って、裏工作を得意としている悪魔に依頼を出したの。『一晩で入学出来るようにしてくれ』ってね。」
「そんな事が出来るのか?」
「別に珍しい事ではありませんわよ? 悪魔が一人前として認められるのは15歳になってからなので、その時点で人間界に出てくると成り行きで学校に入らなければならなくなる事が多いのですわ。悪魔の年齢に合わせて、パートナーも必然的に同年代の人間が選ばれやすい傾向がありますから。そういった理由で、ある程度の権力を持った人間と契約している裏工作専門の悪魔がいるというわけですわね。」
それ、色々と法律的に問題があるんじゃないか?
突っ込みを入れようかとも思ったが、コイツらに言ったところでその仕組みがどうにかなるわけでもない。
コトネがうちの学校に入学するためにもその裏工作専門の悪魔とやらの協力が必要なわけだし、今回はスルーしておくか……。
その後、夕方まで決闘のルールなどについて話し合いが行われた。
話し合いが終わってからも夕食の準備などで時間がかかってしまい、結局家を出発したのは日が暮れてから暫くした後だった。
――――――――――――――――――
現在時刻、20時ジャスト。
俺達は自宅から少し離れた所にある河原に来ていた。
これからミレーユとコトネの決闘が行われるのだ。
今いるメンバーは昼間と変わらず、俺・ミレーユ・朱音・エレナ・コトネの5人だ。
決闘の審判はエレナが務める事になっている。
一番中立に審判をしてくれそうだという理由で満場一致で決まったのだ。
エレナも特に不満を言う事はなく、むしろこの決闘がどうなるのかを楽しみにしているようでもあった。
かくいう俺も、悪魔同士の戦闘というのがどんなものなのか興味がないわけではない。
現在の心境としては、ハラハラしている気持ちとワクワクしている気持ちが半々といったところだ。
しかし、コトネは本当に大丈夫なんだろうか?
俺がずっと気になっていたのは、やはりコトネの事だった。
「あまり好戦的な性格でないコトネが一方的にやられる展開にならないか」という不安が、どうしても拭えなかったのだ。
エレナから聞いた話では「本気で戦えばコトネはミレーユより強い」らしいが……。
「それでは決闘の前に、ルールの確認をしますわ。
・制限時間は無し
・どちらかが倒れるか降参した場合、あるいは審判が戦闘続行不能と判定した場合のみ決着
・直接攻撃系の能力は使用を禁ずる
以上で問題ないかしら?」
「ええ、大丈夫よ。」
「私も問題ありません。」
ミレーユもコトネも、同時に頷いた。
この「直接攻撃系能力の使用禁止」のルールの存在は、コトネにとって不利なものだ。
とはいえ、ミレーユの能力は2つとも1:1の戦闘では全く使えないものなので、そういった事情を踏まえれば一概に不公平とは言えないだろう。
単なる決闘で危険な能力を行使させるわけにもいかないしな。
直接攻撃系の能力を封じられた状態で、コトネが何処までミレーユと渡り合えるのか。
それが今回の決闘のポイントとなる事は間違いないはずだ。
「では、これより決闘開始のカウントダウンを行います。」
エレナがそう宣言した事で、ミレーユもコトネも表情を引き締めて見つめ合った。
両者の距離はおよそ10メートルほどで、本気の悪魔であれば一瞬で詰められるであろう間合いだ。
「3……」
雰囲気が一気に緊張感を増し、俺は思わず拳を握り締めていた。
俺の隣で観戦している朱音も、同じように緊張した表情で開始の時を待っている。
「2……」
そして遂に、その時が訪れようとしていた。
「1……」
場の緊張感が最高潮に達したその瞬間、エレナが片手を挙げ……
「0!」
最後のカウントを、エレナは宣言した。