fall
ミレーユにプレゼントを渡して仲直りした後。
夕食とお風呂を済ませ、俺は自分の部屋に戻ってきた。
何とか仲直りできて良かったな……。
プレゼントも喜んでもらえたみたいだし。
そんな事を思いながら、テスト勉強をするため机に向かったのだが。
あれ?
引き出しの中の物が微妙に散らかっているような……気のせいだろうか?
そういえばさっき、ふとベッドを見た時もシーツに妙にシワが寄っていたような気がする。
でも、一通り見た感じでは特になくなっている物はなさそうだし、まあいいか。
それから23時過ぎまで勉強した俺は、寝る前にリビングで一息つく事にした。
冷蔵庫から飲み物を取り出し、ソファに座って飲みながら今日のお昼の出来事を思い出す。
そういえば、五反田先輩から風紀委員会に誘われた事をまだミレーユに話してなかったな。
今日はもう遅いし、明日にでも伝えようか。
コップに注いだ飲み物を飲み干し、俺がソファから立ち上がろうとした瞬間。
「あ……」
「ミ、ミレーユ?」
リビングにミレーユが入ってきたのだ。
俺が手に飲み物を持っているのを見て、彼女も台所からコップを持って来て俺の対面のソファに腰かけた。
「私にもそれくれる?」
「あ、ああ。」
俺がコップに飲み物を注いでやると、ミレーユはそれをゆっくりと半分ほど飲んだ。
それから俺の方を見つめてきたのだが、いつもは無表情で見た目クールな感じのミレーユが、ニヘラーっとした笑顔を浮かべたのだ。
テンションのおかしいミレーユに対して、俺は少し恐怖感を感じた。
「ど、どうしたんだ? さっきから何かニヤニヤしてるけど。」
「いえ、別に? 何でもないわよ♪」
返ってきた台詞自体はこの間のケンカの前に言っていたものと全く同じだ。
そして、その「何でもない」という台詞が嘘であるという事も。
だが、この前は明らかに不機嫌そうだったのに対して、今は喜びを隠しきれないといった雰囲気だ。
言葉は同じでも意味は真逆なのだろう。
それにしても……こうして見ると何だかんだでやっぱり可愛いよな、コイツ。
そういえば、さっき頬にだけどキスされたんだっけ。
夕食の時の事を思い出して、顔が熱くなってドキドキするのを感じた。
ミレーユはそんな俺を笑顔のまま見つめている。
これ以上こうしてると色んな意味で危険な気がするな……。
と、とりあえずもう部屋に戻って寝よう!
そう思い、俺はソファから立ち上がった。
「じゃあ、俺はもう寝るから。お休み。」
「ええ、お休みなさい、和也♪」
俺は自分のコップを台所に持って行き片付けると、部屋に戻って眠りについたのだった。
――――――――――――――――――
和也が自分の部屋に戻った後、ミレーユも残りを全部飲んでから自分のコップを片付けて自室に戻った。
そしてベッドに寝転がり、和也からもらったリボンを手に取って見つめた。
(初めてのプレゼント……。和也が、私のために……)
そう思うと、嬉しくて笑顔が零れるのを止められなかった。
ちなみに。
何故和也の部屋が微妙に散らかっていたのかというと、お昼に和也と朱音が図書館に行っている隙にミレーユが部屋に忍び込んでいたからである。
寂しさを紛らわすために勝手に部屋に入って引き出しの中などを調べたり、和也のシャツを羽織ったり、ベッドに寝転がって昼寝をしたりとやりたい放題だったのだが。
昼寝の最中で和也達が家に帰ってきたのに気付き、ミレーユは急いで和也の部屋から脱出した。
和也が自分の部屋に違和感を感じたのは、ミレーユが原因だったのだ。
と、傍から見れば完全にアレな事をしていたミレーユには、和也の部屋で見た物の中で特に気になった物があった。
それは、昔のアルバムだ。
そのアルバムには和也が幼い頃に撮られた写真があったのだが、それらの写真の中に二人の女の子と一緒に映っている写真を見つけた。
他の写真にもその女の子達が映っているものが何枚もあり、それを見た時ミレーユは思わずムッとしてしまったのだが……。
しかし同時に、彼女はその写真を何故か懐かしいとも感じたのだ。
写真に写っている女の子達と、会った事はないはずなのに。
そして、二人の女の子のうち金髪の子が髪に着けているリボンと、ミレーユが今日和也からもらったリボンの色やデザインは何となく似ている。
(まあ、きっと気のせいよね)
自分のベッドでリボンを見つめながら、ミレーユはそんな事を想ったのだった。
――――――――――――――――――
翌日からの一週間。
ミレーユが来てからというもの事件続きだったが、久しぶりに平穏な日々が過ぎていった。
放火事件で負った怪我が回復したミレーユは、俺のプレゼントしたリボンを早速着けて登校している。
五反田先輩の件をミレーユにも話した結果、やはり誘いを断るという結論にはなったのだが、幸か不幸か日曜日以来先輩とは会っていない。
朱音もミレーユと仲直りして元通りになり、テストの日まで毎日放課後はうちに集まって三人で勉強会を開いた。
そして金曜日。
中間テストは午前中までで終わり、お昼に生徒は解散となった。
部活によっては早速今日の午後から活動するものもあれば、今日は休みにしているところもある。
テスト後に廊下でクラスが別な朱音と合流し、三人で「うちの風紀部は今日どうしようか?」と話していると。
「あ、君達、ここにいたのね。」
聞き覚えのある声が俺の背後からかけられた。
思わず逃げ出したくなるのを必死に留め、声のした方へ振り返る。
「……五反田先輩、こんにちは。」
「お久しぶりです、先輩。」
「ええ、久しぶり。そちらの子は?」
俺と朱音がそれぞれ先輩に挨拶をする。
それに対して先輩は、三人の中で唯一先輩と面識がないミレーユの方を見て質問を返してきた。
「ねぇ、この人が例の……」
「ああ、風紀委員長の五反田先輩だ。」
小声で先輩の事を聞いてきたミレーユに対し、俺も小声で返事をした。
そこでミレーユは先輩の方へ向き直り、
「初めまして、五反田先輩。私は一ノ瀬 ミレーユです。」
「こちらこそ初めまして。私は3年の五反田 舞衣よ。ところで、その二人と一緒にいるという事は君も風紀部の部員なのかしら?」
「ええ、そうですが。」
「そう。なら話は早いわね。この前の話、考えてくれたかしら?」
いきなりそう来たか。
前から思っていたが、この先輩はクールで真面目な上にかなり容赦ない性格みたいだ。
見た目も美人ではあるが鋭い感じで、近寄りがたい雰囲気を纏っている。
有能ではあるが周りの人に敬遠されそうなタイプではなかろうか?
そんな微妙に失礼な事を俺が考えているのをよそに、ミレーユが先輩の問いに即答した。
「せっかく誘って頂いたのに申し訳ありませんが、お断りします。」
お、おい!
確かに誘いを断ろうという方針で決定したとはいえ、その言い方は直球過ぎる!
俺が先輩の質問に応対してやんわりと断れば良かったのだろうが、余計な事を考えていたせいで反応が遅れてしまった。
焦った俺は、様子を窺うために先輩の方へと目を向ける。
俺の思い込みかもしれないが、今までずっと表情を見せた事のなかった先輩の顔に、微妙にだが怒りと焦りの感情が浮かんでいるような気がした。
「君もそこの二人からはちゃんと事情を聞いているのよね? だったら、私の提案がお互いのためになる物である事もわかると思うんだけど、どうして断るのかしら?」
「お互いのため? 風紀委員会のため『だけ』が正しいのではなくて? 少なくとも『私達のため』にはならない提案ですわよ?」
あら、ミレーユさん。
エレナさんの口癖がいつの間にか移ってますわよ?
って、そんな馬鹿な事考えてる場合じゃない!
ミレーユの挑発的な態度のせいで、今度はハッキリと先輩の怒りの度合いが増してきているのがわかる。
朱音も「え、えっと、どうしよう」とアワアワしてるし。
とにかく、これ以上状況が悪化する前に止めるべきだろう。
「おい、ミレーユ。とにかく落ち着け。」
「落ち着いているわよ? それとも、もしかして……貴方は先輩の味方なの?」
ミレーユの攻撃の矛先が、止めに入ろうとした俺に向き始めている!
だがこのままにしておくわけにもいかないし、今は何とか宥めないと!
「だから落ち着けって! 俺はいつでもミレーユの味方だから!」
「!」
俺がそう言うと、さっきまで俺を睨んでいたミレーユが驚いた表情を浮かべた後、照れたような笑顔になった。
「そ、そうよね。ごめんなさい。」
「……お、おう。」
あれ?
今回はやけにあっさりと引いてくれたな。
まあ、今の状況ではありがたいが。
そこで俺は先輩の方へ振り返り
「すみません、先輩。せっかくの誘いですが、俺達はこの三人で部活動がしたいんです。だから、先輩の提案を受け入れる事は出来ません。」
俺は先輩に向かって頭を下げた。
が、先輩からの返事がない。
俺が恐る恐る顔を上げると。
「……して」
「え?」
「……どうして、私の提案を断るのかしら? 君達が部を作ったのも、私達風紀委員会と同じような目的があったからなんでしょ? だったら何も問題ないじゃない! なのに、どうして!? 私は間違ってないはずなのに、どうしてみんな……っ!」
「せ、先輩?」
俺が先輩に話し掛けると、先輩は俺達の方をキッと睨んでから走り去って行った。
「今の、何だったんだろうね……?」
呆気に取られた様子の朱音の問いに、俺もミレーユも答える事が出来なかった。
よくわからないが、何とか誘いを断る事に成功した……のか?
微妙な空気のまま、とりあえず今日の風紀部の活動は無しという事でその日は解散となった。
――――――――――――――――――
一方その頃、舞衣はトボトボと自宅への帰り道を歩いていた。
真面目で責任感の強い彼女は風紀委員長としての職務を全うしているつもりだったのだが、ここのところ思い通りにならない事が多かったのだ。
先日の森先生絡みの騒動で、関わった風紀委員達を辞めさせたのもほぼ彼女の独断に近い。
他の委員達の中では、何らかの処分はするにしても辞めさせるのはやり過ぎだという意見がほとんどだった。
しかし舞衣は、その意見を「間違っている」と主張して認めなかったのだ。
昔から舞衣は正義感が強かった。
学校でイジメなどを受けている子がいれば当然助けに入ったし、学校の外でもマナーの悪い大人を注意したりする事は珍しくなかった。
自分の信じる正義に従って、ずっとそうしてきたのだ。
だが最近はクラスでも委員会でも、周りの人に距離を置かれ敬遠される事が増えてきて、何かにつけて上手くいかない事ばかりの状態が続いている。
(私は正しい事をしているのに、どうして誰も分かってくれないの!?)
焦りが、彼女の心を蝕んでいた。
そんな考え事をしていたせいで、舞衣は歩いている道の途中に立っている人に気が付かなかった。
舞衣に背中を向けて立っていたその人にぶつかり、そこで初めて彼女は状況を認識した。
「あっ、すみません!」
頭を下げて謝ったが、相手は無言のままだ。
ゆっくりと顔を上げると、丁度後ろを振り返ったその人と目が合った。
―――舞衣の目に映ったその人の瞳は、真紅の光を放っていた。