廿壱 冷泉の如
「……炎雷、俺たちは一体どこに着く予定なんだ」
「……大酒飲みの男の家だよ」
「その男に日照りと何の関係があるって言う?」
「黙ってついて来い」
じりじり、と。
京の都から少々離れた森に、若い陰陽師二人はいた。夏の日差しに焼かれ、青々と輝く新緑たちは静かに風に吹かれる。その森の中にたたずむ雨を司る神――――龍神――――の祭られる祠を目指し、炎雷は足を進めていた。
しかし。
「暑い」
「暑いというから暑い、お前もうしゃべるな」
「……氷、出してやってもよかったんだがなぁ」
「……いちいち癪に障る人間だな」
梅雨といえども、どこかの誰かさんが日照りを続かせるため暑くてたまらない。それどころか梅雨の季節がたたって湿っぽく、京の土地柄も合ってとにかく暑い。
氷嵐は自らの術を使い、氷の冷たさを満喫する傍らで、いらいらした様子で顔を青くする炎雷がいた。
「そろそろのはず、だ」
彼女は静かに頭をあげた。つられて氷嵐も炎雷の視線をたどる。
先には、一人の男が立っていた。彼は精悍な顔を歪めて炎雷に話しかける。
「よう、子鬼」
「久しいのに随分な挨拶だな。この暑さで小蛇がまいってないか心配で来てやったのに」
この二人、どうやら仲は良くないらしい。炎雷の眉間が苛々と歪んでいる。横に立って話を聞いているだけだがわかるのだ、正面から見たら恐ろしいだろう。
しかし、その正面に立つ男は飄々としてなおも続ける。
「……相も変わらず、口が悪いお嬢さんだこった」
「それは申し訳ございませんでした。何分、龍神様に仕えている身でありながら厭にだらしの無い格好でしたので。……敬うべきか、恥ずかしながら迷ったもので」
にっこり、と口角をうまい具合にあげて笑顔を作っている。氷嵐は彼女の横で流石、と舌を巻いた。それは正面の男も同じなようで、彼女を見ながらばつが悪そうにため息をついた。
男は、傍から見たら変な人だ。黒髪が多い中、彼の髪色は青に近い白色だ(炎雷も銀髪ではあるが、彼女は人間かすらも怪しい)。精悍な顔つきに少々筋肉質ではあるようだが、しなやかな長身の身体。それに纏うのは、先ほど炎雷が「だらしない」と称したように着られた(羽織られた、にも近い)藍色の狩衣だ。
一目見たときの印象は、青い、その一言である。
炎雷は重いため息をつき、その青い男に近寄る。それから、男の緩みきった着物の合わせ目に手をかけて強引に直していく。実に迅速で、的確だ。
「……時雨、いい加減に学習しろ」
「ははっ、わりぃな。生憎堅苦しいのは苦手なんだ」
「苦手とかの問題じゃなくなぁ……」
先ほどの仲が悪い、は撤回だ。このふたりはかなり仲がいいらしい。
きゅ、と炎雷が帯止めを閉めると時雨と呼ばれた男は思い出したように問うた。
「そういやぁ、炎雷。てめぇは何しにこんな山奥まで来たんだ」
そこの小童と一緒に、と氷嵐は急に名指しされうろたえたが、特に何か聞かれるでもなく炎雷に会話のペースが戻る。
「龍神様にちょっとしたおねだりに来た」
「まぁ、そんなこったろうと思ったぜ」
じゃあ、ん。と目の前に出された大きな時雨の手のひら。炎雷は分からない、といった様子で首を傾げるが顔は明らかに笑っている。わかってて言わせてる。
「貢物もなしに御神体に近づこうってか?」
「はいはい、それならここに」
炎雷はひょい、とどこから出したのか大瓶の酒をもって笑っていた。
酒は湧き出る冷泉の如く日光を反射して煌いていた。




