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鬼火の吐息  作者: 数寄亭 福
炎の娘と壁の手
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拾   九条の庭

「……で、結局依頼はどちらも取れなかったと?」




 陰陽師同士が熾烈をきわめて取り合った九条家からの依頼は、晴明・道満のほかに雇われていた陰陽師によって掻っ攫われてしまったのであった。

 ただし九条の方が待つ朝廷へと向かったところまではよかったが、弟子(というなの保護者)が離脱してしまったため、いい大人二人は競い合いすぎて、術の競いに発展してしまったから間に合わなかったのが、本当のところの理由である。

 

 保護者――――炎雷と氷嵐は、頭から水をかぶったの如く冷や汗を流す彼らを見つめた。朝廷から少し離れた九条邸へと招かれた炎雷たちは、屋敷の庭でのお説教タイムを始めたのである。仁王立ちして溜息を吐く炎雷達を見て、正座を直し、背筋を直角と言っていいほどに伸ばす。


「で、晴明様。九条様の依頼にともなう、報酬(、、)、即ち生活費……どうされます?」

「右に同じ意見だぜ、道満さん」


 にこー……と(黒い)笑みを携えながら笑う彼女たちは、晴明たちが払う妖怪や物ノ怪たちより、数倍は恐ろしい。ただし妖怪たちが怖くないわけではないが。彼らの周りに流れる雰囲気そのものが、まさに禍々しいとあらわすのにぴったりなのだ。

 晴明と道満が顔を見合わせて、ごくりと喉を流しながらひきつった笑顔を見せる。


「……ど、道満よぉ……こういう時こそ宿敵同士、手を取り合うべきじゃないか?」

「そ、そうだな。そうだよな。宿敵と書いて‘友’と読もうな、な」


 ははは、と笑うものの、握りしめて膝の上にのせられた拳は微かに震えている。


「晴明の家に、蘆屋の者――――と、いいつつも俺と氷嵐だけだが。俺たちがお前の家に行き、食事もすべて共に協力してすれば必然的に費用は浮く――――」

「なるほど。さすれば式鬼の量も四分割できて、体力的にも全員が楽」

「へぇ、晴明様と蘆屋の旦那にしてはいい考えですね。……プライバシーの侵害だけど」

「確かにな。楽だけど、旦那たちが決闘だなんて言って戦わなければいいけどな」


 あたりを静寂が包むと同時に、炎雷から冷たい空気が発せられる。大人二人は喉から絞り出したような声を出し、氷嵐は呆れたようにそんな彼らを見た。

 炎雷がそのまま、凶悪な笑みを浮かべて囁くように、微かにつぶやく。


「……そんなこと、なさいませんよね」


 彼女は問いかけるように首をかしげながらいうものの、語尾は明らかに肯定の形にはまっている。凄腕陰陽師たちは、それにあらがえることなく、素早く首を縦に振った。





「も……もうしわけありません、お話よろしいでしょうか……?」

 

 少し離れた、屋敷側に一人の朱の衣を着た男が立っていた。少々おびえたように、腹から絞りだしたような声でか細く言っている。正座して固まった二人は、細かく震えて聞く耳さえも持っておらず、炎雷と氷嵐が応答した。

 朱の着物の男は、二人が優しい空気を出したことに安堵して肩に入った力が抜けたことが、目に見えた。


「お見苦しいところを見せてしまって申し訳ございません。(わたくし)、安倍晴明の弟子と名乗らせていただいている陰陽寮・陰陽師、炎雷と申すものでございます。以後よしなに」

「私も同じく陰陽寮・陰陽師、蘆屋道満の弟子、方相氷嵐と申します。どうぞお見知りおきを」


 内心、ながったらしい自己紹介に自分たちで嫌気が差していたが、最後まで笑顔で言い切った二人に拍手していただきたい。その甲斐あってか、あちらの男は感心しながらうなずいている。


「炎雷様、氷嵐様でしたか。お噂はかねがね聞かせていただいております」

「私のような者に敬称など必要ございません。……こちらの氷嵐様は方相氏の方ですから判りかねますが」

「……いえ、私も氷嵐で十分でございます」


 炎雷の言葉に少なからず反応した氷嵐は、押し殺したような声で呟くように言う。そんな彼を見て、腹の中で静かに笑った。目の前の朱の衣の男は知る由もない。

 炎雷はほほえみを崩さないまま、おしとやかに(感じるよう)尋ねた。


「それで、貴方様は?」

「はい、私は藤原家の――――否、今は九条家の当主・兼実(かねざね)と申します」


 兼実――――彼は、京の都で摂政、関白をこなす藤原氏の忠通(ただみち)という男の子供だ。父が藤原氏ということもあってか、分家での六男坊ながらもなかなかの実績を持つ。優しげな美しさをもつ男だ。

 今度は、氷嵐が彼に問う。

 

「兼実様直々に来ていただけるとは――――一体どのようなご用件で?」

「それが……私の兄の近衞(このえ)基実(もとざね)の屋敷で不可解なことが起きているのです」

「それを、解決したいと」

「はい」


 ふぅむ、と炎雷は首をかしげながら彼に言う。


「して、その‘不可解な事件’とは?」

「それが――――――」








「白い女の手が、兄を呼ぶんだそうです」


 庭にある、柳の木が音を立ててしなった。

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