序
まる
西暦二〇五九年四月上旬。
半世紀程前に研究者たちによって予想されていた近未来都市の構造や治安とは、
あまりにも遠く、かけ離れていた。
様々な分野において他国と比べ発展、特に経済において凄まじい変化遂げていったが、
そういった事件が少なくなる傾向は、未だ見られずにいる。(とは言うが、検挙率は世界で群を抜いているが)
――国が定めたボディガード専門の教育機関ができたのは今から十年前のこと。
経済格差に憤りを爆発させた隣国の暗殺者集団によって、内閣総理大臣及び議員が三十名虐殺されたことによって波紋を呼び設立された。
国立天条高校。ボディガード専門の教育機関とは言うが、その入学するボディガードの卵は六割に満たない。
富裕層が自身を守る事を重要視され、大企業の御曹司や一族のご令嬢の入学が約四割を占めている。
定員二〇〇名、全国に三校存在し、その倍率は毎年高くなっている――
学校の歴史のことを思い出しながら、雨宮恭介は目的地へ向かっていた。
「しかし長いな。」
彼が小さく呟いたのは独り言ではなく、隣にいる、美少女へと向けられたものだった。
「門をくぐって2、3分くらいでしょうか?まだ着きそうにもありませんね。」
そう言いながら、どこか嬉しそうなのは彼の恋人というわけでは無い。
「ざっと800mってことか。」
こちらをじっと微笑みかけている少女はよく知る妹だ。
男からしてみるば放って置くわけにはいかないであろう、容姿端麗と表すのには言葉足らずになるルックス。
凛とした顔立ちに、青天から散る桜と似通って靡く、艶やかな黒の長い髪。
こちらの様子を伺うような上目遣いの瞳は、深海に似た、吸い込まれていく様な魅力を醸し出している。
彼は、雨宮朔夜は世間で言うところの、シスコンであった。無自覚ではあるが故に、その愛の深さは彼女の瞳に勝るとも劣らない、と言った所か。
そして、彼を見つめる妹、黙っていれば純日本製の和人形のような趣きを持っている彼女もまた、ブラコンである。
「??」
立ち止まっている雫は首を傾げながら、疑問の節を見せている。
(なぜ止まっているのですか?)と投げかけられている朔夜には、伺いの答えは明確であった。
「随分と嬉しそうだな、雫?」
「敬愛するお兄様の門出ですから。妹のわたしが嬉しくないはずがありませんでしょう?」
「そうか。最愛の妹の門出と考えれば、納得せざるを得ないな。」
疑問を当てる相手が雫以外であったならば、質問に質問で返すのかと意地の悪い事を思っていただろう考えを取り払い、再び歩み始めた──後ろで赤くなっている雫に気づかない体で。
今日、入学式が行われる天条高校は、期待に胸を膨らます学生たちの門出にとって相応しい気候なはずであったが、
桜の木の元にいる身の丈凡そ180cm程の生徒は、希望を秘めた他の行きゆく者たちとは対照的に違っていた。
「クラス分けは各階の廊下に掲示…だったか?」
「はい。事前に入学生に配られた資料では、そうなっていますね。私たちは4階みたいですね。」
いつの間にか学校指定のバッグから資料を取り出していた雫が、本館の方に目を向けながら言った。
(あまり波風を立てないようにしよう…。)
そんな彼の淡い希望は、音を立てて崩れ去っていくのだった。