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あくまでもヒロインは悪魔です  作者: 紅烏
課外活動
36/406

両手に花?

 エレナが久しぶりにうちにやって来た翌日の日曜日。

 俺とミレーユは学校近くの喫茶店で朱音と待ち合わせをしていた。

 一体何の待ち合わせなのかというと、今度の課外活動で必要になる物の買い物だ。


 うちの学校では、6月半ば頃に毎年課外活動というものがある。

 これは修学旅行とかではなく、単なる日帰りの遠足のようなものだ。

 今年の課外活動では「自然との触れ合い」という名目で山へ行く事になった。

 山の近くには川も流れており、昼食はそこでバーベキューをする予定だ。


 そして今回の買い物では、その課外活動で使う軍手や万が一に備えての懐中電灯、絆創膏などを見て回る事になっている。

 もっとも女子2人の方はというと、一緒に課外活動で着ていく服も買おうと先日はしゃいでいたのだが。

 俺が「『別に汚れてもいい服装で』って事なんだし家にある古い服とかでいいんじゃないのか?」と言ったら2人から怒られたので、今日は何も言わず黙っておくつもりだ。

 あまり買い物が長くなりそうなら途中で俺だけ別行動して、適当に本屋で立ち読みでもして待っていればいいだろう。


 と、今日のこれからの予定について頭の中で整理しているところで、待ち合わせ時間ギリギリになって朱音が喫茶店に入って来た。


「ごめん、待った?」

「いや、別にそれほどは。ギリギリとはいえ一応待ち合わせ時間通りだしな。」


 朱音は椅子に座り店員にコーヒーを注文した。

 コーヒーが運ばれてきてから俺達は今日回るお店をチェックし、30分ほどで喫茶店を出た。


 ――――――――――――――――――


 適当に店を回り始めて2時間ほど経過した頃。

 俺は一通り必要な物を全て買い揃えたのだが、まだまだ買い物が終わる気配はなかった。

 というのも……。


「ねえミレーユ、ここのお店の洋服可愛くない?」

「確かにいい服ね。入ってみましょうか。」

「おいおい、これでもう4件目だぞ? 何件服を見て回るつもりなんだよ?」

「ん~……夕方までかな?」

「貴方もそこで突っ立ってないで、ちゃんと付いて来なさい。」

「あの~、あんまり時間かかるようだったら俺他の店を見て回りたいんだけど。」

「駄目だよ。和也君も一緒に来て。」


 そう言って朱音が俺の左腕を掴むと同時に、ミレーユも俺の右腕を掴んだ。


「お、おい」

「さあ、一緒に行くよ。」


 俺の抗議は普通に無視されてしまった。

 朱音とミレーユに無理矢理引っ張られ、俺は2人と共にお店の中に連れ込まれた。

 そして。


「ねえ、この服どうかな?」

「どうかな、って言われても。その服で課外活動行くのか?」

「え、違うよ?」

「じゃあ、それ買うの今度にしないか?」

「どうして?」


 朱音が不思議そうな顔をして首を傾げた。

 駄目だ……全く伝わってない。

 さっきからこんなやり取りを既に何度も繰り返している。

 こっそり隙を見て何度か逃走を図ろうともしたのだが、足の速いミレーユや朱音にあっさり捕まってしまい未遂に終わった。


「ねえ、これ似合うかしら?」

「まあ、似合うと思うけど。」

「そんな適当な感じで言われても困るのだけど。ちゃんと見てくれないかしら?」


 ミレーユの方も、さっきからあれこれ服を持って来て俺に見せてくる。

 見た目だけは文句無しの美少女なので何を着ても大抵似合ってしまうのだが、普通に「似合ってる」と言うだけでは納得してくれないようだ。


「じゃあ、これは?」


 さっきよりも少し自信ありげに、今度は別の服を見せてきた。

 淡い水色のサマーセーターで、首回りが大きく開いている。

 セットで持ってきたスカートは、丈がやや長めの白いものだ。

 それらは、ミレーユにとてもよく似合っているように感じた。


「そうだな……試着してみたらどうだ?」

「ええ、じゃあ少し待ってて。」


 そう言い残してミレーユは試着室へと向かった。

「ふう……」とそこで一息ついたところで、背中から声がかけられた。


「あ、和也君。あたしのも見てほしいんだけど、これどうかな?」


 今度は朱音が服を持って来た。

 上は黒い半袖で肩回りまで露出しているタイプの服で、下はデニムのショートパンツだ。

 活発的な茶色のツインテールの髪型をしている朱音にはよく似合いそうな気がする。


「うん、さっきのよりいいと思うぞ。」

「ホント!? じゃあ、あたしも試着してくるから待っててね!」


 朱音もミレーユと同じく試着室へ向かったところで、俺はようやく1人になれた。

 今のうちに逃走しようかとも思ったが、そうすると後が怖いしな。

 ミレーユの「時間を遡って物を見る」能力であっさり逃走ルートを割り出されて追い付かれるのがオチだ。


 そんな事を考えている間に、着替えが終わったミレーユがこちらへやって来た。


「ねえ、どう?」

「ん? ……っ!?」


 ……正直、とても似合っている。

 というか普通に見惚れてしまい、反応できなかった。


「どうしたの?」


 そう言いながらミレーユは俺に近づき、固まっている俺の顔を訝しそうに下から覗きこんできたのだが。

 首回りが大きく開いている服のせいで、胸の谷間がくっきりと見えている。

 透けるように白い肌と深い胸の谷間を見て思わずポーッとしていたところで、冷めた感じの声がかけられた。


「何やってるの?」

「えっ!?」


 声のした方を見ると、着替え終わった朱音がジト目で俺を睨んでいた。

 もしかして……というか間違いなく、俺がミレーユの胸元を凝視してしまっていたのを見られたっぽいぞ!


「あ、朱音も着替えたんだな! とても似合ってるぞ!」


 少し大き目の声で誤魔化すようにしてそう言ったのだが(一応弁解しておくが「とても似合っている」というのは紛れもなく俺の本音だ)、朱音の表情は変わらなかった。


「ありがとう。で、何処見てたの?」


 適当にお礼を言いながら容赦なく朱音が攻めて来た。

 どう考えても完全に色々とバレているが、ここで負けを認めるわけにはいかない!

 しかしそこで俺の反撃の言葉が出る前に、ミレーユの援護射撃が放たれた。

 朱音に、ではなく俺に対して。


「和也、さっき私の胸元見てたわよね?」


 うっ……ミレーユにもバレてたのかよ!

 コイツはトンチンカンだから気付いてないと思ってたのに!


 しかしどういう訳か、ミレーユは別に気にしてないという表情で、俺を咎める雰囲気はない。

 2人から集中砲火を浴びずに済むという意味では助かるのだが、ある意味怖い。

 そしてそんな俺の嫌な予感は、残念ながら的中した。


「前にも言ったと思うけど、そんなに見たいのならそう言ってくれればいつでも見せてあげるわよ?」


 あろう事か、ミレーユは顔を赤らめながらトンデモ発言をかましてきた。

 と同時に、朱音の視線の温度がさっきより更に急降下している。


 このままじゃマズいぞ!

 とにかく、この雰囲気をどうにかしないと!


「え、えっとだな。その、確かに見てしまった事は認めるが、偶然であってだな……」

「でも、偶然という割には結構長い時間凝視していたみたいだけど?」


 またも朱音から容赦ない攻撃が飛んできた。

 今の発言から察するに、結構最初の方から見られていたようだ。

 あまり下手に言い訳しようとすると、余計に状況が悪くなりそうだな。


「……が好きなの?」

「え?」


 朱音が何か言ったようだが、あまりよく聞き取れなかった。

 俺が「何て言ったんだ?」という反応を返すと、朱音は顔を赤らめながらさっきよりも大きな声で


「……大きい方が好きなの?」

「大きいって……一体何の話だ?」


 首を傾げながらそう尋ねると、朱音は更に顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。


「だ・か・ら! その……む、胸の事だけど……。」

「えっ!?」


 予想外の返答に、俺は固まってしまった。


 何で今そんな事聞くんだよ!?

 そう思いながらも、俺を睨んだままの朱音のプレッシャーに押されてしまい反撃の言葉が出て来なかった。

 そして、俺が黙ったままなのを何か勘違いしたらしい朱音は


「どうせあたしはペッタンコですよ……。」


 さっきよりも小さい声で、朱音が拗ねたようにそう呟いた。

 幾ら俺でも、ここで「胸が小さいの気にしてたのか?」などとデリカシーのない事を言うつもりはない。


 がしかし、何とも反応しづらい状況である事には変わりない。

 今の台詞は聞かなかった事にしよう。


「と、とりあえず早くレジで精算してきたらどうだ? 他にも見て回りたいお店があるんだろ?」


 俺が苦し紛れにそう言うと、ミレーユは「わかったわ」とレジへ向かった。

 朱音は釈然としない様子で俺の方を見ていたが、渋々といった感じでミレーユの後に付いていった。


 ふぅ、どうにか切り抜けたな。

 俺はその場にへたり込んでしまいそうになるのを堪えながら、ため息をついたのだった。


 ――――――――――――――――――


 その後。

 夕方まで更に何件か店を回った俺達は、適当な場所で解散する事になった。


「じゃあ、今日はこれで。」

「ええ。また明日ね、朱音。」

「またな、朱音。」

「うん、またね……っと、その前に。」


 別れの挨拶をしてその場を去ろうとした朱音が、急に方向転換して俺の方へ歩いてきた。

 頭に?マークを浮かべながら見つめていると、至近距離まで近づいてきた朱音が


「さっきの話だけど、大きい方が好きなの?」


 と小声で、若干目を伏せつつチラチラとこちらを窺いながら尋ねてきた。


 まだ気にしてたのかよ……。

 とりあえず、ちゃんと答えない事にはやはり納得してくれなさそうだ。


「それは、確かに大きい方が好みではあるけど……でも、人それぞれだよ。胸の大きさでその人の良し悪しが決まるわけじゃない。俺は今のままの朱音が一番だと思うぞ。」


 こちらも小声でそう返すと、朱音の顔が急速に真っ赤になった。

 さっきよりも赤く染まり切るまでのスピードが段違いに速いな……。

 そんなどうでもいい事を考えていた俺を、朱音はまっすぐ見上げた。

 お店でミレーユが俺の顔を覗き込んできた時と同じような構図だ。


 しかし……こうして見ると、やはり朱音もミレーユとは別ベクトルの美少女だな。

 背が低めで小柄だし、童顔で目がクリッとしていて可愛らしい。

 スレンダーで胸はないが、陸上部で鍛えられ細く引き締まった美脚はとても魅力的だ。

 俺と同じクラスの友人である高橋が「モテる」と絶賛していたのも頷ける。


「何してるのかしら?」


 ハッとして俺と朱音が同時に横を見ると、ミレーユが不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいた。

 これもさっきと同じパターンだ。

 ミレーユと朱音の立場が入れ替わっている、という違いはあるが。


「え、えっと何でもないよ!? じゃあ、またね! ありがとう和也君!」


 慌てた様子の朱音は早口でそう言い残すと、その場を走り去ってしまった。

 その場に取り残された俺を、ミレーユはじっと睨んだままだ。


「じゃ、じゃあ俺達も帰るか!」


 俺が誤魔化すようにそう言うと、不機嫌な表情のままミレーユはそれに従ってくれたのだが。

 隣に来たミレーユは俺の腕を自分の腕と無理矢理絡め、体を密着させてきた。


「おい、出来ればもう少し離れてだな……」

「何かしら?」


 何とか止めてもらおうとしたが、どうやら聞いてくれる気はないらしい。

 結局俺は、そのままの状態で家に帰るハメになったのだった。

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