弐 冷たい灯
――――――――――――――不可思議な少女と陰陽師が出会ってから早十年。
晴明に拾われた少女・炎雷は、目的を成し遂げるのには見極めが必要だ、ということであれから安倍の屋敷に住んでいる。
それと同時に、晴明に霊力の強さを買われ(半ば強制的に)弟子になった。幼いころにまとっていた薄汚れた白い死に装束のような着物とは打って変わり、真っ白な式服の下に露草色の着物を重ねている。
美しい艶を帯びた白銀の髪は高くひとつに結い上げ、まっすぐにのびて炎雷が動くたびにきらきらと光を反射した。肌は透き通るように白く、まるで日焼け知らずだ。毎日日の下で朱雀を振るっているとは思えない。
太陽も真上に来たかという、昼。うっすら縁側に影を落としながら彼女は、静かに自分の師の部屋へと足をのばした。
「晴明様、晴明様。執務の最中に申し訳ございません、お客人がいらっしゃっておりますが」
炎雷が三つ指をついて言う。部屋に張り詰めた空気が漂っており、式神が三匹ほど晴明の周りを駆け回っていた。彼は静かに筆を滑らせながら首をかしげる。
「客? おかしいな、今日は誰かがくる予定ではなかったはず……」
「いいえ、本日もお客人が四名いらっしゃいます」
少々とげとげしく彼女が言い切ると、乾いた笑みを晴明が漏らす。そのまま筆は軽く動き続け、晴明が口を開こうとすると、遠慮がちに炎雷が呟く。
「あの、それがいらっしゃってるのが蘆屋の旦那様なんですが、私が出たほうがよろしいですか?」
ぴくり、と今まで動ずることなく動き続けていた筆が止まる。ああ、タイミングを間違えたか、と炎雷は苦々しく笑った。晴明は、荒々しく硯に筆を叩きつけて立ち上がる。周りではしゃいでいた式神がびくりとして、晴明を仰ぎ見た。
「いや、俺が行く」
式服には墨がとんで、裾がめちゃくちゃになっているにも関わらず、晴明は顳顬に青筋を立てていた。炎雷の座っている横をばたばたと音を立てて通っていく。彼の一人称が「俺」になり、几帳面できれい好きな性格が全部吹っ飛び、外にはだしで飛び出させる相手は、「蘆屋の旦那」――――――――――。
「蘆屋道満ンンンンンンンンン!!」
何の運命かは知らないが向かいに住んでいる、凄腕陰陽師の蘆屋道満、その人である。
「安倍晴明イイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
「うっせぇな! 人の土地で騒いでんじゃねえ!!」
「まだ門の外だわ、ボケが!」
「黙れえええええええ! 屁理屈野郎!」
「あ゛ぁ?」
「やんのかこらァ?」
「……お止めくださいませ」
後から高下駄をはいて追いかけてきた炎雷は、いい歳をした男性が額をこすり付けあって睨んでいる様を見た。否、見てしまった。正直気持ち悪い、そのままこっち見ないで。
「……貴様、陰陽寮に入った女……晴明の弟子とか言う」
「はい、弟子と名乗らせていただいています。炎雷と申します」
「赤い瞳と白銀の髪とは、噂の霊力さながら……まるで鬼神のようだな」
くくく、と喉を鳴らして笑う道満は、長い黒髪を緩くひとつに束ねて式服の下に朱の着物を重ねている。皮肉としか取れない態度に炎雷が眉を動かす。
「さすが、晴明の弟子というところか? 変なものがよく付く男だからな」
「……今の言葉は、許すことができませんね。晴明様を愚弄するものは私が残滅いたしますが」
「貴様ごときが私に勝てるわけないだろう……そうだな、私の弟子ならば丁度いいか」
「弟子?」
「もっとも、貴様のように低俗な生まれではない、霊力の強い家がらだが。彼も陰陽寮にいることだし」
「来なさい、氷嵐」
冷たい風が、炎雷の頬を撫でた。
実は、二話目が消えて一話目に摩り替わっていてですね……大幅改定という形になりました。
前のほうが好きだった!という方もどうかご容赦お願いいたします。