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あくまでもヒロインは悪魔です  作者: 紅烏
ファースト・ミッション
4/406

始まりの日

 ―――あいつ、本当に大丈夫なのか……?


 今日から一緒の学校に通うという事で、俺は当然ミレーユと二人で登校するものとばかり思っていた。

 しかし、朝食を食べ終えたミレーユは、俺が二人分の食器を洗っている間に「手続きがあるから先に行くわ」と言い残してさっさと家を出てしまったのだ。

 まあ何だかんだ言ってしっかりしてそうだし、大丈夫だとは思うけど……。

 とりあえず自分の準備も終わったところで、俺も家を出る事にした。


 ――――――――――――――――――


 学校に到着し、教室に入って窓際にある自分の席についた俺に、数少ない友人の一人が興奮した様子で話しかけてきた。

 こいつの名前は宮下みやした 弘樹ひろき

 明るくお調子者なところがある奴で、俺と違って友達が多い。

 背も高い方で、髪は短めで剛毅な顔立ちをしている。

 所謂イケメンの部類に入ると言っていいだろう。


「なあ一ノ瀬、聞いたか? 今日からうちのクラスに転校生が来るって噂!」


 ……正直心当たりがあり過ぎるのだが、ここでそれをバラして根掘り葉掘り聞かれるのも面倒なので知らないフリをする事にした。


「さあ? 今初めて聞いたが。」

「なんだよ、テンション低いな~お前。転校生は女の子らしいぜ? それも金髪の可愛い子だって!」

「なんでそんな事知ってるんだ?」

「今朝、クラスの奴が職員室に見た事のない女の子が入っていくの見たんだってさ。そんで先生に聞いてみたら今日からうちのクラスに転校してきた子らしいって言われたそうで、噂が広まってるみたいだぜ?」


 そんな事になってんのか。

 朝から頭が痛くなってきた……。

 これ以上この話を聞いていると余計に頭痛がひどくなりそうなので、俺は話を切り替える事にした。


「ところで、最近ここら辺で出没してるって通り魔の噂で何か新しい話とか聞かなかったか?」

「いや、知らねえけど。どうしてそんな事が気になるんだ?」

「ちょっとな。昨日通り魔らしき人に襲われそうになったというか、襲われたというか……。」

「はぁ!? マジかよ!? まあ普通に今日学校に来れてるんだし大丈夫なんだろうけど、警察には届けたのか?」


 そういや警察に行ってないぞ、俺。

 行って襲われた事を話せば何か手掛かりを教えてもらえるかもしれないのに、完全に忘れてた。

 今日の放課後にでも、近くの警察署に寄ってみるか。

 そんな事を考えているうちに始業のベルが鳴り、先生が入ってきた。


「きりーつ! 礼! 着席!」


 日直の号令の後、先生は簡単な連絡事項を幾つか説明した後、こう切り出した。


「連絡事項は以上だ。最後に、今日からうちのクラスに来ることになった転校生を紹介する。」


 「おおっ!」というどよめきがクラスに湧き上がる中、教室の前の扉をノックしてから彼女が入ってきた。

 金髪ポニーテールにうちの学校の制服を着た、ミレーユが。

 美少女が来た事で目に見えて盛り上がる男子達。

 その盛り上がりを冷ややかな目で見ながらもミレーユが気になる様子の女子達。


「では早速転校生に自己紹介をしてもらう。全員静かに!」


 先生がそう声を張り上げて言うと、クラスは一気に静まり返った。

 そしてミレーユが自己紹介を始めた、のだが……。


「初めまして。一ノ瀬 ミレーユです。よろしくお願いします。」


 ……おい。

 ちょっと待て!

 お前の苗字は「一ノ瀬」じゃないだろうが!


 いや、ここで突っ込んだら余計に怪しまれる!

 後でさっきの宮下辺りにイジられるのは確実だ。

 ここは知らないフリを通して、「偶然同じ苗字の人が転校してきた」という事にしよう。

 そうしよう。


 だが、現実は非常だった。


「質問いいですかー?」


 クラスの前の方の席で手を挙げてミレーユに質問する男子がいた。

 というか、質問しているのは宮下だった。


「うちのクラスにも一ノ瀬って奴がいるんですけど、ミレーユさんってそいつと何か関係あったりするんですかー?」


 ヤバい!

 その質問はヤバい!

 ミレーユさん何とか上手くやり過ごしてくださいお願いします何でもしますから!

 という心の叫びもむなしく。

 予想していた以上の爆弾をミレーユは投下したのだ。


「このクラスに『一ノ瀬』っていう男の子がいるのは知っています。苗字が一緒なのはちゃんと関係があります。私は彼の婚約者で……まだ籍は入れてないけど、私の特殊な事情もあって『一ノ瀬』を名乗らせてもらっています!」


 クラスメイト達の絶叫にも似た声が響き渡り、先生が静かにするように注意する中。

 俺は頭を抱え、必死に現実逃避を図ろうとしていたのだった。


 ――――――――――――――――――


 案の定、休み時間に質問攻めにあった。

 転校生のミレーユと、転校生でない俺まで。

 俺は必死に誤解を解こうと抵抗してみたのだが。


「ねえねえ、ミレーユちゃんって何処に住んでるの? もしかして、一ノ瀬君と同じ家とか!?」

「ええ、そうよ。家ではいつも一緒よ。」

「いつも一緒って、もしかしてお風呂とか寝る時とかも!? すごーい!」


 ……とまあこんな感じで、ミレーユが誤解を助長するような答えばかりを返していたので、結局誤解は解消されるどころか余計に広まってしまったのだ。

 昼食のときも、食堂のテーブルで学食を食べようとすると当然のようにミレーユもついて来てテーブルの対面に座ってくる。

 更には、食事中も他の人達から話しかけられまくったりで結局落ち着いて昼食を取る事も出来ない。

 おかげですっかりクタクタになってしまった俺は、終業のHRが終わった時には机に突っ伏していた。


「どうしたの? もう疲れたの? そんな調子ではミッションを達成できないわよ。」

「誰のせいだと思ってるんだよ全く……。」


 ミレーユに話しかけられ伏せていた顔を上げると、ミレーユの他にも何人かクラスメイトの女子が立っていた。


「あ、一ノ瀬君。放課後、ミレーユちゃん借りていいかな? ここら辺のお店とか色々紹介したいし……ダメ?」

「いや、そう言われても……。」

「よし、OKだってさ!」

「おい、OKだとは一言も言ってないぞ俺は!」


 という俺の反論はさらっとスルーされ


「そういう事だから、今日のところはお願いね?」


 そう言い残してミレーユはクラスメイトの女子達と一緒に教室を出て行ってしまった。


 お願いって……今日はミッションを俺一人で進めろって事かよ!

 「地獄の危機じゃなかったのか?」と突っ込んでやりたいところだが、今から追いかけて話をしても他の女子達が俺の言う事を聞いてくれるとは思えないしな。

 釈然としないものは残るが……まあこれから警察に行こうとしていたところだし、行った先であのアホ悪魔がまたトンチンカンな事をしないとも限らない。

 というか連れて行かない方が普通にマシなんじゃないか?


 ――――――――――――――――――


 学校を出て警察署に着いた俺は、応対してくれた若い男性の警官に通り魔について話をして、何か手掛かりになりそうな事がないか聞いてみた。


「手掛かり? そんな事聞いてどうするんだい? そこから先は我々の仕事だよ?」

「教えられないような事は無理に聞きません。教えられる範囲でいいので何か一つだけでも!」


 警察にも守秘義務があるんだし、やっぱり簡単には教えてくれないかとは思いつつも何とか粘っていたところで、部屋に別の警官が入ってきた。

 入ってきた警官も若い男性で、20代前半に見える目の前の警官と年齢は大して変わらなさそうだ。


「菊川君、ここにいたのか。頼みたい事があってさっきから探していたんだが……一体どうしたんだ?」

「すみません、住田先輩。実はこの少年が例の通り魔に……」


 菊川さんが住田さんという人に一通り事情を説明すると、住田さんは納得したような表情になって俺の方を向いた。


「そうか、昨日例の通り魔に会ったのか。それにしてもよく無事で……」


 何か言いかけた住田さんは俺の顔を見て言葉を止め、急にハッとしたような顔になった。


「住田先輩? どうしたんですか?」

「い、いや、何でもない。」


 何だ?

 急にどうしたんだ?

 もしかして俺、何かマズい事でも言っちゃってたのか?


「一ノ瀬君といったね。君、通り魔の顔を覚えているかい?」

「いえ、すぐ逃げてしまったのでちゃんと見れませんでした。」

「そうか、それならいいんだ。襲われた被害者はみんな死んでいるか意識不明の重体だからね。無事だった人がいるなら手掛かりを知っているんじゃないかと思っただけだよ。」

「はぁ……。」


 住田さんは表情を引き締めると


「しかし無事だったというなら、通り魔が君の顔を覚えていて口封じに来る可能性がないとは言えない。それに備えるためにも情報は知っていた方がいいだろうし、簡単にだが特別に教えてあげよう。」

「えっ!? いいんですか、先輩! もし情報を漏らした事が他の人にバレたら……!」

「大丈夫だ。一ノ瀬君、この事は絶対に秘密にする事。いいね?」

「わ、わかりました!」


 正直半分諦めかけていたが、ここに来てようやく情報が聞き出せる!

 そう思い、住田さんの言葉に耳を傾けた。


「我々が掴んでいる情報だが……これまでの出没した時間帯や目撃情報を統合すると、犯人は周辺住民の可能性が高い。あとは……そうだな、現場に残された犯人の物と思しき遺留物から犯人は学生ではないかとの事だ。これ以上の事は教えられそうにないんだが、いいかな?」


 俺はそれを聞いて、何とも言えない気分になった。

 教えてもらった情報に決して不満があった訳じゃない。

 むしろ半分諦めていた収穫があったのだから喜ぶべきところなのだ。

 なのに……何故だろう。

 話を聞いている途中で頭の中に何かが響いたような気がしたのだ。

 こんな感覚は、今まで生きてきて経験した事がない。

 不思議に思いながらも俺は「はい、大丈夫です」と言って立ち上がり、住田さんと菊川さんに頭を下げながら


「貴重な情報を教えて頂き、ありがとうございました!」

「いやいや、大した事ではないよ。気を付けて帰りなさい。」

「はい。ではこれにて失礼します。」


 そう言って、俺は警察を後にしたのだった。


 ――――――――――――――――――


 和也が警察署を出た直後。

 菊川は怪訝な表情で、先ほどのやり取りについて住田に尋ねた。


「犯人は周辺住民の可能性が高いっていう情報は僕も今朝聞きましたけど、学生だという情報は一体いつ入ったんですか?」

「なに、大したことじゃない。鑑識に知り合いがいてな、そこから教えてもらっただけだよ。」


 菊川からの質問にそう答えた住田は、警察を後にした和也の後ろ姿を真剣な顔で見つめていたのだった。

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