幕弐 宵闇に酒
「いやー人の金で飲む酒はうまいっすねぇ」
「いやーオジサンは、それを奢らせた本人の前で言っちゃう君の神経に感心しちゃうよぉ」
宵闇。夜の湿った空気があたりに満ちて、金色が人間を見下ろす。今夜は満月。炎雷たちは、未だに眠り続けている道満を背に月見酒と洒落込んでいた。檜の匂いが香る新築の蘆屋邸の縁側で、月明かりに照らされる陰陽師たちの頬は少々紅潮している。
「晴明様、蘆屋の弟子。あまり羽目を外さないようにしてくださいませ」
「そんなこと言ってないでよぉ、炎雷も飲もうぜぇ?」
「うっわ、晴明さんもう酔っ払ったんすか?」
「晴明様はお酒に弱いですから」
「うっせー」
「炎雷は、好きなのか」
「はい」
ただし、炎雷だけはいつもと同じように白い顔をして微笑む。対照的に晴明は泥酔に近い状態で、弟子二人にもたれかかっている。酔っぱらいである。氷嵐もほろ酔いのようで、いつもは硬い表情を柔らかくして酒を煽っていた。
そこで、酔っ払いの陰陽師はひらめいたように目を見開いて天に人差し指を突き刺した。そして、叫ぶ。
「うっしゃあああぁぁっ! 俺は覚醒したぁぁぁぁっ! てめぇら、ここは飲み比べだあぁぁっ!」
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「天上天下唯我独尊…………ぐぅ」
「晴明さんよぉ、そんなこと言いつつ目が据わってるけど大丈夫かよぉ」
釈迦の名言とともに晴明の意識が途切れる。手に持っていた猪口がころりと床に落ち、中で揺れていた酒がこぼれる。くくく、と氷嵐はのどで笑いながら晴明を式神で運ばせた。
「おい炎雷。珍しいなぁ、てめぇが晴明さんの後始末しないなんてよ……」
――――――――と。氷嵐が赤い顔をしながらも彼女を見ると、それはこっくりこっくりと舟をこいでいた。氷嵐は予想外の無防備な姿に目を点にした。
なんだかんだ、彼女は晴明の横で物事を全てこなしていたのだ。まぁ、会って間もないことは確かだが。面倒だ面倒だと愚痴りながらも、最終的には生活に必要なことも、外見も、内面も、陰陽師に関することも、すべてソツ無くこなした様に見えていたからだ。
「炎雷、おい、炎雷」
沈黙。彼女はどうやら夢現を彷徨っているようだ。時折肩やまつげがかすかに揺れる。
今回の飲み比べも彼女が何でもなさそうな顔で勝ってしまいそうだったのに、三杯ほどで意識が危ういとは何とも意外である。
ほかの女が化粧で顔を覆って見せないように、炎雷は自分の本来の姿を「完璧」で覆う女なのかと認識していた。よく有る、物語草子の展開のように。
「……炎雷、」
「……ぅん……きつねうどん……」
「どんな寝言だよ」
「……ねこ、……りゅ、う」
「(展開が読めねぇ……)」
「お、に」
自分が、息を呑んだのがよくわかった。
気にしすぎなんだと、影響しすぎなんだと自分に言い聞かせた。
目の前で眠りそうな女が鬼なんて言う噂が流れているだけじゃないか。こんなに細い体した鬼がいても怖くねーよ、なんて思いつつ、恐れか興奮か。よくわからないもので体が強く戦慄した。
「炎雷、」
「……あしや、の、でし?」
「もう寝ろよ」
「あなた、は……」
今夜は満月。炎雷の瞳に月明かりがうつって、目蓋の奥がきらきら光る。塀の向こうで牛車が石を蹴飛ばし、蝉が地に落ち、風が柳を曲げた。酒が猪口の中で波打つ。
「いきもの、ころしちゃだめ……だよ」
月夜は、どうやら森羅万象を惑わすらしい。




