突撃
―――木曜日の放課後。
俺とミレーユは朱音と合流した後、五反田先輩の家の場所を聞くために四条先輩の元へ向かう事になった。
生徒会室に到着した俺達は、扉をノックして「失礼します」と一声かけてから部屋に入った。
「すいません、四条先輩。一つ教えてもらいたいんですが。」
「あら? どうかしたの?」
不思議そうに首を傾げた四条先輩に、俺はストレートに質問をぶつけた。
「実は今日、五反田先輩が学校に来ていないそうでして。このまま放っておくわけにもいかないですし、直接五反田先輩の家に訪問しようかと考えているんですが家の場所を知りませんか?」
「ごめんなさい。わたし、舞衣の家に遊びに行った事がないから何処かはわからないの。」
「そうですか……。」
参ったな。
これでは動きたくても動きようがない。
俺達は顔を見合わせるが、他にいい案は思い浮かばなかった。
が、そこで四条先輩が口を開き
「先生に聞けば多分わかるはずよ。生徒の個人情報だから、教えてもらうにはそれなりの理由が必要になるだろうけどね。」
確かに先生なら生徒の情報を管理しているだろうし、調べてもらえればすぐわかるだろう。
どうやって教えてもらうかが問題だが。
「わかりました。では、また何かありましたら来ますので。ありがとうございました。」
そう言って頭を下げてから、俺達は生徒会室を後にした。
――――――――――――――――――
生徒会室を出た俺達は、職員室にいる八雲先生に声をかけた。
「すみません、実は五反田先輩の家の場所が知りたいんですが。」
「五反田の家? そりゃ調べりゃわかるけど、何でわざわざ家まで行くんだ? もしかして、この前廃部にするとか言われたからって殴り込みでもかけに行くつもりか?」
「いえ、殴り込みというほどではないんですけど。出来るだけ早くお話がしたいな~と思いまして。」
朱音が何とか必死に八雲先生に頼み込むが、先生は訝しげな表情をしている。
八雲先生は朱音のクラスの担任でもあるし、俺はこの先生が苦手なので交渉役を朱音に任せたのだが……マズかったか?
しかしそこで、八雲先生はニヤリとした表情を浮かべた。
「ま、殴り込みにしろ何にしろ、変な問題を起こさないなら別にかまわないさ。五反田の家の場所を調べりゃいいんだな?」
そう言って八雲先生は席を立ち、生徒名簿を漁り出した。
意外とあっさり承諾してくれたな……。
俺がそんな事を考えているうちに、5分ほどで先生は席に戻ってきた。
「ほら、これが五反田の住所だ。これはコピーして渡すわけにはいかない書類だから、この場で覚えるか生徒手帳にでもメモしろ。」
八雲先生が差し出した書類の住所を、俺達は生徒手帳のメモ欄に書き写した。
それから先生に頭を下げ
「ありがとうございました、先生。」
「おう。思い切って暴れて来い! それと……もう一度言うが、くれぐれも問題だけは起こすなよ?」
「はい!」
こうして俺達は五反田先輩の住所の情報を入手し、職員室を出たのだが。
「ちょっと待って!」
突如、職員室を出た俺達の背中に向かって呼び止める声が聞こえてきた。
後ろを振り返ると、そこにいたのは息を切らしながら走ってきた四条先輩だった。
「四条先輩、一体どうしたんですか?」
「はぁ、はぁ……。あなた達、今から舞衣の家に向かうのよね?」
「ええ、まあ。」
息を整えながら質問してきた四条先輩に対し、俺がそう返すと
「あの、わたしも一緒に行っていいかしら?」
「えっ、四条先輩も!?」
「ええ。ダメかな?」
「生徒会の方は大丈夫なんですか?」
「そっちの方は副会長に頼んであるから今日は大丈夫よ。」
う~ん……五反田先輩の友人である四条先輩がついて来てくれた方が話し合いがしやすいのは間違いないだろう。
しかし問題なのは、五反田先輩が「ゴースト」である事だ。
悪魔と無関係な四条先輩を巻き込むのは正直如何なものかと思うし、最悪の場合、戦闘になる可能性だってあり得る。
これは……四条先輩には悪いが、連れて行くのは断るべきだな。
そう判断して、俺が返答しようとしたのだが。
「そうですね。五反田先輩とお友達なんですし、四条先輩も一緒に行きましょう!」
「うん! ありがとう!」
俺が返答する前に、何と朱音がOKの返事をしてしまったのだ。
四条先輩も笑顔でお礼を返し、完全に交渉成立の雰囲気になっている。
この雰囲気だと、今から撤回させるのは難しそうだ。
交渉撤回を言い出すのを諦め、俺はがっくりと項垂れた。
――――――――――――――――――
それから学校を出た俺達は、五反田先輩の家へ向かって歩き始めた。
4人が横に広がって歩くと道幅を占領してしまうので、前方に四条先輩と朱音、後方に俺とミレーユという並びになっている。
前2人はどうやら気が合ったらしく、さっきから仲良さそうに雑談しているのだが……問題は俺達の方だ。
というのも。
「ちょっ、ミレーユ! さっきから何なんだよ!?」
「い、いいじゃない手くらい繋いでも!」
何が起こっているのかというと、さっき学校を出た直後辺りからミレーユが俺と手を繋ごうとしてくるのだ。
ミレーユが手を繋ごうとしてくる度に俺が手を引っ込める、といった事を既に何度も繰り返している状態で、俺は少しうんざりし始めていた。
「お前なあ、どうしてそんなに手を繋ぎたいんだよ?」
「だって……この前プレゼントをくれた後からあまり私に構ってくれてないでしょう? それに和也は、四条先輩の事を気にしているみたいだし。」
「違う。五反田先輩の件で気にかけているだけだ。」
「嘘。この前見惚れてたの、私覚えてるわよ?」
痛いところを突かれてしまった。
確かに四条先輩の外見は俺のタイプだし、今まで見た限りでは性格も良さそうだ。
正直、「そういう意味で」気になっていないと言えば嘘になる。
とはいえ、まだはっきりと「好き」という段階まで来ているわけではないのだが。
しかし、そんな弁明をしてもミレーユは聞く耳を持ってくれないだろう。
「どうしたものか」と俺が考えていると、何故かそこでミレーユが突然笑みを浮かべた。
そして。
―――バッ!
「なっ!?」
俺の隙を突いてミレーユが俺の左手を取り、強引に腕を絡ませてきた。
どう見ても「手を繋ぐ」どころのレベルじゃないぞ……!
「おっ、おいミレーユ」
「何やってるんだよ!?」と言う前に、今度は腕を絡ませたまま体を密着させてきたのだ。
必死に振りほどこうとするが、人間である俺の力では悪魔であるミレーユに敵わない。
振りほどこうと力を入れる度に、ミレーユは逆に俺を離すまいとガッチリ掴んでくる。
おかげで、ミレーユの体が余計に俺と密着してしまうという状況に陥ってしまった。
さっきから腕にミレーユの胸が当たっていたのが気になっていたのだが、更に密着した事で肘が思いっきり食い込んでしまい形が変わっている。
このままの状態が続くと色々な意味で俺が危ないし、何とか説得して腕を離してもらうしかない!
焦った俺は、ミレーユの説得を試みる事にした。
「ミレーユ、その……さっきから当たってるんで、出来れば離してもらいたいんだが。」
「四条先輩が和也の好みという事は、その『当たっているモノ』は大きい方が良いという事よね?」
俺の要望をスルーして、ミレーユはとんでもない質問を返してきた。
どうしてこのタイミングでそんな質問が出て来るんだよ、このアホ悪魔は!
というか、四条先輩に対してのセクハラになるんじゃないか?
その発言は。
俺達がそんなアホらしいやり取りをしていたところで、朱音がいきなりこちらへ振り返った。
「そろそろ着くよ~……って、何やってんの!?」
もうすぐ到着する事を知らせてくれようとした朱音が、密着している俺達を見て金切り声を上げた。
「何で朱音がそんなに怒ってるんだ?」という疑問は横に置いておくとして、今の状況をどう説明すべきなのか。
俺がそんな事を考えていると、ミレーユが口を開いた。
「『何をしているか』って、見ればわかるでしょう? 恋人同士が密着して歩くのは、別に不自然な事ではないわ。」
またか……。
ミレーユと一緒に何処かへ出かける度に、毎回このやり取りを繰り返している気がするのだが、俺の記憶違いだろうか?
朱音もどうやら心当たりがあったらしく、呆れたようにジト目でミレーユを睨んでいる。
「えっ? 2人は付き合ってたの? あれ、でも……2人とも同じ苗字だったよね?」
事情を知らない四条先輩が、首を傾げながら会話に入ってきた。
あーあ、また一から誤解を解かなきゃならんのか。
なんか頭が痛くなってきたぞ……。
またトンチンカンな事をミレーユが言い出す前に俺が四条先輩に対していつも通りの事情を説明した。
「ミレーユは俺の従姉妹で云々……」という、ミレーユがうちに来た当初から使っていた言い訳だ。
俺は不満げな表情のミレーユをさっきの仕返しとばかりにスルーして事情を説明し終えると、四条先輩は納得したような表情を浮かべた。
「なるほど、複雑な事情なのね。でも、『転校生としてインパクトを出すため』だなんて理由で恋人とか言うのは止めた方がいいと思うよ。」
ええ、俺も止めてほしいと思ってるんですけどね。
そう思いながら横目でチラッとミレーユの方を見たが、俺の方に未だ不満そうな視線を向けてきている事から察しても、おそらく今後も止めてくれないだろうな……。
それから気を取り直してもう少し歩き、ようやく俺達は目的地に到着した。
「あ、ここが五反田先輩の家みたいだね。」
朱音がそう言って再び俺達の方へ振り返る。
ここが五反田先輩の家か……。
何の変哲もない、ごく普通の家だ。
「少なくとも外から見た限りでは」だが。
果たして五反田先輩は、今この家にいるのだろうか?
意を決して、俺は五反田先輩の家のチャイムを鳴らした。