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ラング・ド・シャ  作者: 三畳紀
2杯目
5/12

5、Sisters

「どうして、じゃないわよ。どうせアンタはまだ駄々こねて学校に行ってないんだろうと思って、様子を見に来たのよ」


「学校には行ってるよ、この人は学校の友だちで……」


「バレバレの嘘言うんじゃないよ、この子は北辰学園の高校生じゃない。公立校の中坊のアンタと同じ学校な訳ないじゃない」


「あぅち…さすがあっちこっちの学校の男と遊んできただけあって、制服には詳しいね」


「アンタは一言も二言も余計なのよ。とにかくこの子がクラスメイトじゃない以上、学校には行ってないんでしょ?」


「…うん」


 突然ラング・ド・シャの店内に入店してきた女性は、蘇芳の吐いた苦し紛れの嘘を即座に見破って説教を始める。女性に学校に行っているという嘘を看破させると、蘇芳はいつになく小さくなった。


「ところでアンタ誰? 姉さんもクーくんもいなくて休みにしている店に蘇芳と差し向かいでいたってことはただのお客さんではないと思うけど、もしかして蘇芳の彼氏?」


「えっと、僕は……」


「蘇芳だって彼氏がいてもおかしくない歳なんだし、彼氏なら彼氏、違うなら違うとはっきり答えなさいよ。ま、どっちにしても優柔不断で頼りないタイプには変わりないけどね」


 とりあえず蘇芳の恋人でないことは明らかだったが、彼女との関係性をいまいち僕自身も把握していなかった。自分の立場をどう答えるべきかと考えている暇も与えてくれずに、女性は僕が返答に詰まっていることに不満を向けてくる。


「…上鳥羽常葉かみとばときわです。蘇芳さんとは、その、彼女が学校に行けるように相談相手をしている者です」


「相談相手? そういえばこの間会った時、姉さんがそんなこと言っていたわね。でも上鳥羽くんに相談を聞いてもらっている効果は全然ないみたいだけど?」


「す、すみません……」


「別に謝ることじゃないわ。蘇芳に嫌がることをさせるのは扱いに慣れたアタシでも一苦労だもの、アナタが出来なくても何の不思議もないわ」


 名前と蘇芳とは彼女の相談相手として接しているという肩書きを明かすと、女性は僕が相談に乗っている効果がまるでないことを責めてくる。切れ長の眼に一瞥されて僕は背中に冷たい汗が滲むのを感じるが、意外と女性は寛大な態度を見せてくれた。


「ちょっと蘇芳、せっかくアタシが足を運んであげたんだから、ぼうっとしてないでコーヒーくらい出しなさいよ」


「あおいねえは恋に勉強に忙しいから、すぐに帰るんじゃないの?」


「喉が渇いたの。それに寒い中歩いてきたから体が冷えちゃったわ、だから暖まるものちょうだい」


「は~い、まったく人遣いが荒いんだから……」


 蘇芳はぶつぶつ文句を言ってはいるものの、女性に言われた通りキッチンでコーヒーを淹れる準備を始める。蘇芳がコーヒーの用意を始めると、その女性は蘇芳が食べかけていたマカロニグラタンのトレーをテーブルの隅に押しやって我が物顔で席に座った。


お姉さんの丹さんや強面の来栖さんでさえ持て余している感じのある蘇芳を、顎で使うこの女性は何者だろうかとちらちら盗み見しながら僕が見当をつけている視線に女性は気付いたらしく、忙しくケータイでメールを打っていた指を止めて僕を見返してくる。


「アタシが誰なのか分からないとアナタも落ち着かないでしょうし、一応自己紹介をしとこうかしら。アタシは霧島葵きりしまあおい、ここの店長は姉であっちでコーヒーを淹れさせているのが妹よ」


「よろしくお願いします」


 ああ、やっぱりこの人も蘇芳のお姉さんだったんだ。丹さんが蘇芳のお姉さんだと分かった時はちょっと意外な感じがしたけど、葵さんが蘇芳のお姉さんと言われるとしっくりするのは強引な所が似ているからだろうか?


 改めて葵さんの容姿を覗ってみると、顔立ちはやっぱり血の繋がっていない妹の蘇芳ではなくお姉さんの丹さんに似ている。でも気の強そうな鋭い眼光は丹さんの切れ長だけど柔和な目つきと違っているし、全体の雰囲気は丹さんよりも蘇芳に近い気がする。いや、むしろ蘇芳の雰囲気がすぐ上のお姉さんである葵さんに似ているのだろう。


「上鳥羽くんって言ったっけ。アンタのことどっかで見たような気がするのよね、前に会ったことはないわよね?」


「ええ、多分ありません。今日葵さんにお会いするまで蘇芳さんのお姉さんは丹さんだけだと思っていましたから」


 葵さんは思い当たる節がありそうな顔で僕の風体を見回してくる。年上の美人に凝視される気恥ずかしさで僕は少々緊張するが、葵さんとはこれが初対面であると答えた。


「そうよねぇ、やっぱり気のせいかな。あ、一応断っとくけどクーくん…じゃなかった姉さんたちとここに同居している強面のゴツい男は姉さんの恋人なだけでアタシや蘇芳とは何の関係もないからね」


「あおいねえは冷たいなぁ。クーくんとはまこねえと一緒にここに住むまで、ずっと同じ家で暮らしてたんだから家族みたいなモンじゃない」


 来栖さんは丹さんの恋人というだけで、自分たちとは何の繋がりもないと葵さんは力説する。しかしコーヒーを運んできた蘇芳は姉の言葉を打ち消して、来栖さんは家族も同然だと訴えた。


「…クーくんは高校の時からウチに居候させていただけよ。言わばアタシたちとは大家と賃借人の関係なだけで家族なんかじゃないわ!」


「まこねえとクーくんが一緒に出て行ったのが寂しくて、あおいねえが部屋の中で声を殺して泣いていたことあたし知ってるよ~」


「な、泣いてなんかいないわよ。むしろ目の上のたんこぶがいなくなってせいせいとした気分だったわ」


「強がり言っちゃって、まこねえたちが出て行ってから最初の1週間は毎日電話してたじゃない」


「あれはなんていうか…そう、監視の電話よ。2人っきりになって惚気っぱなしじゃないか、ちゃんと喫茶店の仕事をしているのか確認していただけよ!」


 些細なきっかけで口論し始めた葵さんと蘇芳だったけど、そのやり取りを傍観しているうちに僕の中で葵さんの印象が変化し始めてきた。気安く近寄りがたい雰囲気のデキる女を意識していて僕もそう感じていた葵さんだったけど、蘇芳と喧嘩している姿は中学生の妹とそう変わらない子どものように思えてくる。


 居丈高に振舞って高嶺の花のように見せかけているけれど、本当の葵さんは感情的で軽口の一つ一つにムキになって応戦しているようである。下手をすると妹の蘇芳よりも精神年齢が低いんじゃないだろうか。


「あおいねえは昔からまこねえとクーくんが2人きりになるのを嫌がっていたよね~もしかしてあおいねえはクーくんのことが好きなの?」


「そ、そんな訳ないでしょう! 誰があんな無愛想で口が悪くて図体がでかくてむさくるしい男なんか、あんなの全然アタシの好みじゃないんだから」


「でもさ~あおいねえに振られた男の人の半分くらいはなよなよしてて頼りないって理由だったじゃない。その点クーくんは頼り甲斐があるタフな男だよね?」


「クーくんの場合は頼り甲斐っていうよりも粗野なだけよ。おまけに姉さんには甘いくせにアタシや蘇芳には厳しいんだから」


「好きな人に優しくするのは当たり前じゃない、クーくんに優しくされたいってことはやっぱりあおいねえは……」


「うるさいわよ蘇芳! いい加減にしないとこっちの彼に偏食の矯正でアンタが食事の度に泣いていたこととか、小学校の水泳の授業で着替えの下着を忘れて教室に戻れずにアタシが着替えを届けに行くまでずっと保健室に隠れていたこととかバラすわよ!」


「言ってる傍からバラしてるじゃん、あおいねえの馬鹿!」


 結構年齢差のある姉妹、しかも妹は中学2年生で姉はおそらく二十歳を越えているとは思えない低レベルな言い合いを霧島姉妹は繰り広げる。しかし口論の内容は低俗でも、語気の荒さや飛び交う怒号に籠っている熱気は相当の激しさがあり、喧嘩している本人たち以上に部外者の僕が気圧されてしまっている有様だった。


照都しょうと大の学生の中でも優秀なアタシに向かって生意気な口を利いてくれるじゃない、蘇芳?」


「成績はいいけど頭は悪いってことをいい加減自覚しなよ、あおいねえ」


 霧島姉妹の間に一触即発のきな臭い空気が漂い始める。この会話だけでは葵さんが何を専攻しているのかは分からないけれど、御門みかど市内にある日本屈指の難関大学照都大学に在籍しているというだけで彼女は相当学力が高いということは確かだった。


その成績優秀な姉に向かって頭が悪いと罵れる蘇芳の度胸を認めるべきか、はたまた身の程知らずというべきかはともかく、年下の子ども相手に対等の立場で喧嘩してしまう蘇芳の言うことにも一理あるようにも思えた。


「すみませーん」


「何か!?」


「ひぃっ!?」


 霧島姉妹が目に見えない火花を飛ばしあっていると、店の入り口のドアが開いて朗らかな男の声が聞こえてくる。半開きになったドアから男が顔を覗かせてくると、霧島姉妹はそちらに八つ当たり気味に剣幕を向けた。気性の激しい美人2人から鋭い眼差しを投げかけられて、男は思わず悲鳴をあげてしまう。


「兄貴……?」


「常葉…お前こんなトコで何やってんだ?」


「何って、行きつけの喫茶店で知り合いと話しているだけだけど……」


 悲鳴をあげた男の声に聞き覚えがあったので入り口の方に視線を向けると、入り口のドアに凭れ掛かるようにして僕の実兄で中学校の教員をしている雪人ゆきとがそこにいた。雪人兄貴と僕は不思議そうにお互いの顔を見つめあうが、僕と話して気を軽くした兄貴は店内に足を踏み入れてくる。


「お久し振りです上鳥羽先輩。もしかしてこの子、先輩の弟さんなんですか?」


「ああ、そいつは俺の8つ下の弟で今高1の常葉っていうんだ。ところでそっちにいる子が君の妹さんだね?」


「はい、あたしの中学生の妹です」


「知ってるよ、だって俺は彼女の担任だからね」


「えっ!?」


 うだつの上がらない風体をしているものの、兄貴も葵さんと同じく照都大学の卒業生である。葵さんと兄貴は大学が同じなだけでなく、面識があるらしく葵さんは険しい表情を崩してやや謙った態度で兄貴に接した。


 兄貴と葵さんが交互に自分の下の兄弟の紹介をしていくと、兄貴は信じられない発言をする。兄貴が蘇芳の担任をしていると初耳の僕と葵さんは、揃って素っ頓狂な声を挙げて兄貴と蘇芳の顔を見比べた。



Sisters 了



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