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鬼火の吐息  作者: 数寄亭 福
炎の娘と雨降り男
21/26

拾玖  轟音の如

 ――――――――本日、雷鳴轟く悪天なり。

 炎雷は、厚くて重たい黒い雲が蔓延る空を見上げながら、朝廷に提出する予定の書類を書いていた。彼女の部屋には、紙の上を筆が滑る音と雨音だけが反響しており、時折聞こえるのは遠方で聞こえる雷鳴のみであった。

 彼女は、さらさらと流していた手を不意に止め、顔をしかめた。くしゃ、と達筆な文字の書き綴られた紙は無残にも可燃物となる。


 ――――――――本日、雷鳴轟き雨降る荒天なり。

 まっさらな紙に、再び美しい文字が書き綴られる。彼女はため息をつきつつ、自らの師――――安部晴明に依頼された仕事の書類に取り掛かるのであった。



 悪天。よくない天気。

 だが、今の都に雨は好天であろう。現在の平安京は『平安』の字に似合わず、都内での干ばつが広がっている。とはいっても、都の極東ではあるが、各地から作物を集めている都のものとしては、痛手であることに違いない。また、都での商品の売買によるものの流通による問題……と、抱える問題は多数。

 そこでかりだされたのが、晴明ら陰陽師である。



「晴明様。あまりご無理なされますと、お身体に悪いかと、」

「炎雷、もう少しやらせてくれ」

「……いやに、仕事熱心ですね」

「それ、嫌味かい?」


 冗談なら笑える、と、炎雷の師は、自宅講堂内の式場で丸一日天に祈りをささげていた。その甲斐あってか、冒頭のごとくに荒天さながらの天気となっている。

 晴明には、余裕がなさそうだった。広い講堂内の入り口から、炎雷は遠くに座る彼の背中を見るだけしかできなかったが、部屋の中の空気は冷たく引きつったように緊迫しており、少しだけ雨のにおいがした。


「資料作成は終わりました」

「そうか、ありがとう」

「晴明様、少しそのままじっとしててくださいね」

「……ん? わかった、」

「――――オン・バン・ウン・タラク・キリク・アク・ソワカ――――」


 炎雷は、講堂の奥のほうにいる晴明の後姿に向かって晴明印を結ぶ。不意に空気が固まって時間が止まったようになった。呼吸をする間もなく素早く、それでいて永遠の時。

 呪文の影響を受けた晴明は、大げさなほどに目を見開いた。


「……これで晴明様に、私の妖力が少々分けられました」

「おおお……久々の感覚……! この入ってくる時に、どうも項がむず痒い感じなんだよなぁ」

「元気が出たのなら何よりです、お勤めお疲れ様です」


 ふんわりと微笑んで、彼女は講堂の外へと出る。空模様は梅雨の季節にふさわしい。

 

 それにしても、と炎雷は首をひねる。首を傾けると、銀の髪がそよそよと肩に沿って式服を撫でた。

 温暖な京の都。夏は暑く、それなりに冬は寒い。ここからずっと北の国や、南の地方まで行けば天候が崩れることは多々あるそうなのだが、日の本の中心のこの地では、そうも危機的なききんに合うことはそれほどない。

 

 この地の星の巡りに異常はなかった。そして、調べてみたところによると日照りが続くのは平安京を中心とする一帯のみだった。さらには、日照りが続いたのは昨日までの7日間。梅雨入りしてから狙ったように日照りが続いたのだ。

 ――――――――神のお遊びか、もしくは術者の朝廷への反乱か――――――――。

 後者であれば、晴明だけでなく炎雷、もしくは道満師弟も駆り出されるかもしれない。しかし、天候を操るなどという大きな術を使えるものが、はて、人間にいるのであろうか。

 遠くで雷がなる。平安な日々と、都を裂くように、鋭く。雨露に濡れた柘榴のように毒々しく、遠雷の目がぎらぎらと光った。







「都が危ない、か?」


 その危機は、まるで雷鳴の如く都に迫る。

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