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あくまでもヒロインは悪魔です  作者: 紅烏
課外活動
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訪問者

 舞衣先輩の事件が解決した翌日の土曜日。

 久しぶりに俺は朝からリビングでのんびりくつろいでいた。

 当然のごとくミレーユも一緒におり、さっきから何やらファッション雑誌を熱心に読んでいる。

 悪魔であるとはいえ、こういうところはやはり年頃の女の子という事だろうか?

 そんな事を考えながら、俺も漫画を読みながらコーヒーを飲んでいると。


 ―――ピンポーン!


 突然、玄関のチャイムが鳴った。

 ふと時計を見ると、今は朝の10時を少し回ったところだ。

 今日は特に誰か来る約束もないし、宅配便かな?


「はーい!」


 と返事をしながら、俺は玄関の扉を開けた。

 するとそこに立っていたのは、初老の男女と1人のお爺さんだった。


「あれ、お爺さんは確か……」

「はい、少し前まで向かいの家に住んでいた者です。」


 向かいの家といえば、先日の放火事件で最初のターゲットとなって燃えてしまった所だ。

 その家に住んでいて消防士に間一髪で助けられたのが、この目の前にいるお爺さんだった。


「あれから大丈夫だったんですか?」

「ええ、お蔭様で今はこの通り、元気ですよ。昨日まで入院してたんですがね、今朝ようやく退院できまして。」

「そうですか……それは良かったです。ところで、そちらのお2人は?」


 俺はお爺さんの横に立っている初老の男女に目を向けながらそう尋ねた。


「ああ、こちらはわしの息子夫婦でしてね。引っ越しのご挨拶をと思いまして、車で一緒に来たんですよ。」

「えっ?」

「初めまして、一ノ瀬さん。先日は父がお世話になりました。」


 そう言って初老の男性……お爺さんの息子さんが頭を下げ、それに続いて女性の方もお辞儀をしてくれた。


「いえ。俺は別に、それほどの事はしていないと思いますが。」

「とんでもない。一ノ瀬さんの協力があったおかげで放火事件の犯人を逮捕する事が出来た、と警察の住田さんという方は仰っていましたよ。」


 ああ、なるほど。

 住田さん経由で話が伝わっていたというわけか。

 ひとまず納得した俺は、愛想笑いでその話については誤魔化してから、もう一つの件について尋ねる事にした。


「そういえば、先ほど引っ越しの挨拶と仰っていましたが……?」

「ええ。家が全焼した後、これからどうするかを息子夫婦と3人で話し合いましてね。話し合いの結果、わしが息子達の家で同居する事になったんです。」

「そうだったんですね。どちらへお引っ越しされるんですか?」

「東京の方です。私の家も勤めている会社もそこにありますから。」


 ………………。


 という感じでその後も暫く軽い世間話をしてから、お爺さん達は再度お礼を述べながら俺に手土産を渡し、車に乗って去って行った。

 貰った手土産を持ってリビングに戻ると、ミレーユが話しかけてきた。


「随分長く話し込んでたみたいだけど、誰が来てたの?」

「向かいの家に住んでいたお爺さん達だよ。」

「うちの向かいって、放火されて燃えた家よね? 最近瓦礫の撤去作業とかしてるけど、また新しく家を建て直すのかしら?」

「いや、建て直してもお爺さんしか住む人がいないし、勿体ないから土地は売りに出す事にしたみたいだ。警察の現場検証は終わってるし、犯人も捕まって罪を認めているから売っても問題ないらしい。で、お爺さんは息子さん夫婦が住んでいる東京に引っ越して同居するんだってさ。」

「へえ、そうだったの。お爺さん、大丈夫そうで良かったわね。」

「そうだな。」


 そんな事を話している間に、時刻は既に12時近くに差し掛かっていた。

 一旦話を中断して、俺は昼食の準備に取り掛かる事にした。


 ――――――――――――――――――


 昼食を終えた後、俺は自分の部屋でベッドに寝転がりながら朝の漫画の続きを読んでいた。

 朝はあまりゆっくりできなかったので、自分の部屋にこもる事にしたのだ。

 これでようやく続きが読めるな……。

 そう思いながら漫画を読んでいたのだが、またしても、それは長く続かなかった。


 ―――ピンポーン!


 俺が漫画の続きを読み始めて1時間ほど経った頃、再び玄関のチャイムが鳴った。


 今度は誰だよ……。

 基本的に、俺が家にいる時はミレーユは来客に応対しない事になっている。

 ミレーユがトンチンカンな事をしたら困るから、という理由でそう言いつけていたのだ。

 でも毎回俺が出るのも面倒だし、たまには応対してもらうように方針を変更すべきなのかもな。


「はーい!」


 玄関に向かった俺は返事をしながら扉を開けた。

 そこに立っていたのは。


「お久しぶりですわね、一ノ瀬さん。」

「エ、エレナ? こちらこそ久しぶり……って、急にどうしたんだ?」

「いえ、少しお話したい事があったものですから。」

「そうか……。じゃあとりあえず、上がってくか?」

「ええ、お邪魔致しますわ。」


 俺は早速、エレナをリビングに案内した。

 彼女をソファに座らせた俺は


「ミレーユを呼んでくるから、少し待っててくれ。」

「あ、お待ちください! 実は、一ノ瀬さんと2人だけでお話しなければならない案件がありますの。ミレーユさんを呼ぶのはその話が終わった後でお願いしますわ。」

「? ……ああ、わかった。」


 はて、一体何の話なんだろう?

 首を傾げつつも、ひとまず今ミレーユを呼びに行くのは止める事にした。

 リビングの横の台所へ向かい、コーヒーを2人分用意してから俺はエレナが座っているソファの対面に腰かける。


「これ、エレナの分のコーヒーな。」

「ありがとうございます。」


 そう言ってお互いにコーヒーを一口飲んだところで、エレナの方から話を振ってきた。


「先日の放火事件では、お世話になりましたわね。」

「いや、俺達の方こそ、エレナの協力がなかったら放火魔を捕まえられなかったよ。ありがとうな。」

「いえ、わたくしは自分のミッションをこなしただけですから。ところで、あれから何か変わった事はなかったかしら?」

「変わった事?」

「ええ。例えば、『またゴーストが現れた』とか。」

「ああ。それなら……」


 それから俺は、昨日解決したばかりの舞衣先輩の件について話をした。

 話が終わった後、エレナは何か考え込む素振りを見せながら


「放火魔のゴーストの話を聞いた時から、まさかとは思っていましたが……一ノ瀬さん、これはとんでもない事態ですわよ?」

「ああ、わかってる。ゴーストの創造主たる悪魔がこの街にいる可能性が高いだなんて、間違いなく緊急事態だと思う。本当なら、すぐにでも見つけ出して捕まえたいんだがな。そいつの居場所がわからないし、舞衣先輩も何故かそいつの姿をよく覚えていないって言ってたんだ。」

「一ノ瀬さんの先輩が姿をよく覚えていないのは、それがその悪魔の能力によるものだからですわ。」

「能力?」

「ええ。その悪魔が持っている3つの能力のうちの1つ……わたくし達悪魔の間では『偽りの仮面』と呼ばれている能力なのですけれど。ありとあらゆる人間・悪魔の外見をコピーし、変身する事が出来る能力ですわ。それだけでなく、本来の姿を見られても相手の記憶にはっきり残させないという効力もありますの。その悪魔が大勢の悪魔の追撃を逃れ人間界まで脱出できたのは、使用制限のかかっていない攻撃能力があったからというだけではなく、この能力の存在が大きいと言われていますわ。わたくし達悪魔の間でも、実はその悪魔の本来の姿を知る者はほとんどいないそうですの。」


 そんな……じゃあ、そいつは今も誰かに化けてこの街を彷徨っているかもしれないって事なのか?

 そう考えると、俺はとてつもなく怖くなった。

 もし、そいつが自分の知り合いに化けるような事があったら、一体どうなるんだ?


「そいつの能力でコピーできるのは、外見だけなんだよな?」

「ええ、その通りですわ。」

「だとすると、その『偽りの仮面』とやらの弱点はそこだな。外見しかコピーできないのなら、そいつが化けた人間の知り合いなら見抜けるかもしれない。」

「確かにそうですけれど……。」

「まあ、今の時点ではどうしようもないか。」


 こちらから接触する手段がない以上、現状では何も出来ないだろう。

 仮定の話をしても余計に気分が落ち込むだけだ。

 可能性が高いとはいえ、その悪魔が今もこの街にいるかどうか確定したわけじゃないしな。

 なるべく前向きな事を考え、俺は沈んでいた気持ちを強引に切り替えた。

 それからとりあえずこの話はここで切り上げる事にして、さっきから気になっていた事をエレナに尋ねた。


「ところで、さっきここに来た時に2人で話したい事があるとか言ってたのは何だったんだ?」

「えっと……先日、ミレーユさんが一ノ瀬さんの婚約者だとか仰っていた件なのですけれど。」


 ああ、前に揉めてたアレか。

 あの時何でエレナがミレーユに喰ってかかったのか、俺にはよくわからなかったのだが、それがどうかしたのだろうか?


「単刀直入に伺いますわ。一ノ瀬さんはミレーユさんの事をどう想っていらっしゃるのかしら?」

「どう、って……要するに好きか嫌いか、って事だよな?」

「ええ、そうですわ。」

「どうしてそんな事を?」

「それは言えませんわ。とにかく、早く答えて下さい。」


 エレナが少しイライラした様子を見せ始めた。

 やれやれ……どうしてこんな事になっているんだ?

 頭が痛くなってくるのを堪えながら、俺は渋々返答した。


「『嫌いではない』というのが正直なところかな。見た目は文句ないと思うんだけど、言動に色々問題があるからな。最初に出会った時に命を助けてもらってるし、そういう意味では感謝もしてるが……。せいぜい『友人としては好き』レベルで、異性としてどうこうとは考えていないというのが今の気持ちだ。それ以前に、人間と悪魔という決定的な違いもあるしな。」

「なるほど。」


 俺の返答を聞いて、エレナは何故か満足そうに返事をした。


「でしたら問題ありませんの。これで今日からは安心して家に帰れそうですわ……。」

「え? それってどういう事だ?」

「っ!? い、いえ、これは別に、マスターの悪口とかを言ってるわけではありませんのよ!? 別件のミッションにかかりきりだったせいで日が空いてしまって、確かめに来るのが遅くなっただけですの! 決してサボッていたわけでは……」

「落ち着け、エレナ。俺はお前のマスターじゃない。」

「あ、そうですわね……。ごめんなさい。」


 素直にエレナは取り乱した事を謝罪してくれたが、一体どうしたんだ?

 そんな事を考えながら俯いてしまったエレナをじっと見つめていると、突然ガバッとエレナが顔を上げた。


「では、話も終わった事ですし、これで失礼させて頂きますわ。」

「えっ、ミレーユをまだ呼んできてないぞ?」

「いえ、必要な話はもう全て聞けましたから。それにこれ以上さっきの件の報告が遅れると、マスターに怒られてしまいますわ。」

「さっきそのマスターとやらに怯えてたっぽいけど、そんなに怖い人間がお前のマスターなのか?」

「う……。ふ、普段はお優しい人ですのよ? 怒ると怖いというだけですわ!」


 顔を引き攣らせながらエレナはそう答えたが……要するに、怖い人だって事だよな?

 俺がジト目でエレナを見つめると、気まずそうにしてエレナはそそくさと帰っていった。


「はぁ……。せっかくの土曜日が……。」


 エレナを玄関まで見送った後、俺は独り言を呟きながらがっくりと項垂れた。

 エレナが帰った時、時刻は既に17時を過ぎてしまっていたのだ。

 休日が一日潰れてしまった事を嘆きつつ、俺は夕食の支度をする事にした。

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