始動
エレナを自宅に招待する事になった俺達は、彼女をリビングに案内した。
時間は19時を既に回っている。
エレナとの話し合いにどのくらいの時間がかかるかわからない状態だし、先に出来る事はしておきたいと考えた俺は、彼女にある提案をする事にした。
「すぐに終わるような話でもないだろうし、良かったら一緒に夕食を食べながら話をしないか?」
「夕食を? そうですわね……ではせっかくですし、お言葉に甘えて。」
エレナが俺の提案を承諾したので、俺はリビングの横の台所へと向かう。
俺が料理をしている間、リビングのソファにミレーユとエレナが対面に座り、一足先に話し合いを始めた。
「あら? てっきり貴方が料理をなさるのかと思っていましたが。」
「私はまだ人間界の料理はまともに作れないわ。だから料理は彼の担当よ。」
「まあ、そうでしたの。」
まるで挑発しているようなわざとらしいリアクションをするエレナ。
ミレーユは微かに眉をぴくっと震わせたが、それ以上は自身の感情を表に出す事もなく話を続けた。
「単刀直入に聞くわ。貴方と貴方のマスターは、私達にとって敵なの? 味方なの?」
「さあ、どうかしらね?」
またも挑発するような笑みを浮かべたエレナに対し、さすがにイラッとした様子のミレーユだが、今度は逆にエレナから質問が飛んできた。
「ところで貴方は、一ノ瀬さんと契約なさっているのよね? 以前わたくしとお会いしたとき、彼とデートしていた女の子についても知っていらっしゃるのかしら?」
「彼女は私達の共通の友人よ。それがどうかしたの?」
「いえいえ。可能な限りの情報はマスターに報告する事になっていますから。特に「敵」になりうる相手の事は……ね♪」
「敵……ですって?」
友人である朱音の事を敵呼ばわりされて、エレナに対し一層警戒を強めたミレーユ。
会話が途切れ、重苦しい緊張感が漂い始める。
だが幸い、それは長くは続かなかった。
「お待たせ。夕食できたぞ。」
そう言って和也が食器を運んできたのだ。
「私も手伝うわ!」
ミレーユがソファから立ち上がり、和也と共に夕食の配膳をする。
配膳が終わり一斉に「いただきます」の声で食事が始まって暫くしてから、話し合いは再開された。
――――――――――――――――――
一方その頃、朱音は自室のベッドに寝転がっていた。
既に夕食を終えた彼女はお風呂の前に勉強しようと自室に戻ったのだが、未だに勉強を始める気になれないでいたのだ。
(明日からの部活って、どんな事するんだろ? それに、この前の土曜日は結局告白できなかったなぁ……。)
先週の土曜日、朱音が和也に告白しようとしたところでエレナと名乗る悪魔が介入してきたために、有耶無耶になってしまった。
その事があれからずっと心に引っかかっている。
あの後勢いにまかせて事情を問い詰め、強引に協力すると言ったはいいものの……結局、朱音はただの人間でしかない。
悪魔であるミレーユや、悪魔と契約して特殊能力を手に入れた和也と違って、なんの力も持たないのだ。
それでも協力すると言ったのは、和也を諦めたくなかったから。
ミレーユが彼の家に居候している本当の理由がわかって、すぐ疑問に思った事があった。
それは、「ミレーユが和也に好意を抱いているというのは本当なのでは?」という疑問だ。
カフェで和也に問い詰めた時は「ただの冗談」だと返されたが、今はどうしてもそう思えなかった。
だからこそ、朱音は風紀部に入る事を決めたのだ。
ミレーユに負けないために。
今度こそ、和也への想いに決着をつけるために。
(あたし、負けないからね!)
そう決意して、朱音はベッドからようやく起き上がったのだった。
――――――――――――――――――
和也達が話し合いを再開してから1時間が経とうとしていた。
三人とも食器に夕食は残っていなかったが、まだ話し合いは終わらない。
「ミレーユもエレナも、今はその話は関係ないだろ!」
俺は必至に二人を止める。
さっきからこの二人がやたらといがみ合っているせいで、話があちこちに逸れてしまい思うように進んでいなかったのだ。
しかし俺の仲裁も虚しく
「いいえ! そういうわけには参りませんわ!」
「そうよ。これは私にとって、譲れないところなのよ!」
全く聞く耳を持たない様子の二人。
いがみ合いの発端は、ふとした拍子にミレーユがまたも「婚約者」発言をした事だ。
それまでは一貫してミレーユを挑発するような余裕ぶった態度だったエレナだが、何故かこの発言に過剰な反応を示したのだ。
まさかコイツまで俺の婚約者だの何だの言いだすんじゃないだろうな……。
エレナを見て思わず俺はため息をついてしまった。
エレナも見た目は文句なしの美少女なのだが、中身のポンコツ具合はミレーユと大差ないのだろうか?
もしかして、悪魔にはまともな奴がいないのか?
とはいえ、このままにしておくわけにもいかない。
気が進まないながらも、俺は再度、二人の間に割って入る事にした。
「とりあえず、二人とも落ち着け!」
そう言って、立ち上がっていた二人の肩を掴んで強引にソファに座らせる。
「ミレーユはいつもの事だから、この際置いておくとして。大体、どうしてエレナがそんなに怒っているんだ?」
さっきから疑問に思っていた事を尋ねてみる。
ミレーユが俺の方に不満げな視線を向けてきたが気にしない。
エレナは気まずそうに視線を漂わせながら
「いえ、わたくしはいいのですけれど、ただ……」
「?」
途中で言い淀んでしまったエレナを見つめて俺は頭に?マークを浮かべた。
「わたくしはいいのですけれど」の発言に対して俺の嘘を見抜く能力は発動していないので、これはどうやら本当のようだ。
なら、どうしてエレナがそこまで「婚約者」発言にこだわる必要があったんだ?
それを俺はエレナに問おうとしたが、その前にエレナが話を強引に切り替えてしまった。
「とにかく! 今回の火事の件に関してはわたくし達は貴方達の敵ではありません! 信じられませんか!?」
強い口調で俺達に問いかけるエレナ。
この発言に対しても俺の能力は発動していないので、本当なのだろう。
俺はミレーユにアイコンタクトで「本当だ」と合図を送り、ミレーユが頷いたのを確認してから
「わかった。今回は信じるけど……じゃあ、協力してくれるつもりなのか?」
「悪魔二人がかりでないと難しいような案件なのかしら? 聞くところによると、まだ事件か事故かすら定かでないそうですけれど。」
「今のところは何ともいえない。だから、もし事件だったら……協力してくれないか?」
「わかりましたわ。ただ、「マスターに相談して許可が下りれば」の話ですが。わたくしも向こうでやらなければならないミッションがないわけではありませんからね。」
条件付きではあるものの、何とか協力を取り付ける事が出来た。
こうして話し合いに一応の決着がついたところで、今日は解散という事になりエレナは帰っていった。
――――――――――――――――――
翌日の放課後、俺達はいつもの空き教室に来ていた。
今日から風紀部の活動が始まるわけだが、その部室として偶然にもこの空き教室が割り当てられたのだ。
余所から使われていない長机や椅子などを三人で手分けして教室に運び、部室らしい感じに整ったところで俺達は席に着いた。
「それでは、風紀部の活動会議を始めます!」
風紀部の部長に就任した朱音が活動開始を宣言する。
ちなみに何故朱音が部長になったのかというと、彼女が「部長をやりたい」と頑として譲らなかったためだ。
俺達のような特殊能力がない分、他の部分で頑張りたいと彼女は言っていた。
俺もミレーユも特に反対する理由はなかったため、朱音が部長を務める事になったのだ。
活動会議で記念すべき最初の活動内容として挙げられたのは、先日の火事の調査だ。
提案した張本人である俺は、火事の詳細を知らない朱音と八雲先生に詳細と提案した理由を述べた。
「火事があった事は聞いていたけど、まさかそれが和也君の家の向かいだったなんて……。」
「なるほど。随分面白そうな内容だな。だがお前ら高校生だろ? 一体どうするつもりなんだ?」
素直に驚いている朱音と、興味津々な様子でニヤリとした笑いを浮かべている八雲先生。
朱音はともかく、八雲先生はやっぱり苦手だな……。
そう思いながらも、俺は話を続けた。
「警察の方に知り合いがいまして、そのツテで情報を集めようと思っています。今日この会議が終わった後、警察署の方に行って話を聞きに行くつもりです。」
「ほぉ、思ったより本格的じゃないか。で、お前ら全員で警察に行くつもりなのか?」
「そのつもりですが、マズいですか?」
「行くのは別に構わんが、ちゃんと制服は着替えてから行けよ? 制服のまま警察に出入りしてるのがうちの部員だと知れて面倒な事になったら、あたしが困るんだからな。」
確かに、制服のままで出入りすればうちの学校のイメージ悪化にも繋がりかねないし、八雲先生の言い分はもっともだろう。
ただ、「自分が困るから」というところがいかにもこの先生らしいが。
「わかりました。気をつけます。」
こうして記念すべき第一回目の活動会議が終わり、俺達は一旦解散する事にした。
それぞれ自宅に戻って着替えてから、先週の土曜日も待ち合わせに使った円間公園に集合した俺達は、警察署へ向かって歩き始めた。