再戦
朱音からの連絡を受けて家を飛び出した俺だったが、そこである事に気付いた。
―――肝心の場所を聞く前に電話が切れてしまったのに、一体何処へ向かえば良いんだ?
いや、迷ってる場合じゃない!
朱音との会話を思い出すんだ。
確か電話では「病院から朱音の家へ向かう途中で放火魔に遭遇した」と言っていた。
だとすれば、病院から朱音の家へ向かう経路の付近にいると考えるのが妥当だろう。
もちろん必ずいるという保証はないが、他にこれといった手掛かりはない。
俺はまず病院の方角へ向かう事に決め、全速力で駆け出したのだった。
――――――――――――――――――
「くっ……待ちなさい!」
逃げる放火魔の背中に向かってあたしは大声で叫んだが、立ち止まる気配はない。
わかりきっていた事ではあるけど、速い。
このあたしが本気で走っているのになかなか距離を縮められないなんて、陸上部の大会でもほとんどなかった。
下校してそのまま病院へ寄った後の帰りだったので学校のカバンを肩にかけたままだった事も追いつけない要因の一つだろう。
正直カバンを適当なところに置いていこうかとも思ったけど、さすがにそんなわけにもいかないよね……。
と、そこであたしはある事に気がついた。
今走っているここら辺の道は、以前あたしとミレーユが放火魔を追いかけた時の場所の近くだ。
だったら、この前と同じ袋小路までうまく追い込めればなんとかなるハズ!
もう既にほぼ全速力ではあったけど、気合いを入れて更に少しだけスピードを上げた。
さすがのあたしでもこれ以上は無理だけど、限界まで加速したかいあって徐々にだけど距離は縮み始めている。
放火魔の女はちらっとあたしの方を振り返り、すぐに視線を戻して目の前の十字路を左に曲がった。
よし!
この先の道はこの前と同じルートだ!
いける!
放火魔の後に続いてあたしも十字路を左に曲がり、必死に追いかける。
15メートル……14メートル……13メートル……
絶対に捕まえてみせる!
12メートル……11メートル……10メートル……
あともう少し!
あたしと放火魔の間の距離がついに10メートルを切った。
ここまで来ればあとはもう目と鼻の先だ。
「待ちなさい! 今度こそ逃がさないんだから!」
あたしは再び大声で放火魔に呼び掛ける。
当然ながら応答はない。
けど、もう逃げられないよ!
放火魔はついに、前回と同じ袋小路に飛び込んだ。
あたしの計画通りに。
追跡を振り切れないとわかれば、おそらく実力行使であたしを足止めしてから逃走を図るハズ。
アイツの能力はナイフをダーツみたいに投げる事が出来る能力。
以前も見た通り、速さ・正確さ共に決して油断は出来ないけど、一つだけ大きな弱点が存在する。
それは能力の使用回数に限界がある事だ。
和也君から聞いた話では、ゴーストの能力には一切の使用制限がかかっていないらしい。
通常、殺傷力の高い攻撃能力やその他強力と思われる能力には厳しい使用制限が課せられるらしいんだけど、それがないんだとか。
でも、あの放火魔のゴーストは能力自体に使用制限がないにも関わらず、能力の使用回数に限りがある。
「ナイフを投げる」という事は、投げた後でナイフを回収しない限り再利用は出来ないという事だ。
つまり、落ちたナイフを拾う隙さえ与えなければ、アイツが能力を行使できる回数は所持しているナイフの本数分だけ。
あたしは前にあの能力で攻撃された際、初見だったにも関わらずギリギリだけど回避に成功している。
今回は最初から相手の能力を既に知っている状態なんだから、前回よりも更に有利なハズだ。
直接ナイフで刺しに来る事にさえ注意を払えば、あたしでも充分に渡り合える。
その間に和也君が警察に連絡して駆け付けてくれれば。
……って、あたしが場所伝える前に携帯の電池切れちゃったんだった!
どうしよう。
マズい。
あたしがそう思っている間に、袋小路で目の前の放火魔は立ち止まり、こちらへ振り返ったのだった。
――――――――――――――――――
自宅を出て病院がある方向へ走っていた俺だが、元々運動自体が得意でない事もあり走るスピードが落ちてきていた。
俺の家から病院まではかなり距離があるので、全速力で走っても到着まで時間がかかる。
必死に走り続けていると、携帯に着信が入った。
走るスピードを緩めて携帯を取り出すと、ミレーユからの電話だった。
「もしもし、ミレーユか? 一体どうしたんだ?」
「さっき警察に連絡したのだけど、今何処にいるの?」
「病院の方角へ向かって走っているところだ。朱音から現在地を聞きそびれたから、可能性が高そうな所をしらみ潰しに当たるしかない状況なんだ。」
「わかったわ。警察にもそう伝えておくわね。」
「ああ、頼む!」
そう言って電話を切ると、俺は走るスピードを少し上げた。
急いでいて警察への連絡を指示するのを忘れていたのだが、ミレーユはきちんと動いてくれていたようだ。
普段トンチンカンな事ばかりしてると思ってたけど、意外と気が付くところもあるんだな……。
そんな事を考えながら暫く走っていると、ようやく目的地である病院が見えてきた。
付近を見回すが朱音の姿はない。
となれば、病院から朱音の家へ向かいながら周りの人に聞きこみして現在地を絞り込んでいくしかないだろう。
こんな時にミレーユが一緒にいれば、あいつの能力で行き先を調べられるのに……。
今更ながらミレーユがどれだけ大事だったのかを実感し、多少(?)ぞんざいな扱いをしていた事に罪悪感を覚えたが、反省はひとまず後回しだ。
病院前へ到着したところで俺は進路を変更し、朱音の家の方角へ向かって再び走り出した。
既に自宅を出てから20分以上経過している。
朱音が放火魔と接触していてもおかしくない時間だ。
果たして、間に合うのか!?
朱音の無事を祈りながらも、俺は焦りを抑えきれない。
そのまま暫く走っていると、再び俺の携帯が鳴った。
電話をかけてきたのはまたもミレーユだった。
「もしもし、今度はどうしたんだ?」
――――――――――――――――――
袋小路まで追い詰めた放火魔がゆっくりとあたしの方へ振り返る。
放火魔が懐からナイフを取り出したのを確認し、あたしは身構えた。
放火魔は以前と同じく、取り出したナイフをあたしの方へ向かってまっすぐ投げる。
やっぱり速いけど……でも!
あたしは飛んできたナイフをかわし、慎重に距離を詰める。
一気に接近して取り押さえようとするとこの前のミレーユの二の舞になりかねないからだ。
まずは持っているナイフを全部使わせて、それから捕まえるのがベストだろう。
すると今度は、放火魔が懐からナイフを二本取り出して両手に一本ずつ握った。
右手に持ったナイフを再びあたしに向かって投げる。
それをさっきと同じようにかわしたところに、放火魔が左手に持っていたナイフがあたしの顔目がけて飛んできた。
「キャッ!?」
思わず悲鳴を上げて顔をそらしたが、完璧に回避する事は出来なかった。
「痛っ……」
切られた右の頬から血が出ている。
それだけでなく、髪を結っていた右のゴムも切れてしまってツインテールが片方解けてしまった。
右手で頬を抑えながらも、あたしは放火魔の方を凝視した。
以前アイツが使ってきたナイフは三本。
そして、今投げてきたナイフの本数も合計三本。
他にナイフを持っていなければ、一気に距離を詰める事が出来るんだけど……。
しかしそこで、放火魔はポケットから四本目のナイフを取り出した。
今度はナイフを投げようとする気配はない。
だとすると、今持っているのが最後の一本なのかな?
放火魔が動くのをあたしがじっと待っていると、突然放火魔があたしの方へ向かって突進してきた。
「くっ!」
突進を何とかかわしたが、相手は攻撃の手を緩める事なく連続してナイフで切りかかってきた。
駄目だ!
このままじゃジリ貧になる!
相手の攻撃を何とか見切って、ナイフを持っている腕を捕まえないと!
必死にナイフをかわし続けてチャンスを待つが、ゴースト故の身体能力の高さのおかげか隙がなかなか見つからない。
そうこうしているうちに何度か攻撃をかわし切れず、服がところどころ破れているのに気がついた。
いつの間にかツインテールのもう片方のゴムまで切られていたみたいで、髪が完全に解けている。
辛うじて出血はあまりしていないけど、このままじゃ致命傷を受けるのは時間の問題だ。
だったら……これならどう!?
心臓付近を狙ったナイフの突きに対して、あたしは肩にかけたままだった学校のカバンを盾にした。
カバンにナイフが刺さったのを見届けて、ナイフを持っていた右腕を掴む。
よし、成功だ!
そう思ったのは束の間だった。
あたしが放火魔の腕を掴んだのと同時に、相手が左手であたしの右腕を掴んできたのだ。
あたしの左手は盾にしたカバンを持ったままのため塞がっている。
必死に放火魔の腕を離さないように右腕に力を込めるが、やっぱりあたしの力じゃゴーストには敵わなかった。
抵抗も虚しく、あっさりと腕を振りほどかれてしまったのだ。
放火魔はそのままナイフをカバンから引き抜くと、ナイフを持った腕を高く振りかざした。
―――殺される! 助けて、和也君!
そう思い、あたしが思わず目を閉じたその瞬間。
「待て!」
突然大声で呼び掛けられた事に反応して手を止め、声のした方へ放火魔が素早く振り返る。
と同時に、あたしもゆっくりと目を開け、そちらの方を見た。
そこにいたのは。
「和也君!」
間一髪で駆け付けてくれたのは和也君だった。
本当に、来てくれた……!
あたしは嬉しくて思わず力が抜けてしまいそうになった。
だけど、当然それで終わるはずもない。
和也君の方へ振り返った放火魔は、ナイフを構え彼に向かって走り出したのだ。
「危ない!」
あたしは必死に大声で叫んだが、放火魔は既に和也君の目前まで迫っている。
彼に接近した放火魔は、あたしの時と同じように再びナイフで切りかかった。