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仮名序

 自らが見聞を文へと綴る前に、己が名を書き記す。



 巳槌道丸みつちみちまる



 それが僕、巳槌家の長子だ。巳槌は「あめつちの全てを筆残す」ことを帝に命じられた一族。あめつちの全てには始まりがあり、同じく終わりがある。幾千の神話、幾万の物語が、起承から転結に至る道筋を通すことに心を砕いてきた。良い終わりにのためには、良い始まりが不可欠だからである。語り巫女によれば、世は定まらぬなかに神が鉾を入れ、掻き混ぜたことで始まったのだという。始まりは大切だが、問題は何を持って始めとするかだ。国の始まりは世の成り立ちから、であるとするなら、僕の文の始まりは巳槌の家について書くべきだろう。



 巳槌は六道使りくどうしの家だった。

 六道とは四方四海を結ぶ国の道、つまり花大路はなおおじ右水道うすいどう左丞道さじょうどう北烏道ほくうどう南泰道なんたいどう氏雲道しうんどうを指す。


 そもそもはその昔、天津ヶあまつがはら諸国の風土を調べんと、時の帝がまつろわぬ野伏のぶせりたちを束ねようとしたことによる。野伏とは人里離れた地で糊口を凌ぐ者の総称。例えば猟師、例えば草刈り、大袋おおぶくろ鈴行商すずぎょうしょう華拍子はなびょうし路地聖ろじひじり。いずれにしても良い響きの名ではない。彼らは田畑に根をはることなく、春の始まりに来て秋の終わりに去る類の人間と思われていた。


 そういう野伏の力を借りようとしたのは、風土の集成が思うとおりに捗らなかったからだろう。各地の豪族国守といった人々は、帝の命令に従う素振りを見せつつも、腹の内では油売りを決め込むのが常だった。待てども来ない知らせに業を煮やした帝へ、古事博士が「道々のことは道々の者が知りましょう」と助言し、都に招聘されたのが巳槌の祖、香坂こうさか骨丸ほねまるだった。


 巳槌骨丸の出自については不明なことだらけだけれど、彼自身は「山に分け入り砂鉄を集めるのが生業である」と主張していた。香坂は鉄の一大産地であるし、巳槌とは、土に槌打つ黒金作りが信奉する土地神の名だ。しかも骨丸は読み書きに優れ、宮仕えに必要な儀礼にも通じていたというから、おそらくは鉄産てつうみのために異国から渡来してきた人物なのだと僕は思う。

 巳槌が海果ての地からの人であるというのは、秘蔵の品々に舶来のものが多いことからも容易に想像できる。知恵持つ者はすべからく異国の血を受け継いでいるし、天津ヶ原は神々もどこかから天孫降臨した土地柄だ。先祖がそうであったとしても何一つ不思議ではないし、そちらのほうが家名にも箔が付くというものだった。


 泰樹たいじゅの内裏に参内した巳槌骨丸は、膝を折り朝廷への忠節を誓った。

「朕が意に沿うのであれば、すなわち汝に加護を与えよう」

 と、帝はクチガタを通じて語りかけ、骨丸は答えた。

「我が一族は末代に渡り、陛下が求むるところを成しましょう」

 平伏した骨丸に帝は大層喜ばれ、錦糸の肩衣を下賜されたという。


 六道使は巳槌の家のために新設された官職だった。 古事博士が監督する書院しょいんに属し、諸国の巡察と野伏の統括とを任務としている。書院といえば公文書や各種書籍、暦、語り巫女などを管理するところで、六道使の所属先としては似つかわしくないけれど、当時としては現実的な判断だった。天津ヶ原は八十六州、そのことごとくを目と耳のものにするため、巳槌骨丸は一生を旅に費やした。

 彼の苦労を計り知ることは出来ない。国守たちにとって領地のことは自らの胸に秘めておきたい事項である。それが土地の神話や歴史、文化風俗などであっても都に伝わり利のあるところは一つもないという認識だったからだ。

 国守の妨害に耐えつつ、あるいは身の危険に曝されながらも土地土地のあらゆることを書き記し、子が骨丸の意志を受け継ぎ、そうして今ある『萬州鑑ばんしゅうかがみ』と呼ばれる書物が完成したのは三代目巳槌竹持(たけもち)のときだった。


 巳槌竹持は長寿だったから僕も面識があるし、よく昔話をしてくれた。黒鯨に銛一本で立ち向かう久沓島くくつしまの漁師、樹禮じゅらいの森にあるという雲抜きの天上神宮、天津ヶ原一の力士と甘沼あまぬま地擂じずり百足の戦い、歌鳥うたどりが旅の終わりに死に場所として選ぶ羽のとまり……

 他にも色々ありすぎて、実際数えることもできないほどだ。

 その巳槌竹持が僕に残した遺言が、

「歪みなき眼を持て」

 だった。

 五代目の巳槌家当主、清房の子、巳槌道丸は竹持が息を引き取るのを見届けた。

 冬の終わりのことだ。


 大業を成し遂げた巳槌竹持の葬儀には、特別に神祇行列じぎぎょうれつが許され、花大路を雅楽と一緒に練り歩いた。から風の晴着を身に纏った仮面誼者かめんぎしゃが「これは国の認めるところであるぞ」と露払えば、行列を観る者たちが貴族も民も区別なく頭を垂れる。父は泣いていた。悲しいのではなく、誇らしくて。巳槌の家に生まれた者は、巳槌の家のために成すべきことを為さねばならない。僕は四季の花を象る色紙の雨に、自分の生きる道を見付けたと感じ、巳槌の家を讃える言葉がいつか僕の行列に手向けられることを憧れた。


 思いついたら、すぐに行動するのが僕のやり方だ。

 葬儀はつつがなく終わり、喪が明けると、僕は父に六道使になるための修行を願い出た。しかし父は僕の性格を見抜いていたから、こうなることは予想していたのだろう。厳めしい顔に険しさを加えた声で「お前はまだ若すぎる」とにべもなく却下した。

 でも、僕だって引き下がらない。

「曾祖父様は八歳のときから、骨丸様の旅に同行していたと聞きました」

「あの時と今とでは時代が違う。お前には巳槌の家の次期当主として、道々のこと以上に知らねばならぬことがある。それは例えば……」

「巳槌の家に儒や仏は似合いません。また、古の歌の良し悪しを評し、有職故事に通じたとしても、それを用いる機会はあまりないと思うのですが」


 その時の父の憮然とした表情は、今でも思い出すほど微笑ましい。萬州鑑が完成すると巳槌の六道使としての役目は形式的なものになってしまったため、父は僕に都人とじんとしての立ち振る舞いと、官臣としての素養を身に着けさせようと考えていたようだ。野伏の長といっても六道使は下級の官吏であるし、巳槌の出自を忌む者も朝廷には少なくない。今は骨丸や竹持と同じ時代ではなく、父の思惑も息子の栄達を願ってのことだとは良く分かる。

 だから僕は足蹴にされる覚悟で意見したのだが、何事も貫徹しなければ気が済まず、弓矢よりも質が悪いと言われ続けた我が子が、激昂のあまり家を飛び出すことを父は心配したみたいだ。


「仕方あるまい」

 父は漆塗りの硯箱から一冊の本を出し、僕に手渡した。

「六道使として大成したいのなら、これから始めるとよい」

「……本、ですか?」

 頁を捲ると、そこには何も書かれていない。訝しむ僕に父は実直な視線を注ぐだけだったが、内容を満たすのは僕自身である、と気付くのにさしたる時間は掛からなかった。つまり日記でしょうか、と問おうとしたが、それを父は洞察したのか、軽く頭を振って否定した。

「違う」

「では詩歌や物語」

「そうではない」父は言った。「そこに書き込むのは、お前が見聞したものについてだ。六道使は各地を巡るだけではなく、知識として蓄えたものを深く掘り下げねばならない。お前に必要なものは、分別と、それともう一つは何か解っているな?」

「歪みなき眼を持つことです」

 僕は竹持の遺言を答え、父も頷いた。


「書を記すことは、歪みなき眼を持つことに役立つだろう。それは六道使の大切な役目でもある。我らが祖、巳槌骨丸は時の帝より『あめつちの全てを筆残せ』と御言葉を使わされた。お前は、お前の耳目によって、森羅と万象を書き記すのだ。とりあえずは都の中のことなどから始めればよい」

 父は六道使の先達として命令し、僕も畏まって頭を下げた。

 でも本心を明かせば修行の内容は拍子抜けするものだった。七日七晩の断食と苦行の果てに真言しんごんを得る山法師やまほうし、四書五経を全て暗唱し忠孝の極みを求める唐儒者からじゅしゃや、冬山に籠もり熊を狩ることで武芸を磨く北門きたもん武士に比べて、六道使の修行とは何と単純で楽なのだろう。

 今にして思えば、父の命令を甘く見すぎていたということなのだが。


 釈然としないまま母屋を出た僕は、父から与えられた本を手に考えてみた。

 家の倉には代々の六道使が残した覚え書きや、書院に提出するに相応しくない記録、旅の日誌、野伏たちから送られた書状などが山積みにされている。萬州鑑は百八巻からなる本編と、それ以外の補筆編に分かれ、本編では天津ヶ原八十六州の神話伝承と歴史列伝が、補筆編には文化風俗などが記されていた。書院の古事博士は本編を重視するが、萬州鑑編纂の目的は、むしろ補筆編のほうにあった。天津ヶ原諸国の文化を知ることは、帝や万機卿ばんきけいといった政を行う者にとっては欠かせないからだ。

 野伏が寄せる報告がいかなるものか知りたくて、試しに倉を物色してみた。


 葛籠には無秩序に書状が収められていたが、その一枚を手に取ると、なるほど呆れるくらい貪欲に知識を蒐集していたのが良く解る。これは都で珍重されている乙言豚おつことぶたの飼育法についてだ。乙言豚の唐燻からいぶしが他の豚のものよりも味が勝る秘密は、育てる際にドングリの実しか食べさせないことにあるらしい。他にも阿慈浜あじはまの塩採りについての報告や、三鬼山みきやま機織はたおり女が唄う歌の記録。四辻で念仏する路地聖ろじひじりたちの聖地「ヤクシトネ」についての覚え書きは、萬州鑑では簡潔に記述されていたけれども、ここにあるものには何千字も費やし書き加え訂正されていた。

「あめつちの全て、森羅と万象……か」

 僕は呟く。


 那須座なすざの神人といわれた少年が妖魔折伏(しゃくふく)の布施を募り、そのまま行方を眩ませた事件の顛末を読みながら、六道使が蒐集する事物に際限はなく、貴賤もなく、軽重すらもないことを知った。価値のあるなしを最終的に判断するのは、六道使ではないからだ。それは書院の古事博士、通桂殿つうけいでんの万機卿、帝、後世の人々に委ねられていた。

 それはともかく六道使の修行を始めるにあたって、手本となるものを得たのは幸いなことだった。本の内容は日記のように出来事を徒然と書くのではなく、むしろ絵画のように主題を決めて書けばよいだろう。絵師は同じ題材を好んで書くが、その優劣は目の付け所に依るところが大きい。六道使も同じだ。どれほど優れたものであっても視点が悪ければ誰にも読まれず、逆に取るに足らないものでも工夫を凝らせば読む者に新たな発見と驚きをもたらすことができる。

 六道使にとって重要なのは、物事を見極める眼を持つことだ。竹持の遺言も、父が命じた修行も、つまりはそういうことだった。


 都府楼の方角から正午を伝える鐘の音が聞こえてきた。

 今日は東の見世場に大市おおいちが立ち、恵御名上人えみなしょうにんによる埃及節えじぷとぶしの念仏説法があることから、界隈はいつも以上に華やいでいる。恵御名上人は巷を風靡している歌法師で、彼の歪な節回しを誰も彼もが一目見ようと往来に繰り出していた。とりあえず、僕も外に出てみようか。都のことを書くのなら、都を歩く必要があると思った。月に四度、東西の見世場で開かれる大市は、各地の物産や舶来嗜好の品が多く集まるから、見聞を広める良い機会でもあるし。

 急いで身支度を調え、路地に出た。


 巳槌家は都の西にあるから、東の大市までは半刻ほどで辿り着く。しかし、聞き慣れた声が僕を呼び止めた。

「道丸!」

 そこに佇むのは身毒八幡しんとくはちまん牙陀王がだおうだ。幼い頃からの親友で、寺社野伏じしゃのぶせりの子、僕が行くところには必ず付き従うから「影踏み」と呼ばれていた。汚れた顔に澄んだ瞳、年は僕よりも二年若く、意味も分からないくせに梵語ぼんごの書かれた鉢巻を三重にして、伸び放題の髪を束ねている。

「大市に行くのか? 道丸」

「ああ、恵御名上人の説法を聴きに。お前は行かないのか?」

「あれだ、あれ、えじぷとぶしって奴だ」牙陀王は微笑み顔で、塀に手を伸ばし、上ろうとする。一時も静かにしていられない男だった。「よーよーって奴だろ。よーよー、功徳が積めるぜ。よっし、俺が案内してやる」

「その前に、することがあるだろ?」

 僕は腰に下げた袋が蠢いているのを指差した。

「よーよー、これは兎だ。舟塚ふなつかで捕まえたんだ、よーよー」

「埃及節になってない」

「まあ、そういうなって兄貴。家に届けておくからさ」


 牙陀王はそう言い終わらないうちに家へと入っていった。袋を置いて、また僕の前に戻ってくる。少しは落ち着けよ、と思ったものの、忙しないのは寺社野伏の業だから仕方ない。彼らの役目は禁忌に縛られた僧侶神官の手となり足となり、神仏の託宣があれば一刻も早く伝え広めることなのだ。時間にいつも急かされているから、性格も落ち着かないものになるのだろう。

「ほら、行こうぜ兄貴。宮の連中が来たら、ずっと歩きにくくなるぜ」

 背中を押そうとする牙陀王に苦笑して、まあ、いいか、僕は肩を竦めた。こいつは何かと目ざとく素早いから、修行の役に立つかもしれない。とりあえずは、題材探しから始めることにしよう。恵御名上人の埃及節に興味はそれほどないけれども、僕は牙陀王を連れて東の大市へと向かった。

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