第6話 難儀
「朝が来た! 朝が来たぞ!
仕事の時間だ! 働けぇー!」
ニワトリが叫ぶと同時に、夜が明ける。
ハレー彗星の夜から翌日、リューセイはある相談を受け、小さな小屋に来ていた。
「誰なんだ? 昆虫は体が小さいからできることはないだろうなんて言ってるやつは」
小屋に入ったリューセイを待っていたのは、何種もの昆虫たちだった。
ちなみに……
「あ、リューセイ! こっちこっち!」
ミラもいた。
「虫たちはなんて言ってんだ?」
その問いに答えるように、端にいた枯れ枝のような姿のカマキリが、寝っ転がりながらぼやく。
「いーよなー哺乳類とか爬虫類はよー。
俺らあいつらみたいに大きくないからよー、新管理部のほうでもネジ運びくらいしかできないんだけどなぁ! こんなの俺ら以外でもいいだろ!」
「役割自体はあるし、実際助かってるんだ。
十分な働きだと思うが?」
「他のやつを見ろ。部品を組み立てるやつがいれば大きな部品を遠くに運んでいるやつもいる。
だが俺らはどうだ? 新管理部なのにただゆっくりネジや小さい部品を運ぶだけ。さすがに飽きたわ」
そう声を荒げ、不満げな態度のカマキリに、リューセイが声をかける。
「別にネジ運び以外にもできることはあるだろう。
……ってか、あんた以外にも不満を持ってるやつはいるのか?」
「いるにはいるぞ〜。なんなら諦めて無関心なやつもいるしな。そこのカブトムシたちとか」
そのカマキリが指したとこには――
「おい、見ろよ俺のツノ! どんなものも木っ端微塵だぜ!」
「俺のツノだって三本もあるんだし、どんな重いやつでも持ち上げられるぞ!」
「分かってないなぁ〜。大事なのは長さだよ。
俺はヘラクレスだから、こんなに長いんだぜ!」
互いにツノを自慢し合うオスのカブトムシたちの姿があった。
そして、その近くにいるメスたちはというと――
「ふん。オスってホント単純。口を開けばすぐツノの話ばかり」
「別に私たちはツノに興味があるわけじゃないの。ツノが大きかったら強いし健康体だから、繁殖に向いてるってだけ。ツノ自体はどうでもいいわ」
「ホントにね〜。
よくあんなこと言ってるけど、私たちの気持ち何も分かってないわ」
世間話中だった。
他のクワガタムシやバッタ、アリなどの昆虫たちも同様で、ぶつぶつと文句を言う者や無関心な者など、自分たちの役割が限定されていることに対して、とても悲観的な様子だった。
――すると、それを見兼ねてか、リューセイがある提案をする。
「……そんなユニークな体をしてるんだ。できることは数多とあるはずだろう……」
―
「よくこんなの思いついたな」
ラフが新管理部設立部で動く昆虫たちの様子を見て、感心したようにリューセイに言った。
「別にこれといったことはしてねぇよ」
その光景は、先程の活気のない様子からは考えられないものだった。
「小屋にいた昆虫たちだけでも、それぞれ向いてる役割はあるように思えてな」
「トンボは飛ぶ能力が高いし、カブトムシたちは力持ちだし、バッタは一気に遠くに飛べるし……。
そもそも足の鉤爪を使えば、ネジの上のくぼみに引っ掛けられるから、ネジを回すことも可能だ。
カマキリなんかはやりやすいだろうな」
トンボは部品をあちらこちらに素早く届け、カブトムシは重い部品を運び、バッタはひとっ飛びで部品運びや情報伝達を担う。
昆虫たちの顔は先程とは打って変わって明るく、それぞれの仕事に対して楽観的な様子だ。
すると、ラフがボソッと漏らす。
「生き物の体は個性そのものだ。俺らがまだ見つけられてない適任な役があるかもな」
「ほら、アオイだってあんな感じだ」
ラフは向こうに見えるハシブトガラスを指差した。
「カラスだからか、適応力が高くてな。
好奇心も旺盛で、もう慣れた感じだぞ」
「……適応、早すぎないか……?」
思わず、リューセイが呟く。
「ねぇ、ラフさん!
この工具どうします? 使います?」
こっちに気づいたアオイが、ラフに話しかけてきた。
「別に今は使わんぞ〜」
「そうですか……」
そう残念そうに言って、アオイは小さな部品を咥え、飛んでいった。
「あんな感じで、何にでも興味を示すんだよな」
「ふーん」
「んじゃ、また何かあったら呼んでくれ」
そう言い残すと、ラフは樹に戻っていった。
――そのとき
「ふん、よくもまああんなやる気に満ちあふれるもんだ」
一匹のクロオオアリが、ぶつぶつと言いながら歩いてきた。どうやらまだ納得がいっていない個体がいるようだ。
「カイじゃないか。今なんか言ったか?」
それを聞いて、クロオオアリのカイが反論するように言い放つ。
「あいつらはまだ大きいほうだ。トゲも大きな羽もある。それに比べて俺はどうだ? トゲも羽もツノもない。
そもそも、他の生き物と比べて、アリはあまりにも小さすぎる!」
「別に肉眼で見えるサイズなんだから、そんなに大層な差はないだろう」
リューセイが軽く言うと――
「本音でもそう言えるのか!? 見ろよ!」
そう言ってカイが指したのは――
全長35メートルはある超巨大な草食竜、アルゼンチノサウルスだった。
「この差どう思う!?」
そう聞いたリューセイが放った言葉は
「……アルゼンチノサウルスは極端だろうが……」
……だった。
「はぁ……」
カイは思わずため息をつく。
すると――
「私だって好きでこんな大きいわけじゃないけどねぇ」
そのアルゼンチノサウルスが口を開き、少し前進した。
そのとき――
「う゛あ゛ぁっ!!!」
地響きを立てて、その巨体が倒れた。
「……ミーム、また膝痛めたのか?」
カイが呆れたようにとことこ歩いてくる。
それを聞いたアルゼンチノサウルス、ミームはやや強めの口調で言い放つ。
「しょうがないでしょ?
体重が70トンもあるんだから……。そりゃ膝に負担くらいかかるし、無理言わないでよ……」
「大丈夫だよ。
シロナガスクジラよりは軽いんだし」
「……はぁ、膝痛めてんの私だけだけどね……」
実際、死後の世界では体への体重の作用がほとんどないため、痛めることはないのだが、ミームだけは例外だった。
「……ったく、なんで死んでから痛めるかねぇ……」
そう呟くと、カイは呆れて戻ってきた。
その様子を見ていたリューセイは――
「とりあえずあんたらもなんかやったら?まだ担当時間なんだろ?」
そう冷たく返した。
「……へいへい」
納得いっていないような声で、カイは新管理部設立部に向かっていった。
「……ミームはまだ無理そうか……」
ミームは絶賛、まだ膝を痛め、寝転んでいた。
……とはいえ、カイ以外はなんとか役割を持ち、それぞれの仕事に動いていた。
そんな中――
一匹のムカデが、小さな柱を登っていた。
――しかし
「あっ……!」
ズサッ!
たくさんある足が引っ掛かり、落ちてしまった。
「ん?」
物音を聞きつけたリューセイは駆け寄り、もぞもぞ動いているムカデに指を差し伸べる。
「大丈夫か?」
リューセイの指に巻き付くムカデ。
「……すみません」
「気をつけろよー。痛みはなくとも、気分は良くないだろうからな」
そう言って、リューセイは離れていった。
「……はぁ」
担当時間が終わると、ムカデは小屋に来ていた。
あの昆虫たちが集まっていた小屋だ。
「……よいしょっと…」
部屋にある本棚に登ったムカデは、器用に一冊を落とし、開いた。川、海、火山と、自然や自然管理機器に関する本。
そのとき――
「ツムジはいる?」
一匹の巨大なヤスデのような生き物が入ってきた。その体は、他の昆虫の何百倍になるほど大きかった。
「……あ、いた」
その巨大なヤスデは、本を読み漁っているムカデの元に駆け寄る。
「ツムジ、また本読んでるの?」
「……だからなんだ」
リュウジンオオムカデ、ツムジは冷たく返す。
「別にどうってことはないけど、ツムジって自然とか機械に詳しいよね。読み漁ってる成果かな?」
「……そうか?」
巨大なヤスデは続けて
「その調子なら、近々どこかの管理部に入れるかもね」
そう言った瞬間……
「……できないよ」
ツムジは低い声で呟いた。
「どうして?」
その疑問にツムジはこう答えた。
「……ムカデはいつだって嫌われものだろうが」
「……嫌われもの?」
ヤスデが聞く。
「気味が悪いだとか気持ち悪いだとか……。
生前、ケージの中で俺はそう言われてきた。
それに……」
「俺はドジだ。今日も足を引っかけて落ちた。
そんなやつが自然管理なんかできる訳がない」
「そう思わないか? メーオ」
巨大なヤスデ、メーオは一瞬黙ると――
「思わない。嫌われものなんて、ツムジが勝手に思ってるだけよ。
本を読んでるのもいつか役に立――」
「立たないって言ってるだろ!?」
空気がピリつく。
「……すまん。大声出しちまった」
そう謝ると……
「……とにかく、俺は機械に触れないし、触るつもりもない。メーオには関係ないことだ……」
「……俺のことはいいから……。ほっといてくれ」
ツムジはそう言って、本を抱えると部屋の奥に消えていった。
「…………」
小屋には、メーオの長くも寂しげな背中だけが残った。
―
一方その頃、リューセイはある相談を受けていた。
「何? 管理機器が改造された?」
入ってきた一報は、信じがたいものだった。ある管理機器が何者かによって改造され、作動しないとのことだった。
管理部に相談を受けたラフが呼んだことで、周りに回ってリューセイの耳に入ったのだ。
「改造なんてできるわけがなくないか? あの機器はこの世界に元からあったものだ」
「まあな。総長の俺を含め、新管理部のやつらも機械の内部まで知ってるやつはほぼいないだろうし……。だが……」
ラフは一呼吸置くと……
「時々故障した機械を直してるやつは見かける。
ホントにごく僅かだが、一定数いる機械に詳しいやつが改造したんじゃないか?」
「まぁそうとしか考えられないが……」
立ち話では埒が明かず、ラフとリューセイ、またリューセイとともにいたミラも、改造された管理部に向かうことにした。
「……ホントに動かないな」
ラフが操作してみても動かない様子を見て、リューセイが呟く。
「一応、中も見てみれば?」
リューセイが提案すると、承諾したラフはすぐさま工具を取り出し、機械を空ける。
「う〜ん。俺も中は初めて見るが、なんかおかしい気はするな」
「どれどれ? 見せて〜」
ミラが駆け寄り、中を除く。
その間、リューセイとラフは壊れた機械を誰に直してもらうかを相談していた。
「ウツボで直せるやついなかったっけ?」
「あー。海の方の管理部に尋ねてみるか」
そんな会話をしていた、そのとき――
「……ん?」
中を覗いていたミラが、何かを発見した。
「……これ、海藻?」
首を傾げながらも、すぐにリューセイを呼んだ。
「リューセイ。見てこれ」
「……なんだこれ」
機械内部の奥にあったのは海藻だった。
「なんでこんなものが?」
海藻は部品を巻き込むというよりは、奥に意図的に見えるような形で絡まっていた。
「おい、ラフ。海藻ってことは海だよな? 改造したのまさかとは思うが、さっき言ってたウツボか?」
「う〜ん……。これだけじゃ分からんが、機械が動かないのは困る。ウツボの件もあるし、一度言ってみる価値はありそうだな」
ラフの提案で、一同は海の部に向かうことにした。
――浜辺についた一同。
「……こんなんでホントに改造したやつ見つかるのか?」
そんな事を言っていたそのとき――
「ねぇ、あれ見て」
ミラが指を指した先には――
ゆらゆら動く海藻を見つめる巨大な影があった。
その影はジュゴンのようだが、ジュゴンよりも大きかった。
「あれは、ステラーカイギュウか?」
リューセイがそう言うと、その影はゆっくり振り向いた。
「……………」
無言である。
……だが、ステラーカイギュウの元にある物が見えた。
「おい、ラフ。あれ…」
それは、工具箱だった。
それを見たリューセイはゆっくり近づき……
「なぁ、リラ。さっき熱帯雨林管理部の機械が改造されてたんだが……」
「……なに?」
無言だったリラが口を開いた。
「単刀直入に聞くが……あの改造、リラがやったのか?機械の中にそれと同じ海藻が絡まってたんだが……。間違いだったら謝る」
「…………だったらなに」
リラは肯定も否定もしなかった。
そのとき――
「リラ? どうした?」
一匹のセイウチが現れた。
リューセイが状況を説明する。
「さっき管理機械が改造されてたんだが、その工具箱……。リラは使えるのか?」
「……? リラ、どういうこと?」
セイウチが聞くと、リラは数秒無言の末、答えた。
「……私が、やったよ」
返事を聞いたリューセイが聞く。
「なんでこんなことしたんだ……?」
その問いに答えるように、リラは一呼吸置くと、話し始めた。
「……何が自然は自然によ……」
ボソッと放ったその言葉に、リューセイが不思議がる。
「自然は自然にというのは掟だが」
「そういうことじゃない」
リラの声量が一段と増す。
「自然を少しだけ操作して、あとは自然に任せる……だったね?」
「あぁ」
確認をとったリラは、続けて――
「でも結局雨、地盤、ましてや気温まで変えてる」
「自然は自然にだ?
自然を操作してるのに、何が自然よ」
そのポテッとした体からは想像がつかないドスの効いた声だった。その発言を聞いたリューセイはしばらく考えると、答えた。
「俺らは操作するのが目的じゃない。地球が混乱しないように、生態系に過度な異変が起きすぎないようにしている」
「生態系のためにすることは、周りに回って生き物のためにもなる。陸、海、ましてや別世界で生きる人間にも……」
リューセイがそう言った途端、空気がガラッと変わった。
「……人間、ねぇ」
リラが呟く。
「……あんたたちは人間の味方なの?」
「味方?」
リューセイが聞くと――
「ん〜? 何かあった?」
たまたま通りかかったセラやニホンオオカミたちが近づいてきた。
「リューセイ、何があったの?」
セラが聞く。
「話せば長くなるんだが……」
「人間の味方なのって聞いてる」
リラが遮る。
すると、リューセイが即答する。
「別に味方ではねぇよ。
自然管理の影響が少し出てるってだけだ……」
「…………っ」
(そうか……ステラーカイギュウか……)
リューセイはあることを察した。
すると、それを感じ取ったかのようにリラが話す。
「でもそれは……。自然管理は人間に良い影響が出るわけでしょ……」
「なぁさっきからどうしたんだよ」
静かに聞いていたセイウチが聞く。
「……アマチには分からないわよ」
セイウチ、アマチの問いに、リラの声量が荒ぶった。
「……ステラーカイギュウは、人間が原因で絶滅した」
その瞬間、空気がピリつく。
「ステラーカイギュウはおとなしく、仲間が危険に合うと助けようとする性質がある。
私含め、みんな目の前で狩られていった」
「肉がおいしく、簡単に狩れるという理由で発見からたった約30年で絶滅した!」
「人間は殺戮者だ!
なんでアイツらの味方をするの!?」
リラの威圧に、もはや誰も発言は許されていなかった。
すると、リラは続ける。
「ニホンオオカミだってそうだろ!?」
近くにいたニホンオオカミに大声で聞いた。
「ニホンオオカミも人間の狩猟が絶滅理由の一つ……。私の気持ちも少しは分かるはず」
ニホンオオカミたちは思わず視線を逸らす。
「私はね、人間の味方をするようなことはできない……」
数秒の間。
すると、リューセイが恐る恐る聞く。
「……だから管理機器を改造したのか……?」
リラが答える。
「……私にだって分からない」
「改造したことは謝るから、もうほっといて……」
そう言ってリラは去ろうとする。
すると――
「リラ待って」
アマチが引き止める。
「……何」
「なぁ、話ならいくらでも聞くから……。
至らないとこはあると思うけど、俺にできることは何だってする。ほら、セイウチとステラーカイギュウって見た目も似てるし」
「できることなんかあるわけないでしょ……。
それに――セイウチとステラーカイギュウは別に似てない」
不思議がるアマチに、リラが補足する。
「確かにセイウチも温暖化の影響とかはあるかもしれない……。
でも水族館ではどうよ。人間とショーをする人気者でしょ?」
「見た目は確かに似てるかもしれない。
でも、セイウチとステラーカイギュウは違うの」
そう言い残すと、リラは去っていった。
「リラ……」
アマチは立ち尽くすしかなかった。
「…………」
あたりは静まり返っていた。
「……人間だって、生き物なのにね……」
静寂を破ったのは、セラの一言だった。
「人間だって生き物だし、根本は変わらないはず。なのに……」
「人間だけ、恨まれやすいのよね」
いつもの甲高い声色とは違い、セラのその声には何か含みがあるような、そんな違和感のある低音だった。
「まぁ、正解はないし、私が言える立場ではないわね……」
そう言い残すと、セラはゆっくり飛び去っていった。
――そのとき
「ん? ん? どした?」
「あっ」
浜辺からウツボが這い上がってきた。
ラフがすぐに駆け寄る。
「なぁ、あんた確か工具使えたよな?管理機器が改造されて、直してほしいんだ」
「か、改造!? まぁいいけど、ちょっと工具だけ取りに行ってくる……!」
そう言うと、やや焦り気味にウツボは海に戻っていった。リューセイも駆け寄る。
「管理機器のほうは大丈夫そうだな」
「あぁ」
安堵したリューセイは、一つ提案をする。
「大丈夫そうなら、俺抜けていいか? 少し行きたいところがあるんだが……」
「あぁ、構わないぞ」
リューセイは礼を言うと、ミラを連れてその場から立ち去った。




