壱 人間の子
『私は人の子だけれど、人間の子ではないよ』
――――――――――――時は平安、これは花舞う京の都での御話。
安倍晴明はこの平安京随一と噂される帝お抱えの陰陽師だ。彼は朝廷からの帰り道、妙なものに出会った。無論、式神やら物の怪の類を相手にしている彼が言うのだから間違いはない。
それは、色とりどりの着物を着た貴族たちが行きかう道端でうずくまる、薄汚れた長い髪の少女だった。暗い朱の刀を細い腕に抱き、白に近い白銀の髪で自らの小さな体を覆い隠すようにしていた。年は、見たところ十一、二の小柄な女の子だ。
そして、その女は周りの人には見えないであろう大きな――――――赤鬼を睨みあげていた。彼女の鮮血のように赤い瞳は威嚇するように揺れていて、ひどく攻撃的だった。
不審に思った晴明は、すたすたと人の海を通り抜け、鬼の後ろに立った。鬼はその恐ろしい形相で静かに振り向き晴明を見て、低い声で陰陽師か、とつぶやいた。
「お兄さんは、陰陽師なの?」
晴明が口を開くより先に、鬼の向こう側に座り込んでいる女の小さな口が言葉を紡いだ。少しかすれた、でも鈴が鳴るような、声。
「そうだよ、君は鬼が見えるのかい?」
「うん、陰陽師でもないのに気持ち悪いでしょ」
無表情に言って、カラカラと笑う。晴明が何もいえないでいると彼女は、背中を預けていた家屋の壁を伝って立ち上がると、抱えていた長剣を抜いた。鬼はそれに反応したかのように、少女のほうにゆっくりと顔を向ける。
「赤鬼さん、あなたはここにいるべきじゃない」
「だからどうした? 俺の住処は人間に焼かれた。人間は俺たちから奪っていくのに、なぜ俺たちが奪っちゃあならねぇんだ」
「あなたの言い分、よくわかるわ。でもあなたは、鬼。誇り高き鬼。お願い、それは汚さないで頂戴」
少女が目を細めて、赤い瞳に影を落とす。心なしか表情には哀愁が漂う。喋り方から雰囲気まで、まるで年不相応。晴明は、その違和感に妙な寒気がした。
「赤鬼さん、森へ、この都から出て行って」
「……なぜお前は、俺たちを怖がらない? 恐ろしいだろう」
「いいえ、あなたたちは美しいわ。だから、私はあなたたちを傷つけたく、ない」
「……いいだろう、お前に免じて、今日は帰る」
「ありがとう、誇り高き鬼」
鬼はにやりと笑って、静かにその巨体を消した。少女は、刀を鞘にしまって、ふと晴明を見る。
「お兄さん、あなたは鬼が恐ろしいと思う?」
「もうこれだけ彼らと付き合っていれば怖くないさ」
「そう、それなら私、お兄さんのことが好き」
「ふふ、ありがとう」
目尻を下げて、少女が微笑む。笑顔は可愛らしい少女の顔だ。晴明は笑って彼女の姿をもう一度見る。白い汚れた着物に、素足。着物からのぞく白い肌には青痣がたくさんあった。この子は、どういう育ち方をしたのだろうか。今着ている着物だって真っ白で、まるで死に装束。
「そういえば、君の名前はなんていうんだい?」
「炎雷。で、この子が朱雀」
この子、といって差し出したのは彼女が先ほど引き抜いた長剣。炎雷によると、親友だそうだ。彼女は朱雀を背負うと、きょろきょろとあたりを見回し始めた。炎雷は、晴明のほうを向いて少し恥ずかしそうに笑う。
「ねぇお兄さん、安倍晴明様が住んでいる場所って知ってる? 私迷ってしまったの」
「……そういえば、私の自己紹介はまだだったね」
きょとん、と小首をかしげて言う炎雷に、晴明は少し笑えてしまう。ますます首をひねる炎雷の頭を撫でて言う。
「私の名前は安倍晴明だ。炎雷は私の家が知りたいのかい?」
「……まぁ! 私、晴明様本人に家を尋ねていたのね」
ケラケラと笑って、頭の上におかれた手を炎雷がさりげなく落とす。晴明は気付かずに、炎雷の手をつかんで歩き出した。彼女の手は、血が通っているのか疑うほど冷たかった。
「なぜ、私に会いに来ようと思ったんだい?」
「……私は、」
「私は、人なのか妖なのか、判断してもらうためよ」
少女の目が、小さく揺れた。
初心者です。いまさらながら文才はありません。
すみません。なんかほんと、いろいろすみません。
アドバイスを待ってます。
お粗末さまでした。