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鬼火の吐息  作者: 数寄亭 福
炎の娘と壁の手
16/26

拾陸  計算尽く

 夜の(とばり)も降りる頃、近衛邸では女の戦いが勃発しようとしていた。





「……オン・バン・ウン・タラク・キリク・アク・ソワカ――――――――偽りの姿なんて不必要ですよ、鈴姫さん?」


 炎雷が五芒星を描き、中央を人差し指で付く。その先にいるのは目を丸くした鈴姫。彼女はすぐさま防御姿勢にはいるものの、素早さでは晴明にも引けを取らない炎雷に敵うはずもなく呪術を真正面から受けた。


 刹那、鈴の体は光を弾きながら形を変えた。その姿はまるで光の塊のようになり、少しずつではあるが大きさを変えた。炎雷の目線ほどだった身長が、炎雷より少し大きなぐらいまでになる。


「……ぁ、呪術が解ける……!」

「思い人に会うのに、ニセモノの姿なんていくらなんでもないんじゃないですか? ホントは私より年上なんでしょ、鈴姫さん」

「――――っ、わかってて解いたのにわざわざ聞くなんてことないでしょ?!」


 逆上したように鈴姫が喚き始める。炎雷は、微かに眉をひそめた。


「確かに私は人間から見たら鬼女――――物の怪の存在だわ! っでも、私だってもともとは人間なのよ!  どうして人間が人間を好きになっちゃいけないのよ? 私にだって愛す権利ぐらいあるでしょう?!」

「……誰も愛しちゃいけないなんて言ってないでしょう」

「基実様があなたたち陰陽師を呼んだ時点で、私は化物扱いなのよ! 所詮……所詮妖の存在(、、、、、、)になってるのよ!」

「――――――――」


 そこで鈴姫が泣き崩れた。

 少し瞳孔を広げて見せて、炎雷は押し黙る。そして搾り出すような声で言った。


「蘆屋の弟子」

「……なんだよ」

「――――少し、目をつぶってはもらえないか」


 無表情に言い放つ彼女の顔からは、何も読み取ることはできなかった。ただ、単調な押し殺した声からは、少し寂しいような、辛いような、そんなものが感じ取られる。氷嵐は冷静に情景を瞳に収めながら、小さな声であぁ、と答えた。


「それから」

「まだあんのかよ」

「許せ。……今、鬼避(おによけ)護符(ごふ)は持っているか?」


 鬼避護符――――その名のとおり、鬼を撃退することに特化した守護呪符である。鬼やらいの一族・方相氏にとっては必需品であっても、強力な妖力を必要とする鬼避護符は、一般の陰陽師の間では希少価値が高い。そして、相手を死に至らしめるほどの呪であるため、いくら強力であろうとも実際に使うものは指折りほどしかいなかった。


 氷嵐は懐から出した護符を見つめる。相手に打撃が多いということは、しくじった時に自分に打撃が多いのと同じだ。覚悟を決めたようにして、炎雷に手渡した。彼女の陰陽師としての才能は、自分より上だ。強大な霊力は、確実にあの鬼女を死に追いやってしまうだろう。


「……礼を言う、蘆屋の弟子」

「借りは返してもらうから気にするな」


 そう言って、氷嵐は道満を引っ張って後ろへと向かせて、自分も炎雷に背を向けて座る。道満は焦ったように暴れるが、氷嵐がここは譲りましょう、と呟くとその動きを止めた。


 炎雷が、香りによって朦朧とした意識を持った基実を眠らせ、壁のそばへと運ぶ。晴明はその様子を見ながら普段のとぼけた顔をどこかに捨て、鋭い目で見ていた。


「炎雷」

「なんでしょう。晴明様」

「滅するのかい? 彼女を、その護符で。……君が」

「――――――――」

「冷静になりなよ、炎雷」


 炎雷は瞳に影をとどめて皮肉ったらしく笑った。








「私が冷静じゃないとでも? 晴明様」


 影をとどめた瞳に宿るのは――――光。

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