正義の理由
風紀部での話し合いが一段落ついた後、下校する前に俺達は保健室に寄る事にした。
先程の件で倒れた生徒会役員達の様子を見ておきたかったのと、可能であればもう少し詳しく話を聞いてみたいと考えたからだ。
「失礼します。」
そう言って俺とミレーユ、朱音の3人が保健室に入った。
すると、椅子に座っていた保険医の瀬川先生が俺達の方へ振り返る。
「あら、どうしたの?」
「えっと、生徒会の人達があれからどうなったか気になりまして。」
俺が生徒会役員達の様子を尋ねると、瀬川先生は微笑みを浮かべた。
「診たところ軽い脳震盪を起こしていただけみたいで、他に異常はなかったわ。四条さん以外のメンバーは既に全員帰ったわよ。」
「そうですか。でも、どうして四条先輩だけ?」
「家からお迎えが来るそうでね、それまでここで待っていてもらう事になったの。来るまでまだもう少しかかるそうだから、話があるなら今のうちにね。」
俺達が先輩と話をするために来た事を察した瀬川先生は、四条先輩の寝ているベッドまで案内してくれた。
ベッドの周りのカーテンを開けて
「四条さん、具合はどう?」
「大丈夫です。ところで、どうして風紀部の子達がここに?」
「四条さんとお話したい事があるそうよ。今いいかしら?」
「はい。」
それから瀬川先生は席を外し、四条先輩はベッドから上半身を起こした。
俺達はベッドの横にある丸椅子に座ってから、彼女に話しかけた。
「先輩、寝てなくていいんですか?」
「平気よ。ところで、お話って何かしら?」
「実は、さっきあった事をもう少し詳しく聞ければと思いまして。」
朱音が四条先輩にそう言うと、先輩は「う~ん」と唸ったが
「あの時は……風紀部の件で強硬に廃部を主張する舞衣に対して、わたしがあなた達から聞いた話を彼女に伝えた上で廃部に反対したの。でも舞衣は、『そんなものを部の活動実績として認めるわけにはいかない』って反論してきてね。そこから、わたしも釣られて少しヒートアップしちゃって……最後に『私は間違ってない! 間違ってるのは亜梨沙達の方よ!』って大声で怒鳴られたところまでは覚えてるわ。それ以上の事はわからないんだけど、もしかしてあなた達は何か知っているの?」
「いえ、今の段階ではまだ何も。」
困った表情で朱音がはぐらかした。
はっきりとした事がわかっていないというのは本当だが、実際にはあれが何だったのかある程度の目星はついている。
そして今の話を聞いた上でも、やはり能力以外ではあの現象を説明する事は出来ないだろうという確信はますます強くなった。
しかし……ならばどうして、五反田先輩は悪魔と契約したのだろうか?
もし五反田先輩が「ゴースト」であるならば、契約した悪魔は先日の放火魔が契約した悪魔と同一人物という事になる。
五反田先輩の言い分を聞く限りでは、彼女は自分のしている事を「正義」だと信じて疑っていないようだ。
しかし、その「正義」の基準が以前とは明らかに異なっている。
契約した悪魔によって、彼女の「正義」が歪められてしまったのだろうか?
そう思った俺は、四条先輩に五反田先輩の事について尋ねる事にした。
「あの、四条先輩は五反田先輩とお友達なんですよね? 五反田先輩の事について、何か知っている事があれば教えてもらえませんか?」
「舞衣の事? 別にいいけど……。」
四条先輩はやや困惑した表情を浮かべたが、少し間を置いてから話をしてくれた。
「わたしが舞衣と出会ったのは高校1年の時よ。同じクラスで、入学した時に教室の座席の位置がわたしの前だったの。彼女はその時から真面目ないい子でね。2年生の時も同じクラスだったわ。」
そこで一旦四条先輩は言葉を切った。
その瞬間、一瞬ではあるが寂しげな表情がよぎったのを俺は見逃さなかった。
「2年に上がってからすぐの事なんだけど、わたしと舞衣の2人で学校の委員会とかをやらないかという話になったの。でも、各委員会の定員の関係もあって同じ委員会には入れなくて。結局わたしは生徒会に、舞衣は風紀委員会に入ったわ。入会当初のわたし達は下っ端だったから、その時はそれまでと変わらず仲良く出来ていたんだけど……2年の2学期になって、春と秋の半年毎にある組織体制の見直しと人員の入れ替えが行われてね。当時3年生だった生徒会長・風紀委員長が引退して、新たなメンバーを迎えて……そして、新しいリーダーとしてわたしと舞衣がそれぞれ選ばれたの。それ以降、段々と会議とかで衝突する事が多くなったせいでわたし達の仲は険悪になり始めて、3年になってからはクラスも別れてしまって。そして今は、見ての通りの状態というワケ。」
自嘲するような悲しい笑顔で、四条先輩はそう言った。
本当は何か慰めの言葉でも言うべきなのかもしれないが、俺達は何も言う事が出来なかった。
「まあ、舞衣の気持ちもわからないではないんだけどね。あの子があんな風になったのは、やっぱり昔の事が関係してるんだろうし。」
「昔の事?」
五反田先輩がああなるきっかけみたいなものがあったのだろうか?
もしかしたら、それは今回の件の解決に繋がる糸口になるかもしれない。
そう考えた俺達は、四条先輩の話の続きに耳を傾けた。
「舞衣はね、小学生の頃に御両親を亡くしているの。」
「えっ……?」
俺達は思わず絶句してしまった。
「『亡くした』って、どうして?」
「わたしもあまり詳しい事は聞いていないんだけど……通り魔だか何だかに殺されちゃったの。その時、舞衣は友達の家に遊びに行っていたから無事だったらしいわ。で、その犯人もすぐに捕まったらしいんだけど、罪にはならなかったそうなの。」
「どうしてですか?」
「どうもその犯人は精神に異常を抱えていたみたいでね、責任能力を問えないだとかで無罪になったの。事件の後、舞衣は親戚の家に引き取られて育ったそうよ。あの子が真面目で正義感が強いのは、その事件の事があったからじゃないかとわたしは思ってるわ。」
まさか、そんな事があったなんてな……。
だが、俺はそこでふと一つ疑問を覚えた。
「四条先輩。どうして、俺達にそこまで教えてくれたんですか?」
「さあ、何でだろうね。でも、強いて言うなら……あなた達に、あの子を助けてほしかったからかな? 今でこそ険悪にはなっちゃったけど、それでもわたしは舞衣の事を友達だと思ってる。だけどわたしの言葉は、あの子には届かなかった。」
「先輩……。」
「だから、お願い。あの子を、助けてあげて下さい。」
そう言って四条先輩は俺達に頭を下げた。
俺達は顔を見合わせて苦笑してから、彼女の方へと向き直る。
「顔を上げて下さい、先輩。俺達がきっと何とかしてみせますから。」
「……いいの?」
「はい。この間、廃部の阻止をお願いした時に約束したじゃないですか。『生徒会からの頼み事を引き受ける』って。特に今回の『お願い』は、他ならぬ生徒会長直々の頼み事なんですから。」
出来るだけ明るい笑顔を作り、俺はそう答えてみせた。
すると、四条先輩は薄っすらと目に涙を浮かべて
「ありがとう……!」
と、お礼を言いながら微笑んだのだった。
それから暫くして、四条先輩のお迎えの人が学校に到着した。
迎えの車が大きな黒塗りの車だった上に初老の執事らしき人も一緒にいた事から考えて、四条先輩は何処かのお嬢様なのだろう。
俺達は四条先輩の乗った車を見送った後、今日のところは解散する事となった。
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翌日の木曜日。
1時限目の後の休み時間、俺はミレーユと共に3年の教室へと向かった。
理由はもちろん、五反田先輩と直接会うためだ。
ちなみに五反田先輩の所属しているクラスについては、昨日四条先輩から教えてもらっている。
教室に到着した俺達は入口から中の様子を窺うが、五反田先輩の姿は見当たらない。
俺達に気が付いて出てきた3年の女子の先輩に確認してみると、どうやら五反田先輩は欠席しているらしい。
何故「らしい」なのかというと、「欠席の連絡が学校に来ていない」と朝のHRの時間に担任が言っていたからだそうだ。
つまりは無断欠席のようだが……やはり、昨日の事があったからだろうか?
こうなったら、放課後にでも四条先輩に五反田先輩の家を教えてもらって、直接押し掛けるか?
五反田先輩が学校に出て来るまで待つという手もないわけではないが、彼女が「ゴースト」の力を使えるのであれば悠長に放置すべきではないだろう。
今の五反田先輩は、はっきり言って「正義」の名の下でならどんな事をしでかすかわからない危うさがある。
放っておくと学校内のみならず、学校の外でも被害が拡大しかねない。
可能な限り早めに解決すべきだろう。
そう判断して、俺とミレーユは先輩にお礼を言ってから自分の教室へと戻ったのだった。