幕壱 宵闇に愛
幕間、ということで物語の裏側や脇を語ります。でもすべて『鬼火の吐息』という物語の話なので、重要事実もここで明かされる……かも。
「ごめんなさい」
目が覚めて、初めに耳に入ったのはこれだった。
目が覚めて、初めに目に入ったのは泣き顔だった。
目が覚めて、初めに感じたのは、頬にあるぬくもりだった。
「……鈴姫、かい?」
「基実様、お目覚めでしょうか」
「見ての通り、君の泣き顔を見ながら起きたよ。……どうしたんだい」
はっとしたように鈴姫が基実を見て、泣きそうな顔で笑う。鈴姫は基実を静かに起き上がらせた。彼と向き合いあうように座って、しっかりと基実の瞳を見て歯切れよく言葉を紡いだ。
「私、基実様の事が好きなんです」
「……鈴」
「許されないことも、気味が悪いのも、分かっています。でも、炎雷さんに言われたんです。『鬼だからって伝えることも許されないの?』って。『好きなら伝えてから死になさい』って。だから、私。はっきり言いました」
「……僕は」
「……はっきり振って、くださいよっ」
ぽろり、と透明なしずくがこぼれた。
「基実様、はっきりきっぱり言ってください。優しいのは貴方の素敵なところです。でも今は早く伝えてほしいんです。私には、時間がない」
「時間……?」
「――――約束、したんです。朝が来たら、この炎雷さんの霊力が詰まった鬼避護符を張って地獄に行くって。罪だとわかって、この世に残る契約をした。だから、それを償ってくるんです」
「この世に残る……? 君、死んでいるのかい……?」
基実が鈴を覗き込むように見ると、鈴が泣きながらも綺麗に微笑んで言う。
「……はい、基実様と初めて会った、あの満月の夜に。牛車が通っていた橋が、突然崩れて川へ投げ出されておぼれました」
「……」
「……基実様、はやく。お答えを」
「――――――――――もっと、早く出会いたかった」
基実が鈴を抱きかかえるようにして包み込む。鈴の肩に額を押しつけるようにして、ぎゅうと細い体をこれでもかというほどに抱きすくめた。でもそれは。
成人男性の力には程遠い、弱弱しい抱擁だった。
「僕は、病を患ってるんだ。だからほら……力が出ないだろ?」
「……え?」
「だから、悲しませたくなかった」
「基実様……」
「もし僕が君を好きだと言って僕と婚姻を結べば、僕が死んだときに君は一人になってしまう」
「そんなの……いやなんだ……!」
お互いを、思いあうほど遠くなる。
私たちをどうか永遠に縛りつけておくれ。
離れぬように。
嗚呼、極楽の神よ。
縛れないというなら、
貴方は地獄の閻魔よりも愛を知らないのね。
「好きだった! 君が好きだった! でも、冗談めかしてしか言えなかったんだ! 君が好きだ、愛しいのに、愛しい――――――――――――君が欲しいよ」
「――――――――――――あげる、あげる。地獄の業火で焼かれるの。私。骨の髄まで基実様で染め上げて」
基実と鈴姫は涙をこぼしながら畳に倒れこんだ。口元は笑いあえるのに、どこまでも、哀しい。
「どうか、朝日を拝むまでは」
愛した恋人と私を、宵闇で隠して。




