生徒会
―――中間テストが終わった翌週の月曜日。
この土日も久しぶりにゆっくりする事が出来たおかげで、俺はすっきりした気分でミレーユと共に登校した。
その日の授業では各科目毎にテストの返却が行われ、今までのテストと同じく高得点をキープする事が出来た。
いつもより下がるかもと思ったけど、毎日勉強会をしたかいがあったな。
そういえば、ミレーユと朱音はテストは大丈夫だったのだろうか?
テスト前日には二人とも大丈夫そうだと言っていたけど。
放課後部室で朱音が来るのを待っている間に、俺はミレーユにテストの結果を見せてもらう事にした。
「へえ……95、92、88、100、97って俺とほとんど変わらない点数じゃないか! お前、ホントに勉強出来たんだな。」
「だから言ったでしょう? 心配ない、って。」
いつも通りの無表情だが、何処か得意げにそう答えたミレーユ。
「勉強が出来る」と本人が自称していたのが嘘でない事は俺の能力で予めわかっていた事だが、何せコイツの「出来る」基準が不明だったので嘘でないからとはいえイマイチ信用出来なかったのだ。
あとは、朱音が無事赤点を回避できていればいいのだが……。
しかし残念ながら、そううまくはいかなかった。
俺とミレーユが雑談を始めてから暫くして、部室に朱音が入ってきた。
涙目で。
「ど、どうしたんだ、朱音?」
「ごめん、和也君……。」
そう言って朱音がカバンから数学の答案用紙を取り出した。
点数は、38点。
うちの学校では赤点は40点未満だから、ギリギリではあるがアウトだ。
確か中間と期末の平均が赤点になったら夏休みの補習が決定するので、次の期末では42点以上を取らなければならない。
「ギリギリだが、残念だったな。」
「せっかくあんなに教えてもらったのに、あたし全然ダメだ……。」
すっかり落ち込んだ様子の朱音に、ミレーユが話しかけた。
「次で挽回できれば大丈夫なんでしょう? 朱音なら出来るわよ。」
「……そう、だね。ありがとう、ミレーユ。」
優しい微笑みと共に朱音を励ましたミレーユに、朱音も笑顔で答えた。
この前仲直りしてから、ますますこの二人は仲良くなっている気がするな。
その後、今日の風紀部の活動について俺達は話し合った。
とはいえ、今のところは特に何も事件などは起こっていないのでこれといったアイデアはない。
「う~ん、やる事ないね。」
「そうだな。まあ平和なのはいい事なんだが……。」
「そうね。でも、これからも今みたいにやる事がない日はあると思うし、そういう時にどうするか早めに考えておいた方がいいかもしれないわ。」
そんなのんびりとした雰囲気で、話し合いはダラダラとした雑談の様相を呈してきていた。
が、そこで普段は飄々としているはずの八雲先生が焦った様子で部室に入ってきた。
「お前ら! 大変な事になったぞ!」
「先生? どうかしたんですか?」
「風紀委員長の五反田が、この部を廃部にするとか言ってやがるんだ!」
「は、廃部!?」
俺は思わず耳を疑った。
五反田先輩は確かに強引なところはあるけど基本的に真面目な人だと思うし、筋の通らないような事はしない人だと思っていたのだが。
「は、廃部にするだなんて、そんな事が出来るんですか?」
朱音が驚きながらも先生に尋ねる。
「残念ながら、風紀委員長にはそれが出来るんだよ。この学校の部の創設条件が比較的緩めな事は、風紀部を創ったお前らならよく知ってると思うが……創設条件が緩い代わりに、部活の運営に問題があると判断された場合に限り、この学校の生徒会と風紀委員会はその部に処分を下す事が出来るんだ。だから、一定期間の活動停止や、今回のような廃部という処分も可能なのさ。」
「あたし達の部を廃部すると言っているのは五反田先輩なんですよね? それとも、生徒会も廃部に賛成しているんですか?」
「いや、生徒会はこの件に関してはまだノータッチの状態だ。風紀委員会は実質五反田の独裁状態に近いから、生徒会が廃部に反対しなければおそらくこのまま廃部処分を下される事になるだろうな。」
「そんな……!」
先生の言葉に、俺達は愕然とした。
でも、このまま風紀部を廃部にさせるわけにはいかない!
俺は椅子から立ち上がり、先生に詰め寄った。
「どうすれば廃部を阻止できますか!?」
「処分内容について、あまりにも度が過ぎていると判断されれば教師側で処分を取り消しできる。だが、他の先生達の中にも風紀委員会と役割が被るこの部の存在意義に疑問を持っている奴がいるみたいだし、教師側が介入するのはおそらく無理だろうな。他に廃部を阻止できる権限があるのは、生徒会だけだ。生徒会長の四条をこちら側に取り込めれば、廃部を阻止できる可能性はある。」
生徒会長の四条先輩か……。
話した事がないどころか、あまり見る機会がないために顔すらもよく覚えていないのだが、果たして俺達の話を聞いてくれるだろうか?
だが、廃部を阻止できる方法がそれしかないというのなら、やるしかないだろう。
「先生、今四条先輩は生徒会室にいるんですよね?」
「ああ、放課後は大抵そこにいるはずだ。だが、おそらく五反田も生徒会に話を通すために今頃行っているだろう。場合によっては、生徒会室で五反田とやり合う事になるかもしれんが。」
「むしろ好都合です。その場でまとめて生徒会と五反田先輩を説得できれば一気に解決できるんですから。」
「そうか……。よし、行って来い!」
先生に見送られながら、俺はミレーユ・朱音と共に生徒会室へと向かった。
――――――――――――――――――
生徒会室に到着した俺達は、教室の扉をノックした。
「はい、どうぞ。」
「失礼します。」
中から女の子の声で返答があったので、扉を開けて挨拶してから教室に入る。
生徒会室の中にいたのは、2人の男子生徒と3人の女子生徒だった。
会議室で使うような長机が並べられており、男子と女子がそれぞれ向かい合わせに、余った女子一人が上座に座っていた。
5人の中に五反田先輩はいない。
「あら、あなたは確か……六角さんだったかしら? という事は、もしかして3人とも風紀部の子なの?」
そう言いながら上座に座っていた3年の女子生徒が立ち上がった。
座席の位置から察するに、この人が生徒会長なのだろうか?
そこで朱音が一歩前に出て
「はい、そうです。実はあたし達、生徒会の皆さんにお話ししたい事がありまして。」
「もしかして廃部の事かしら?」
「あれ、もう知っていたんですか?」
「ええ、さっきその事で舞衣がここに来ていたからね。あなた達が来る少し前にここを出て行ったから、丁度入れ違いになっちゃったわね。」
舞衣って……五反田先輩の事か。
下の名前で呼んでるって事はこの人と五反田先輩は友達なのだろう。
しかし、今の状況でそれはよろしくない。
この二人が友達同士だと、五反田先輩の要求がますます通りやすくなってしまう!
俺は内心そんな事を危惧しつつも、先輩の話の続きを待つ。
「わたしもあなた達とお話してみたいと思っていたの。そこの席が空いているから掛けてくれる?」
「は、はい。」
先輩に促されるままに、適当に空いている席に俺達は座った。
「そちらの二人はわたしと顔を合わせるのは初めてだったわよね?」
「は、はい。」
俺が返答すると同時にミレーユも頷きを返した。
「じゃあ改めて自己紹介させてもらうね。わたしは3年の四条 亜梨沙。生徒会長を務めさせてもらっているわ。」
「俺は2年の一ノ瀬 和也です。」
「同じく2年の一ノ瀬 ミレーユです。」
自己紹介してきた四条先輩に対し、俺とミレーユも自己紹介を返す。
それにしても……同じ先輩でも、五反田先輩とは違うタイプの美人だな。
身長は160センチくらいで、ミレーユより少しだけ低い。
だがスタイルは良く、手足はほっそりとしていて、胸もミレーユと大体同じくらいある。
黒いセミロングの髪を編み込みにしていて、ほんわかとした感じの顔立ち。
大人びていて比較的背も高い五反田先輩と比べて、四条先輩は清楚で年相応の可愛らしい雰囲気の美少女だ。
正直、今まで見てきた女の子の中で、外見は一番タイプかもしれない。
そんな事を考えていると、俺の隣に座っていたミレーユから腕をつねられた。
「痛っ! 何すんだよ!」
「貴方がデレデレしているからよ。」
生徒会室で大声を出すわけにもいかず、小声で抗議したがミレーユは不機嫌そうに返答した。
更に言い返そうとも思ったが、そうすると収拾がつかなくなるのでこれ以上の反論は自重する。
俺達のやり取りを見て苦笑を浮かべていた四条先輩は、やり取りが一段落したところで表情を引き締めた。
「では早速だけど、風紀委員長の舞衣からあなた達の風紀部を廃部にしたいと話があったの。理由は風紀委員会と役割が被る部活動は必要ないという事、また風紀部が風紀委員会の活動に悪影響を与える可能性を否定できないから、との事よ。わたし達生徒会としてはあなた達の話を聞いた上で賛成か反対かを示したいと考えているわ。」
見た目に反して四条先輩はかなりしっかりした人のようだ。
まあ生徒会長を務めているくらいなのだから、当たり前といえば当たり前だろうが。
俺達の話を聞いてくれるというのなら、これに乗らない手はないだろう。
「あたし達も生徒会の方とお話したいと思っていましたので、そう言ってもらえると助かります。
よろしくお願いします。」
風紀部の部長である朱音がそう言いながら頭を下げた。
それに続いて俺達も頭を下げる。
絶対に、廃部を阻止するぞ!
頭を下げた状態のまま、俺は心の中でそう思ったのだった。