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あくまでもヒロインは悪魔です  作者: 紅烏
ナンバーズ・ファイブ
32/406

voice

 五反田先輩の家に到着した俺達は、彼女の家のチャイムを鳴らした。

 だが。


「……。」


 何も応答がない。

 もしかして誰も家にいないのだろうか?


「五反田先輩、いないのかな?」

「わからないな。親戚の人と一緒に住んでるって話だったけど……。」


 朱音の疑問に俺も首を傾げながら答えると、そこで四条先輩がもう一度チャイムを鳴らした。


「舞衣、いないの? あなたとどうしても話したい事があって来たの。もしいるんだったら、お願いだから返事して?」


 宥めるような口調で四条先輩がインターホンに向かって呼び掛けた。

 だがやはり、反応がない。


「やっぱり誰もいないのかしら……。」


 四条先輩が顔を曇らせ、そう呟いた瞬間。


「はい。」


 インターホンから、今度は応答があった。

 この声は……おそらく、五反田先輩だ。

 一度チャイムをスルーした事から考えて、今この家にいるのは彼女だけなのだろう。


「舞衣なのね!? あなたとお話したい事があるの。出て来てもらえるかしら?」

「わかったわ。」


 短い応答の後、暫く間を置いて五反田先輩が家の玄関から出て来た。

 ゆったりとした長袖の白い服に同じくゆったりとしたズボンを履いたラフな服装で、部屋着のままなのが丸わかりの状態だ。

 おまけに、目の下にクマが出来ている。

 あまり眠れていないのだろうか?


「舞衣?」

「亜梨沙と……それに、風紀部まで……。一体、何の話?」


 俺達の方を睨みつけるような目つきで五反田先輩が問いかけてきた。

 少しやつれた状態での威嚇するような表情は割と迫力があり、俺の隣にいた朱音がびくっとしている。

 それとは対照的に、俺を挟んで朱音の反対側にいたミレーユはいつも通りの無表情だ。

 こういう時はミレーユのマイペースさが少し頼もしい。

「何かまた変な事をやらかすんじゃないだろうな」という不安もあるが。


「この前舞衣が言っていた風紀部の廃部の件だけど、あれからわたしも色々考えたの。でも、やっぱり反対という意見は変わらないわ。それでね、わたし、あなたに聞きたい事があるの。」

「何?」

「どうして舞衣は、そこまで廃部にこだわるの? 風紀部を目の敵にするの?」

「風紀部が存在している事自体が間違っているからよ。風紀委員会があるんだから、風紀部は必要ないの。私は正しい事をしているのに、文句を言われるような筋合いなんてないわ!」

「舞衣、あなた……一体どうしちゃったの? 前のあなたなら、そんな無茶苦茶な言い方しなかったわよ?」

「別にいいでしょう? 間違っているのはそっちなんだから。それとも……もしかして、みんなは私が間違っているとでも言いたいの?」


 五反田先輩の目つきがさっきよりも一段と鋭くなった。

 どう見ても、怒っている表情だ。


 既に空気は一触即発寸前に達しつつある。

 次のこちら側の返答次第では、間違いなく爆発するだろう。

 もしそうなれば、五反田先輩が「ゴースト」の力を行使してくる可能性は高い。

 俺は隣にいる朱音に目配せして、俺の後ろに下がらせた。

 万が一、五反田先輩が「ゴースト」の力で攻撃してきた場合に備えて朱音を五反田先輩の視界から隠したのだ。

 俺は直撃を免れないだろうが、ミレーユが上手く五反田先輩を捕まえてくれれば後でヒーリングで回復してもらえるので問題ない。


 ただ、その方法だと四条先輩が完全に無防備になってしまう。

 そこで、五反田先輩に対して四条先輩が反論する前に俺が割り込んで反論し、攻撃の矛先を俺に向ける事にした。


「ええ、その通りです。部の創設届けがきちんと受理された以上、そしてその後も校則に反するような問題を起こしていない以上、風紀部には何ら問題はありません。五反田先輩の言い分には、明らかに主観が混じっています。風紀委員長という立場であるにも関わらず、客観的に物事を判断せずに個人の独断で決めつけるような事をするのは間違っています!」


 俺の反論が効いたのか、五反田先輩は苦虫を噛み潰したような表情で俺を睨みつけた。

 だがやはりというか、そう簡単には引き下がってくれないようだ。


「それでも! 間違っているのはそっちよ!」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「確かに学校におけるルールとして、校則や先生を正しいものとするというのは当然の事よ。でも、本当にそのルールが正しいかなんて誰が言い切れるの? 別にこれは学校の中だけに限った話じゃないわ。世の中の法律とかだって、いつも必ず正しいわけじゃないでしょう!? もし本当に全て正しいのなら、私のお父さんとお母さんは……っ! だから、ルール通りだの私の主観が混じっているだの、そんな事は私が間違っている理由にはならないのよ!」


 五反田先輩は、燻っていた怒りをぶつけるようにしてそう叫んだ。

 彼女の御両親が理不尽に殺された事とその殺人犯が無罪になった事は四条先輩から聞いていたが、やはりその事件の事が今も重くのしかかっているのだろう。

 そんな事を考えながら、俺は四条先輩との約束を思い出していた。


 あの時、四条先輩は五反田先輩の事を「助けてあげて」と言った。

 ここでもし五反田先輩を止める事が出来たとしても、それだけでは「助けた」とは言えないだろう。

 本当の意味で「助ける」には、昔の事件の事も全部ひっくるめて受け止めた上で説得しなければいけない。


 俺は目を逸らさずに、五反田先輩の目をまっすぐ見つめる。

 見つめ合っていた時間は一瞬だったはずなのに、俺は何秒間も見つめ合っているかのような錯覚に囚われていた。

 しかしそこで、不意に五反田先輩が深呼吸してから口を開くのを見て、俺は咄嗟に身構えた。

 そして、その瞬間。


「私は間違ってなんてない! 間違っているのは、君達の方よ!」


 さっきよりも一際大きなその叫び声と共に、凄まじい衝撃が俺を襲った。


 頭が、割れる……っ!

 強烈な頭痛に耐えられずに倒れそうになるが、ここで俺が倒れれば後ろにいる朱音まで直撃を受けてしまう!

 そう思い、足に力を入れて踏ん張った。


 叫び声の後暫くして、ようやく衝撃が収まった。

 俺は結局最後まで耐えられず膝をついてしまったが、朱音はどうやら無事だったようだ。

 朱音に手を差し伸べられ、俺はふらつきながら立ち上がる。

 ふと横を見ると、四条先輩も頭を押さえながらふらついているが以前のように気絶までには至っていない。


「ふぅ……。」


 五反田先輩の「ゴースト」の能力が大体予測通りのものだったおかげで、何とかなったな。

 五反田先輩は既にミレーユが取り押さえていた。

 ちなみにミレーユも朱音と同様、ほぼノーダメージだ。

 ゴースト対策として、予めこの2人には「耳栓」を着けさせていた事が功を奏した。

 何故五反田先輩の「ゴースト」の能力に対して「耳栓」が有効だったのかというと、彼女の能力が「音」を媒介にしたものだからだ。


 以前四条先輩が五反田先輩によって気絶させられた時、頭に衝撃を受けて倒れたと言っていた。

 これは保険医の瀬川先生が脳震盪だと診断していた事からも間違いない。

 だが、四条先輩の話では五反田先輩が物理的な攻撃を仕掛けたという事実はなかった。

 相手の頭などに直接強烈な痛みを発生させる類の能力かとも考えたが、それだと生徒会室の窓が割れた事が説明できないのだ。

 生徒会室があるのは1階ではないため、部屋から脱出するために割ったとは考えられない。

 百歩譲って、「ゴースト」としての身体能力のおかげで2階以上から飛び降りて平気なのだとしても、そもそも窓を割らずに普通に開ければ良いだけの話だ。

 念のため該当時刻にグラウンドで部活をしていた人に聞き込みをしたが、窓が割れた直後に誰かが飛び出してきたのを見た人間はいなかった。

 つまり、五反田先輩が生徒会の人達を攻撃した際に生徒会室の窓が割れたと考えるのが自然なのだ。


 そして、四条先輩は気絶する直前に五反田先輩に怒鳴られたと言っていた。

 だとすれば、音の振動を増幅する等の方法で相手に攻撃する能力だと推測できる。

 状況から見て、五反田先輩自身の怒鳴り声が攻撃に使用された「音」なのだろう。

 実際に能力を使うところを俺達は見ていなかったのでその時点ではあくまで推測の域を出なかったし、耳栓で音を遮断する方法が果たして有効なのかも不安ではあった。

 だがミレーユや朱音が無事だった事を踏まえると、五反田先輩の能力はおよそ俺の予想通りのモノだったのだろう。


 また、前回のように広いとは言えない密閉空間ではなく外で能力が行使された事も大きい。

 閉め切った生徒会室内と違って、外だと音が拡散するために能力による攻撃力も落ちるのだろう。

 耳栓をしていない俺や四条先輩が今回は気絶状態にまで至らなかった事が、何よりの証拠だ。


 今回、五反田先輩の家に到着する直前にミレーユは耳栓を着けていた。

 到着してから彼女が一言も喋らなかったのは、単純に会話が聞こえない状態だったからだ。

 これまでの事を考えると五反田先輩がミレーユに話しかけて来る可能性は低いし、俺達の中でゴーストと化した五反田先輩を抑えられるのは悪魔であるミレーユしかいない。

 そこでミレーユには最初から耳栓を着けさせたのだ。

 反対に朱音は、五反田先輩から話しかけられる可能性は充分にあった。

 朱音は風紀部の部長なのだから、むしろ五反田先輩が話しかけてこない可能性の方が低いとも考えていた。

 五反田先輩が睨みつけてきた時に朱音を俺の後ろに隠したのは、朱音を守るためだけでなく朱音が耳栓を着けるところを見せないためでもあったのだ。


 これらの予測・対策が上手くはまったおかげで、俺達は五反田先輩を止める事が出来た。

 だが、まだ「止めただけ」だ。

 ミレーユに羽交い絞めにされ逃げられない状態の五反田先輩は、俺達の方を黙ったまま見つめている。

 説得して「助ける」チャンスは今しかない!


「四条先輩、大丈夫ですか?」

「え、ええ……何とか。」


 俺は四条先輩と言葉を交わしてから、五反田先輩の方へ向き直った。

 彼女を、助けるために。

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