第4話 日常
ミシシッピ川沈静後、緑等部に戻った一同。
「じゃあ俺は沈静記録を本部に届けてくるから、ここで解散だな。
アオイはラフのとこにいけるか?」
「はい。大丈夫です」
リューセイは本部に向かい、アオイは新管理部設立部に向かう。先程濁流を沈静させたとは思えないほど、平凡な日常に戻っていた。
「あ! リューセイ! テラス何か言ってた?」
「あぁミラか。特に何も。
いつも通りよく記録されてるとだけ」
そう言うと、リューセイは指差し棒を取り出して移動し始める。
「どこ行くの?」
ミラが尋ねると
「今日は管理部の見回りに行く予定でな。
どこに行くとかは特に決まってはないが、まぁぶらぶら見に行ってくる。……またついてくるか?」
「うん! 暇だし!」
嬉しそうに返事をしたミラは、リューセイの後にちょこちょこついて行った。
すると、先の方で賑やかな部が見えた。そこには少し大きめの鳥と、鼻と耳が大きい哺乳類がいた。
「あー地盤管理部か」
リューセイがボソッと言うと、それに応えるように二つの影が話しだした。
「いや〜見ろよ!
プレートの動きはゆっくりだなぁ! カタツムリよりおっせぇよ!
こりゃあ笑えるぜ! ハッハッハッハッハ!」
ワライフクロウのエシュが何気ないことで大笑いしている。
「……はぁ、何が笑えるんだか」
となりにいるツチブタ、タバが呆れたように言った。見回りも兼ねてか、リューセイたちは近づいていく。
「相変わらずだな、ここは……」
やかましいこの様子は、リューセイにとっては日常同然だった。するとタバが言う。
「お、リューセイ。見回りか?」
「おう」
「そうか。プレートは見ての通り静かだ。
……俺のとなりはうるさいがな」
「俺うるさい? うるさいって! 笑えるぜ!
ハッハッハッハッハ!」
「……はぁ」
エシュとタバはいつもこんな調子なのか、リューセイもミラも特に驚くような素振りはなかった。
「まぁ何もないならいいや。
俺らは他のとこ行くから」
リューセイがそう言うと
「了解」
タバは冷静に返す。リューセイたちはそのまま別れた。ミラは二匹に手を振った後、リューセイに尋ねる。
「ねぇ、そういえば見回りって具体的に何をするの?」
「別にこれと言ったことはねぇよ。大きな変化はないか、予定と違う調整はしてないかの確認くらいだ」
リューセイが返したその時だった。
「おーーい」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、ゾウガメがのっそのっそとこっちに迫ってきていた。
「ん? どうしたんだ?」
リューセイが尋ねるとゾウガメは続けて話す。
「一応、確認のために急いできたんだがぁ……」
「本当に急いでたのか?のっそのっそって感じだったが……」
「カメなんだから限界はあるだろぉ」
そのゾウガメはため息をつくと、続けて――
「あのぉ、なんだぁ? 北半球気温管理部のカバだっけぇ。
そのカバのイスラが、予定より0.3度気温を下げたっていうの聞いたんだが……」
「……は?」
一瞬でリューセイの表情が曇る。
「やっぱり聞いてなかったかぁ? 俺もさっき聞いたとこでなぁ。何か理由はあるはずだがぁ……」
「リューセイさっき予定と違う調整してないか確認するっていってたよね」
ミラがそう呟いた途端――
「あのカバッ!」
そう叫ぶと、リューセイは一目散に走っていった。
「待って〜」
ミラが慌ててついていく。
「………よくあんな速く走れるよなぁ…。
……甲羅ないからか」
―
その頃、北半球気温管理部のイスラは、日本の気温の様子を見ていた。
――そのとき
「おいコラ! カバゴラァ!」
扉を勢いよく蹴り、リューセイが入ってきた。
イスラは落ち着いた様子で口を開く。
「あーリューセイかい?」
「あ〜リューセイかいぃ? じゃねぇよ……何勝手に調整してんだよ!」
リューセイが叫ぶと、部屋の端で寝転んでいた古代カバが話し出す。
「別に勝手じゃねぇよ。この管理部内でちゃんと相談したし、さっき本部にも許可は貰った」
「……テラスのやつ何も言ってなかったが……」
不満げなリューセイにイスラは慌てることなく、話す。
「最近も温暖化の影響すごいでしょ? このまま見過ごすと生態系が結構変わっちゃうっぽくて。
それで、ここと本部で相談した結果、時々気温を自然の状態より0.3度下げて、平均気温を少しずつ下げてみようっていう話になったの」
そして、イスラは目の前の各地点の気温が表示されている画面を見ながら、粛々と続けた。
「ちゃんと相談はするから安心しなさい。私たちも掟は忘れてないし。自然は自然にというのはいつも念頭に置いてる」
「……あのヒキコウモリ早く言えっての……。
まぁ、これくらいの調整なら大丈夫だろうけど……」
リューセイがそう呟いた、次の瞬間――
「……テラスさんからお電話です…」
リューセイの控えのコウモリがエコーラインを差し出す。
「……あ、リューセイか。
さっき北半球管理部と相談して、予定より気温を0.3度下げることにしてだな…」
「おっそいわヒキコウモリ! 今その部にいるし、その話さっき聞いたし。
そういうのはもっと早く言えよ。今日管理部の見回りだったんだぞ!」
「いやあんたさっきまでミシシッピ川行ってたし、そっちのほうが大事だろうから邪魔しないほうがいいかと……」
「ま、聞いてるならいいや。そゆことで」
テラスからのエコーラインは切れた。
「っんだあいつ」
事は収まったが、リューセイはまだ不満げだった。すると、それを見兼ねてか、ミラが提案する。
「まあまあ落ち着いてよ。今日ライブの日でしょ?見回りのあと、一緒に見に行こうよ。もともと僕行く予定だったし……一緒に行こ?」
「………ライブ?」
見回りを終えたあと、リューセイたちはとある場所に来ていた。そこは珍しく大きな室内で、他の部とは明らかに雰囲気が違っていた。そしてその室内には、見るからに多くの生き物が集まっていた。
「もうすぐ始まるよ」
ミラがそう言うと、それに応えるようにゲンジホタルが天井の照明に向かう。そして前を見ると、三匹のラプトルがステージの中央に揃った。その背後にも、複数の影が見える。
そして――
コツっ……コツっ……トン!
ラプトルが後足の爪を鳴らしたのを合図に、照明のゲンジホタルたちが光る。一斉にライブが始まった。ラプトルたちが声を荒げて歌い、背後にはクジャクやフラミンゴたちの羽根が舞う。
また、その後ろも無視できないほどの迫力があった。ゴリラのドラミング、キリンのタップダンス、シマウマたちのボイパ、タコのドラム。
生き物たちがそれぞれの特徴を活かし、様々な音楽を奏でていた。普段は動きの遅いナマケモノも、エレキギターを持つと動きが何段も早まった。
「見て! 見てよ! キリン高い!」
「……それライブ関係あるか?」
子どものようにはしゃぐミラとは違い、リューセイは冷静な目で観覧していた。
ただ、客はミラの反応と同じような者が多く、施設ながら、その会場は大いに盛り上がっていた。
おそらく人間界とは大きく違うライブ。
一見すると寄せ集めのようにも見えるが、その音色にはどこか統一感があった。
――そして
パンッ!
ステージの両端にいたゾウたちが鼻で水しぶきを上げると、音が止まった。
辺りには歓声が上がった。タスマニアデビルは叫び、ハシビロコウは鳴き、サルは喚く。
多くの鳴き声が交じり合った歓声を見届けると、ステージの生き物はすぐに捌けていった。
最後は、照明を務めていたゲンジホタルたちが、一斉に蛍の光を合唱し、幕を閉じた。
「おーい。ディーズはいるか?」
ライブが終わったあと、リューセイは誰かを呼んでいた。その声を聞きつけたのか、先程歌っていたラプトルの一匹がゆっくり向かってきた。
「お、リューセイも来たのか」
現れたのは、リューセイよりもはるかに背が高く、全身羽毛に覆われた巨大なラプトルだった。
そのギガントラプトル、ディーズは慣れた様子でリューセイに話しかける。
「ディーズ、またライブなんかしてんのか。
確か一ヶ月に一度だったか? 気になってたんだが、だいたいなんでこんなことやってるんだ?」
その問いに、ディーズは答える。
「あぁ、この世界はいうて異空間みたいなもんだ。それで、時々時空の歪みか何かで、人間界の物が紛れ込むことがあるんだが、なぜか楽器が多くてな」
「みんな初めて見るものだったが、意外と面白かったから一ヶ月に一度、ライブをしてみることにしたんだ。丁度いい施設もあったしな」
「まぁ物に関しては紛れ込んだ物しかないから、こっちはあるのにあっちはないみたいなことあるけど……」
「確か新管理部設立部の跡だっけ?」
「そうなの?」
ミラが尋ねる。
「あぁ。もともとここは新管理部設立部だったが、物も生き物も多くなってきたから、ひらけた場所に移動したんだよな。
それでここが空いたから、使えるってわけだ」
すると、リューセイは何か疑問に思ったのか、少し考えたあと、ディーズに尋ねる。
「するのは別にいいけど、そんなすぐできるもんなのか?」
「意外とな。弦を引くのに爪は役立つし、タコなんか足が多いから、ドラム向いてたんだよな。
それに、死後の世界じゃ娯楽がないだろう?
それにしては暇な時間も多いから、ライブは丁度いいんじゃないかと思ってな」
「まぁ、暇つぶしはここの課題の一つだよな」
「あぁ。今日なんかは夜にハレー彗星があるらしいから、みんなそれは見ると思うけど」
「ハレー彗星あるの!?」
ミラの表情がぱぁっと明るくなる。
リューセイはというと――
「まぁ俺らはもう結構見てきたけどな。
ここに来たの7000万年くらい前だし……」
ミラとは違い、結構冷静だった。
ディーズは笑いながら話す。
「フッ、まぁそうだよな。
珍しいものだから、結局はみんな見ると思うけど。暇つぶしといえば、だいたいのやつはワープバンドで現実世界とか眺めてる事が多いけどな」
「……そうだよな」
実際、暇な時間が多い死後の世界では、現実世界を眺めるのは良い暇潰しとなっていた。
――そして
ライブハウスから少し離れたとこでも、実際現実世界を眺めている動物たちがいた。




