拾弐 鈴ノ音色
「お前らしくないな、氷嵐」
「……道満さんでしたか。俺らしくないなんて、まさか」
基実を筆頭に寝室へと向かい、現在(無駄に長い)廊下をぞろぞろと歩いている。道満と氷嵐は、お互いに歩調を緩めながら軽く話していた。季節は夏。熱い空気に包まれながら、太陽は彼らの真上から少しずつ逸れてきていた。
「随分と荒れたり、上機嫌になったり。若いってのは忙しいな」
「道満さんは、若くないですからね」
「……晴明のとこの弟子といい、お前といい、歳に関しては厳しいな」
「いびりたいオトシゴロなんですよ」
熱風が、縁側の上に掛けられた風鈴と彼らをなでていった。
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「で、これが問題の壁なんです。ところで炎雷さん。あなたは立ってもお美しい! まさに立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花!」
寝室へと到達し、その場にいるものの目の前には、印象的な壁があった。彼の好きな色なのか、部屋は白と銀で統一されており、今の平安京で流行る絢爛豪華なものとは違う美しさだ。その銀世界は、雪国を連想させるように果てしないほど白い。問題の壁も、上等の半紙のように艶やかな白地、中央あたりは無地で隅のほうから銀で蓮の花が描いてある。しかし、その目が覚めるような色の中に目立つ小さな黒ずみがあった。
「この黒ずみのあたりから手が出てくるんだがね。その出てくる手が、またこの世のものとは思えないほどに美しいのですよ! そう、まるで……この綺麗な炎雷さんの手のように!」
基実は、炎雷の手を取ってうっとりとしたように呟く。当の彼女は、よくもまぁ説明しながら口説けるものだ、と感心に似た呆れをこぼしつつ、笑顔をこぼす。少し頬を染めるのも忘れずに。
「基実様……お褒めいただき光栄です。お礼と申しましては何なのですが、このご依頼、私の命に代えましても早急に解決させていただきます」
「あぁ、なんて優しい女性! 僕は、思ったことを言っただけなのに……そんなに喜んでもらえて、僕もうれしいよ。全部真実だけどね」
「……まぁ、真実だなんて……基実様の御方ならば私などよりも美しく、お優しい女性に巡り合えますわ」
ふふふ、なんて笑う炎雷の姿は余裕そのものだ。そのあたりの女ならば、ものの数分でこの男に落ちるであろう台詞をかけられ続けていながら、むしろそれをそっくりそのまま基実へと返している。晴明は苦笑いに似た表情を浮かべ、どこでそんな台詞覚えた、とごちた。
その間中、氷嵐は不機嫌そうに畳を指で叩いている。炎雷は、彼のそんな負のオーラてんこ盛りの目線に、居心地の悪さを感じつつ、何度も何度も身じろぎをした。
「……基実さんよ。あんた、随分な色男だな。好いた人の一人ぐらいいねぇのかよ?」
氷嵐は、彼独特の冷たさを持つニヒルな笑みを浮かべる。随分と皮肉った刺々しい言葉には、さすがにその場の全員が反応した。だが、元々の基実の性格は優しいようで、彼の気に障ったようではなかった。代わりに道満が焦ったように言葉を濁す。
「氷嵐、お前妬いているんじゃないぞ――――すみません、近衞様」
「いえ、確かに氷嵐殿の言うとおりですので。そうですね、好いた人――――いるのですが、一度会ったきりで」
「へぇ、天下の色男が一目ぼれね。どんな美女だったんだか」
「蘆屋の弟子、さっきから基実様になんていう言葉づかいを」
「いいんですよ、炎雷さん。氷嵐殿、それがですね本当に可愛らしい女性だったのですよ!」
……?
あたりを、一時の静寂が包んだ。つい先ほどまで、さんざん刺々しい言葉を吐いていた氷嵐も、思わず固まる。対する静寂を作った張本人は、頬を淡く染めながら、氷嵐にマシンガントークを始めた。
「かれこれ一月前――――丁度、夜に朝廷の前を牛車で通っていたところでした。美しい月の下に、鈴の音を響かせながら立つ女性がいたのですが、その方のもう幻想的な立ち姿と言ったら! あれこそ妖しげな艶やかさ! 思わず牛車から降りて、女性を見ると紅色と朱色の十二単を重ねていたので、良い身分の方だと思われました。名前を失礼ながら勢いで聞いたのですが、頬を赤らめて小さな声で『鈴』という名前を聞いたのですよ! あぁなんて美しく可憐な姫君――――――――!」
基実が大きな身振り手振りを交えながらするのは、まるで絵巻物のお伽話のような話。都随一の色男の心を一夜にして虜にした、妖しげな艶やかさを持つ『鈴』という名の姫君――――。
一同は、今回の事件とは別の物だと頭では理解しながら、思わず聞き入ってしまう。そんな中、炎雷と晴明はお互いに顔を見合わせてにやりと笑い、目の前で基実の話を聞く敵師弟の姿を見て――――嗤うのであった。
「……鈴姫……ですか」
夏の風に、風鈴が嬉しそうに音をたてた。




