転生して追放された悪役令嬢はゴスロリ魔法少女でした。 〜育てた弟子が推しになりすぎて困っています〜
私は、真っ黒な鉄仮面を被り、漆黒の鎧を身につけた戦士と対峙していた。
彼は両手剣を振りかぶり、一閃。
すると桜の花びらが舞いながら、刃が飛んでくる。
私は指をパチリと鳴らすと、地割れを起こしながら棘の茂ったバラが溢れ出す。それらが鉄仮面の戦士に迫り、飛んできた刃を粉砕する。
バラはそのまま戦士に襲い掛かる。戦士は咄嗟に避けるが間に合わず鉄仮面が弾き飛ばされる。
長い金髪が宙に舞い、整った顔が露わになる。
「未熟者め!(やっぱりイケメンじゃない!)」
決して私は本心は言わない。
私は硬派に、そして、この姿を馬鹿にされないために、気を張らねばならないのだ。
ーーー
時は遡る。
もう10年くらい前のことだ。
私は、学園の中の貴族ばかりいるパーティー会場のど真ん中で、婚約者の第二王子から厳しく怒鳴られていた。
第二王子は
「アリア、貴様が男爵令嬢に嫌がらせしたのはわかっている」
とか、
「彼女は真実の愛を教えてくれた」
などと、どこかで聞いたようなセリフを言い放っていた。
絵に描いたような冤罪にしか聞こえない数々の仕打ちを事細かに説明してきた。
思い出せば思い出すほど、その通り以上のことをしてきたことを思い出した。
やっぱりこういう場では言うことすらはばかるような、えっぐいこともたくさんしてきた。
なんでこんなことしてきたんだ!?
私はバカなのか!?
それを冷静に、そして呆れながら聞いていたのは、記憶が戻ったからだ。
現代の普通の一般家庭で生きてきた、普通の日々を。もちろん、いじめなんてしたことない。平和主義者だ。
だから、記憶を思い出す以前の、酷い性格異常な行動の数々に、ため息しか出なかった。
気に食わない平民の同級生を下級貴族の子に効率よく相手が泣くように仕向ける演出の数々。
その上、相手が嫌がるテクニックを指導をするのが異様に上手かった。芸術的と言っていい。
クズだ。ベスト・オブ・クズだ。
ほんと、性格、わっるいわー。
私の魔力なしの判定を受け、それでも表向きの性格と見た目の良さと元々婚約していることから、婚約者第二王子サイドも婚約破棄はしていなかった。
しかし、本当の性格がバレたら、それはもう無理です、と断られる。
私は反論するつもりはなかった、というか反論する間もなかった。
私自身がドン引きするくらいの性格異常を理由に、婚約者からは婚約破棄された後、さすが王家が関わっているからか仕事は早く、すぐにきらびやかな学園から追い出され、伯爵家からも追い出された。元々魔力なしの判定をされていたから、煙たがられていたこともある。
身一つで追い出された日、私は悪役令嬢的な存在だった、ということに気がついた。
でも、時すでに遅し。何もかも終わった後だ。
この後の復活はありません。
貴族の女の子なら野垂れ死か、もっと尊厳を失う最悪エンドまっしぐらである。
まあ、前世は普通の暮らしをしてきた30歳の会社員だ。なんとかなるだろうけど、手に職なんてないから正直不安である。
趣味も、アイドルの推しや二次元の推しを尊ぶことだ。何も役に立たない。
何か生きる術はないかと、記憶を思い出せば、魔力がない代わりに、『魔法少女』という謎のスキルがあった。
現代を生きた私ならわかる。これは変身して強い技を使うスキルだろう。
案の定、変身すると、フリフリふわふわの……真っ赤なゴスロリドレス姿に変わる。ドレスとセットのフリルとヴェールのついた帽子、よく磨かれた革の編み上げブーツ……可愛いけれど、これで出歩くのはかなり強靭な精神力と勇気がいるスタイルだ。
そして、この格好で10年20年いることを考えると……うん、封印だ、封印。
私ことアリアは伯爵領では生きづらい。なんだかんだで、顔を知っている人はいるだろうから、国を横断し、辺境の街で暮らそう。
歩いて移動?
違います。魔法少女は空を飛べるのです。
初めての飛行をした日、何度も、離陸着陸を失敗しながら辺境の街にたどり着いた。魔法少女に変身中はとんでもなく頑丈だったから助かった。
「なんか、遠くで変な音が聞こえたけど大丈夫だったかい?」
門番の兵士がそう言って私に気を使うが、その音、全部私です。ごめんなさい。
辺境の街では、質素には暮らせた。元々の一般人だったし、そもそもこの異世界は香辛料も調味料も揃っていたので、食べ物で嫌な思いはしなかった。
この世界の冒険者の真似事をして、薬草を採取したり、小型の動物を狩ったりした。こっそり山の中に入って変身して大型動物を仕留めて資金を潤した。
しかし、その大型動物の狩猟頻度が多かったみたいで、暴漢に襲われた。仕方ないじゃん。美味しい調味料買うにはお金は必要なんです。
咄嗟に変身して撃退すると、周囲はコソコソと私の顔とドレスを見て話している。この奇抜な格好のゴスロリ魔法少女。こりゃあ、この世界で生まれて17歳になる私も正直きっついすわ。
かなり多くの人に見られてしまった。少し古い世界なんて街の噂話くらいしか楽しみがない。つまり、私のこの姿を思い出してぷーくすくすと笑われる生活が待っているのだ。
その街で生きていける自信がなくなり、別の土地へ移り、残念なのことにまた同様のことを繰り返し、最後は山の中の洞穴に身を潜めた。
忘れられた頃に、少し離れた二つ離れた街で買い物をしよう。
魔法少女の変身コスチュームは、ボロボロになっても時間が経てば修復され、洗わなくても汚れは取れたし、変な匂いも発生しなかったから、誰に見られるわけにもないので変身したままで過ごした。
そうしているうちに魔法少女のスキルが体に馴染みすぎ、永遠の少女とかいう不老スキルを手に入れた。
ありがたいけれど、何か私が悪いことをしてやらかして人相書を残されたら永遠に手配され続けることになるじゃないか。
悪いことはしないように気をつけよう。
そんなわけで3年が経過した。山の中で建てたログハウスで、ひっそりと薬草や野菜を育てて、動物を狩り、街で時々買う調味料と紅茶で生活していた。
何もやる気の起きない日にハーブティーを淹れて飲みながら、こんな生活も悪くないな、と考えていたところ、外でどさりと音が聞こえて、様子を見に伺った。
まだ10歳くらいの少年が地べたに転がっていた。
生きていたので、治療をして話を聞いたところ、身代わりにされた冒険者パーティの荷物持ちだったそうだ。ダンジョンの死の山から命からがらモンスターから逃げ出し、疲労困憊で倒れたとのことだった。
その少年エムザを私は街に戻してやろうかと思ったが、身代わりにしたパーティーにギルドに告げ口されると思われて、口封じで殺される気がした。知らないふりして街に放つのも可哀想だと思い、仕方なく一緒に暮らすことにした。
共同生活だから、色んな仕事の手伝いを少年エムザにやらせた。児童虐待ではありません。働かざる者食うべからずなのです。ホント、どこかのゴスロリコスチュームを着ていた元貴族令嬢の記憶が戻る前のやつに言ってやりたいね。
そんな時、ピコンと頭の中で何かが鳴る。新しいスキルを得るとそんな音が聞こえるのだ。確認すると、指導、というスキルがあった。
どうやら私には物事を教える才能もあったようだ。
私が時折やってくるモンスターを倒したり、大きな動物を狩ると、見ていたエムザが目を輝かせて、その技を教えてくれないか、と言ってきた。
男の子は力に憧れるものなのだ。小さい頃から戦いごっこをして世界最強の平和を守るヒーローに憧れるものだ。私もしていたけれど。
しかし、教えて欲しがっていたの魔法少女の技をだ。
薔薇が棘だらけのツルを伸ばして絡めたり、斬撃を隠すように桜が舞い吹雪き、椿が花開いて花が落ちる時にモンスターの首が落ちたり、横ピースを作った間からド太い光線がでたりする奴だ。
そもそも魔法少女でしか使えない技なんじゃないかな?
できるかどうかわからないが、指導スキルを使い、あーでもない、こーでもない、もっと力め、もっと力を抜け、とかもう感覚的な指導をした。私がそんな教員の仕事した場合、即クビ間違い無いだろう。
そもそも、教えていて、やっぱり魔法少女に変身しないと使えない気がした。
いや、かりに魔法少女に少年がなって使えるようになったとしよう。ゴスロリふわふわ魔法少年だ。盛大な黒歴史になることだろう。可哀想なので変身については黙っていた。
しかし、エムザは魔法少女の技を教えるとできるようになる。変身なしで。代わりに、剣とか斧とかを振ってでしか使えれないけれど。でも、教えることができた私すごい、というよりエムザの才能がすごい。多分、少年に謎指導理解のスキルレベルMAXがあるんじゃないかな?
というか、この恥ずかしいゴスロリコスチューム姿に変身しないと絶対使えない私哀れ。まあ、この山の中で暮らす分には変身解除しませんが。
強くなっていくエムザに、時に厳しく、ここのモンスターなんて雑魚なんだ、と井戸の蛙にならないように指導し、時々失敗する少年に優しくした。
そして、エムザは強く、そして美しく育った。
あー、手を出したい。でもだめ、悲しいことに犯罪なんだな。いや、でも、ここ誰も来ないし……誘惑に負けそうな日々を悶々と過ごした。
でも、わかる。これには手を出してはいけないと。本能、前世からの魂に刻まれた、推しへの愛。
そう、美少年となったエムザは私にとって、推しなのだ。
頑張る姿、苦しくて喘ぎながら汗を流す姿、疲れ切った寝落ちしている横顔……尊い。
じっと、彼を見つめると鼓動が早くなり、たらりと鼻血が出た。
このままでは、手の届きそうな推しに、いつ手を出すかわからない。
私は限りなく、非常に薄いプライドのために、泣く泣く美少年エムザを追い出すことにした。
「君はこのままでは成長しない。外の世界を見て来い」
私は涙を堪えるためにキツく睨み、エムザに伝えると、本人は間に受けて、翌日の早朝にはいなくなっていた。
決心早すぎるだろ。
目の保養が……
言わなきゃ良かった。
ーーー少年エムザーーー
アリア師匠には何から何までお世話になった。
母や姉の代わりのように、私を励まし、叱り、そして、育てくれた。
貴族のような真紅のドレスを着て、磨かれた革の編み上げブーツを履き、部屋の中でも帽子を被っていた。
平民とは思えない作法をして、そして冒険者が使わないオリジナルの魔法を使う。
私が拾われてから全く歳も取っていないような気がする。出会った時のままの、16歳か17歳くらいの女性にしか見えない。
師匠の最近の様子がおかしい。
息をはあはあと吐いたり、胸に当てた手を強く握りしめていた。
時々、鼻から血を出していた。
何かの病なのだろうか。
ある日、師匠が私を睨みつけて
「君はこのままでは成長しない。外の世界を見て来い」
と言った。今までそんな厳しいことは言わなかった。 もう一度、師匠の目を見る。目には潤いが溜まり、今にもこぼれ落ちそうだった。
そこで、私は確信したのだ。
師匠は病に蝕まれ、もう後先短いのだ。
死に目を見せたくない、そして、残り少ない寿命の中で教えた技を世界中に見せつけてこい、そう言っているのだ。
最難関ダンジョンの死の山の中層に住み付き、ピクニック気分で山頂付近に生息するベヒモスを狩ってくる師匠がそう言うのだ。
私はその日のうちに旅立ち準備を済ませ、師匠が寝静まるの待った。外に出る前に、最後に一度だけ、師匠の寝顔を盗み見る。月光に照らされたその姿は、あまりに美しい。
私は、師匠が命を賭して授けてくれた技の数々で世間の度肝を抜いてやります。
ーーーアリアーーー
推しエムザがいなくなって早5年、ロスが激しくて、大型の動物を撫で回して飼い慣らした。
言うことを聞かない動物はしっかり叩いて調教しなさいとテレビ番組で言っていたことを思い出してふしぎぱわー(物理)で叩いたら、頭と胴体が分離した。それからは優しく撫でて飼い慣らしている。
なお、飼い慣らした方はその光景を目の当たりにした片割れの方だ。
動物のお腹を枕に昼寝をしていると、来客が現れた。大体の来客はモンスターの襲撃だったが、珍しくドアをノックされた。
「入れ」
その声に応じて、扉を開けた途端、どうせ知恵のつけたモンスターだろうと飼い慣らした動物をけしかける。
「ぎゃー! ベヒ、ベヒモオオオス!」
腰を抜かしている若い男とその後ろに魔法使いや聖職者、重装歩兵7、8人くらいのパーティだ。
動物が若い男を口に咥えた。
「やめなさい!」
動物は口に咥えた若い男を、ぺっ、と地面に吐いた。
私の指示は間違っていなかった。
若い男はイケメンだった。
唾液という水の滴るいい男である。面食い歴の長い私としては、このようなイケメンが目の前で死なれたら、人類の大切なイケメンの損失に、枕を濡らし、しばらく悲しみに暮れるだろう。
若い男の顔以外をよく見ると、金属製の鎧には、私の生まれ育った王国の国鳥である鷹が刻印されていた。鎧への刻印は王国騎士団の師団長クラス。なんでこんな人里離れた土地に、そんなお偉い人が来たのだろう。そもそも、もう少しで、打首獄門ものである。いや、むしろ相手次第だ。
私は冷や汗を感じながら、
「すみません。人が訪れることがないので、飼っていた動物がつい嬉しくなって、じゃれついてしまいました」
と、よくあることなんでごめんちゃい、みたいな感じで謝った。
私もイケメンたちパーティも、動物がじゃれついたのではなく捕食しにかかったことはわかっていたが、お互いそれを口に出すと不幸な結末になりそうなので、イケメンたちのパーティも苦笑いしながら謝罪を受け入れた。
イケメン王国騎士団師団長さん、長いのでイケ騎士としましょう。そのイケ騎士さんによると、王国の首都の冒険者ギルドや王国騎士団に喧嘩を売った戦士がいた。自身のことを魔戦士と呼ぶその戦士は摩訶不思議な技を使い、次々と実力者たちを倒して回っている。
このままでは、王国としてのプライドがズタズタ、民意も低下する可能性が高い。
そのため、王国騎士団のコートや服を着て、その魔戦士との一騎打ちをしてほしい、と言ってきた。
高校の部活の助っ人みたいな感じに誘うのやめてくれないかな。
「はあ、なんで私なんですか?」
「死の山の魔女様、ここは最難関ダンジョン死の山の中層。そなたはここに住み着いて、ベヒモスを飼い慣らすだけでなく、多くのモンスターを討伐して麓の街にその死体を卸している。しかも、たった一人で」
私は表情を出来るだけ動かさないように努めた。感情をバラすのは貴族として三流以下なのだ。
ここ、住むには適さない魔境なんだ……。
そういえば、あの拾った美少年、死の山で捨てられてみたいなこと言っていたけど、ここだったんだ……。
知らない間に死の山の魔女とか呼ばれてたの?
というか、この飼っている動物、ベヒモスなの!? RPGで出てくる超強力モンスターじゃん。後で寝首かかれないかな……捨てよ……。
「王国に、ベヒモスを単独で狩猟できる強者はいないのかしら。こんなにか弱い子なのに」
私はイケ騎士に動揺がバレないように、ベヒモスのお腹を撫でながら、できるだけ嫌味に言うことにした。
「お恥ずかしいながら、ベヒモスは師団一つでは、何人もの命を犠牲にする覚悟しなければ狩猟できないでしょう」
私はお腹を撫でているベヒモスと呼ばれた動物の瞳を見つめ、コイツに急に寝首かかれたら怖いからやっぱり駆除しようと思った。ベヒモスが涙を流しながら、クーンと泣きついてきた。わかったよ、やめるよ。
「ということは、魔戦士はベヒモスぐらいは倒せるのか?」
「ええ、おそらくそうでしょう」
じゃあ、強いってことだよね?
つまり、この依頼受けたら死亡フラグじゃん。断ろう。
「そんな、雑魚の王国騎士団の傘下に入り、その無様な紋章を描かれたコートでも着て戦えか? 片腹痛いな」
そう言えば、誰か一人は、『貴様!なんたる無礼な』みたいなことを言うに違いない。それを根拠に断ろう。
すると、みんなシュンとしおらしくなっちゃってさ、漢前大事にしてよ!
あまりに悲しくなって、
「さぞかし、報酬はもらえるんだろうな?」
と声を出した。でも、出来ることなら断りたい。それに王都には私の顔を覚えている人たちがたくさんいるはずだ。
「保証はできませんが、私の命の価値ほどの報酬をお約束はできます。それとも私の命を報酬として必要でしょうか?」
えっ、このイケ騎士を自由にできるってこと?
夜にお酒を注いでもらったり?
「殿下! いえ師団長、私の命を差し出します。どうか、魔女様、師団長の命は!」
「俺もだ! ここまで生きて来れただけでも不思議なくらいだ。とうに命なんか捨ててる。俺の命を役に立ててくれ」
次々と師団長についてきた者たちは膝をつき被り物を取っていく。
フードを外した魔法使い、貴様はボク系イケメンか、そこの兜を脱いだ重装歩兵はオレ様系イケメン、聖職者はおじ様系イケメン、あっちの重装歩兵は夏の海が似合いそうな褐色イケメン……
なにこのイケメン集団。でも、どこかで見たような……。
でも、一言言えることは、このイケメン集団を使って、夜のパーティを楽しんでもいいということ。
なんという異世界ホストクラブじゃないか。
もちろん、ドンペリとか費用は全部そっち持ちだよね?
ドンペリタワーとかしてもらって、たくさん存在肯定してもらおう。おっと、口から涎が。
「ふん、暑苦しい。まあ、余興だ。魔戦士とやらと一戦してやろう。魔戦士とやらを倒した暁には……貴様ら、言ったことは忘れるなよ」
そういう風に、私はイケメン集団にホイホイ乗せられて、王都へ向かうのだった。
私は王国騎士団の紋章が描かれたフード付きローブを被り、王都の闘技場に赴く。
隣にはイケ騎士、後ろにイケメン騎士パーティを連れて。
闘技場は多くの民衆が集まっており歓声を上げていた。
そして、闘技場のど真ん中には、真っ黒の鉄仮面に、漆黒の鎧を身につけて、戦斧を背負い、地面に両手剣の先端を刺した男がいた。
「半年も待たせたな。それで、お前たち王国騎士団の最強の戦士はどこだ」
私にはわかる。
この声は鉄仮面で少し波形が変わっているが、イケボだ。イケメンにしかできない声。もしくは長年努力をした男性声優の声だ。
相手に不足はない。
いや、別に戦う必要はない。近くで声さえ聴かせてくれたらそれでいい。
「王国一の戦士は出張していてな、今帰ってきたところだ。お前に王国の本当の恐ろしさを教えてやるよ」
イケメン騎士が煽ると、歓声がさらに大きくなる。身体中が震えるようだ。
きっと、出張していたという王国一の戦士もイケメンのような気がする。わざわざ半年待たせて登場なら、もうさぞかし……
イケメン騎士が私の耳元でささやく。そんな、耳元でイケボを当てるなんて、あん、ちょっとこんなところで……
「魔女様、出番にございます」
おい、私が王国一の戦士って話かい!
でも、ダメ。これでも、私は元貴族の令嬢。怒鳴り散らしたり、殿方に恥をかかせるだなんてやってはいけない。ただし、イケメンに限るけど。
「貴様が魔戦士か。恥ずかしくないのかそのネーミング。まるで厨二病患者が初めてネット小説で自分を投影した主人公につけるような二つ名だ」
「女か……。よくわからないが、馬鹿にされているのはわかる」
魔戦士は私に剣を向けた。
「ルールはどちらかが死ぬか、負けを認めるまでだ。口を破壊されないように気をつけろよ。負けを認めたいのに死ぬまでボコボコにされるからな」
ちょっと待って、そんなの聞いてない。
ネット小説あるあるの、死ぬギリギリで障壁が出るとか、仮想のヒットポイントバーがゼロになるまでとか、命にまでは大丈夫ってパターンじゃないの!?
私はイケ騎士に目を向けた。
「魔女様なら大丈夫です。というか、魔女様以外の強者はみんな死んではいませんが死にかけのボコボコになりました」
なんで、そんなヤバいやつ煽っちゃったんだろ。格闘技系の番組みたいなノリでやったら盛り上がるとか思ったのに、観衆はみんな意味わからなかったみたいだし、私だけ立ち位置悪くなったじゃない。
観衆のノリと雰囲気で前に出ると、がしゃんと鉄格子が降ろされた。
もう私泣きそう。
正面の鉄仮面の魔戦士が剣を一振りする。
斬撃が飛んでくるが、花びらの幻覚が見えて、斬撃自体は非常に見えにくい。
勢いもなかなかの速さだ。
しかし、
「ローズシールド!」
バラの蕾が私の体を覆い、斬撃から身を守る。そしてそれは布石。バラのツタが地面を割って魔戦士へ向かう。
魔戦士は一度固まりツタを剣で払う。
しかし、これも布石。
足元から棘が飛び出す。
どこに避ける?
それを私は注視する。重心の位置からすると、
……そっちだ!
私は蕾から飛び出して魔戦士に向かって飛び出す。
魔戦士が飛び出した私に向かって、剣を十字に切る。
剣からは桜が舞い、斬撃が増えて行く。
この技といい、あの技といい、私の技に似ている。
私は両腕を振る、桜の花びらが舞って、相手の斬撃とぶつかり合って相殺される。
その隙を縫って斬撃が一つ飛んでくる。
私は指をパチリと鳴らすと、地面から棘の盛ったバラが噴き出して、地割れを起こしながら鉄仮面の戦士に迫り、飛んできた刃を粉砕する。
鉄よりも硬いバラの花びらはそのまま戦士に向かう。戦士は咄嗟に避けるが間に合わず鉄仮面が弾き飛ばされる。
金髪の長い髪が舞い、面長の顔が露わになる。
「未熟者め!(やっぱりイケメンじゃない!)」
そして、その顔に覚えがあった。
五年前に私の元から去った推し美少年エムザだった。
そうか、やはり私の目に狂いはなかった。
素晴らしい成長したイケメン。
「うっ!」
気にとられて不可視の斬撃の接近に気づくのが遅れて地面に転がって避ける。
フードどころか、ドレスとセットの帽子、騎士団のコートが刻まれて飛んで行った。
身に残ったのは、真っ赤なゴスロリドレスと編み上げブーツ。
「師匠! やはり、アリア師匠でしたか」
エムザは破顔し、私の元に駆け寄りひれ伏す。
俯いているはずなのに、その瞳には恐ろしいほどの熱量が感じた。
「せ、成長したわね」
近くで見る美しく成長したエムザの姿は、やはりどきりとする。身長も随分と伸びたのに子犬のように尻尾を振ってやってくる姿が微笑ましかった。
何より、安心する。
懐かしさが体の中を駆け巡る。
ふと、彼から漂う匂いが、かつての少年の汗の匂いではなく、洗練された大人の男のものに変わっていることに気づく。
それに気づくと、自分の胸の鼓動が妙に大きく感じた。
「師匠、お体の方は?」
「な、何を言っているの? ずっとピンピンしてるわよ」
「師匠……治ったのですね……」
ひれ伏したエムザの頬から涙がこぼれ落ちる。
「私は、師匠が私に託した技の数々を世界で試してこい、と言われたと思いました。でも、灯台下暗し、師匠、あなたがやはり世界で一番強いのですね」
正直、私は弟子の言っていることへの理解が追いつかなかった。そもそも、追い出したのは推しの君に手をつけそうだったからだよ。
なんというか……残念だ。
推しの美少年がイケメンになっていく過程を見れなかった。非常に残念だ。一生に一回しか見れないわけだよ?
なんであの時追い出したんだ!
いや、そりゃ性欲に負けそうだからだよ!
……待てよ。チャンスはまだある。
推しが子供を作っていたら、色濃く遺伝子を受け継いでいたら、その美少年からイケメンの変化を見れる可能性が高い。
「……エムザの子供が見たい」
ボソリとそう言った。
弟子は急に顔を赤くし始めた。
弟子はひざまずいて震えながら言う。
「……アリア師匠。もしかして、私を求めてくれるのですか? 私は、喜んで……その、……尽力いたします」
何を言っているんだ? 君は推しだけど、推しは手に入れてしまったらダメだよ。尊さが失われる。
……だけど、今の彼の表情は、先ほどまでの荒々しい戦士の面影はなく、一人の男として私を見ているようだった。そんな顔、かつての少年時代には、一度も見せたことがなかったのに。
「違うわ」
そもそも、私が今欲しいのはただの完成形じゃない。
天使が大人へと成長する過程!
そして、共に過ごした思い出!
つまり、エムザに子供がいるなら、それで補完したいということ!
「あなたは、立派に育ちすぎた」
また、弟子のエムザは泣き始めた。
「私はね、最初から見たいのよ。今度は一秒も見逃さずに、一から……いいえ、ゼロからじっくりと。あなたのような推しイケ……いや、あなたの成長する姿を。あなたはもう、立派に育ちすぎてしまったわ」
私の言葉を聞いた瞬間、エムザの瞳に絶望と、それを上回る狂信的な決意を感じさせる細められた瞳になった。
「ああ……なんということ……。育ちきった今の私では、師匠の渇きを癒せない……!?」
「えっ、まあ、そうね?」
「分かりました! 師匠が『一から育て直したい』と望まれるのであれば……私は、プライドをどこかに置いて、哺乳瓶をくわえてバブバブ言葉も話します。師匠は私と赤ちゃんプレイをしたいんですよね!?」
絶対なんか間違っている。
推しが、なんか面倒くさい人に成長したなぁ。
時間って儚い。
ーーーイケメン騎士たちーーー
イケ騎士と呼ばれていた第二王子は戦慄していた。また、その仲間たちもだ。第二王子はアリアの元婚約者であり、その仲間たちは第二王子のクラスメイトやその関係者や縁者に連なる者たちだった。
伯爵令嬢のアリアを学園から追い出し、伯爵家からも追い出す手伝いをしていた。
ヴェール付きの帽子が吹き飛ばされて、最難関ダンジョン死の山に住まう魔女の見た目は、あのアリア元伯爵令嬢。しかも、見た目の歳と美しさは変わっていない。
そして、魔法が使えないはずなのに、摩訶不思議な魔戦士と同じような魔法、技を使う。
その上、王国内の強者が誰一人も傷一つつけれなかった魔戦士の師匠で、ベヒモスを単独で狩猟するどころか飼い慣らしていた?
魔戦士とアリアはこの茶番劇をしているが、王国に復讐しに来たに違いない。
最悪だ。機嫌を損ねたら。王国は終わる。
ーーーアリアーーー
魔戦士が膝をつき、戦意を喪失したと判断して、審判は魔戦士の負けを判定した。
観衆は、自分の国の戦士が勝ったということで歓声をあげていた。
私たちはロビーに戻り、イケ騎士に声をかけた。
夜のピンドンタワーパーティの話をしなければならない。
涙を流しながら伏せている弟子に気づかれないように耳打ちしようと近づく。
すると、イケ騎士は離れた。
偶然かな? と思って近づくと三歩距離を開ける。
「い、命だけは……いや、家族と……国には手を出さないでくれ」
イケ騎士は口を震わせ、目を泳がしていた。
なんかこのイケ騎士、話にならない、と思い私はちらりとイケメン騎士パーティの面々に目を向けると意図的に目をそらされ、中には倒れる人がいた。
私こんな能力あったかな?
「あの、みんなでお酒……」
「あ……ああ! 酒だな! わかった! 最上級のを死の山の麓の街に定期的に送らせる」
イケ騎士は大声で口をパクパクしながら早口で言い始めた。
「そうじゃなくて、注いでくれないの?」
「そ、そうでしたよね! メイドを用意します! とびっきりのメイドに注がせます!」
「メイドじゃあ……」
メイドじゃなくてイケメン執事にしてほしい、そう言おうとして、弟子の前でそんなことを言うのは恥ずかしくなり、黙った。クソッ! いや、嘘だ。弟子がいなくても恥ずかしくて言えない!
結局、私の出張助っ人の報酬は、高級なお酒に変わった。
お酒あんまり得意じゃないんだよね…… クソっ!
ーーー
マイホームに向かってとぼとぼと歩く。
そばには弟子のエムザ。
横顔を見つめると、いい匂いがするイケメンに育ったものだと、我ながら感心する。
少し先にモンスターが見え、エムザは
「師匠、露払いしてきます」
と走って行った。
その背中に視線を向けると、二人で過ごした思い出がそっと浮かび上がる。
胸が少しだけ、不思議と騒ぐのだ。
そうそう、死の山に戻った数か月後、私が着ているみたいなゴスロリドレスが王都で流行ったそうだ。
今回は、これまで書いてきた中でも少し恋愛寄りで、ゴスロリ魔法少女と拗らせた弟子のドタバタを、できるだけ笑って読めるよう意識して書いてみました。
笑えるところが一つでもあったなら、書き手としてこれ以上嬉しいことはありません。
【読者の皆様へお願い】
もし『面白かった』『二人のドタバタを続けて見たい』と感じていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から評価をいただけますと幸いです。
星も嬉しいのですが、何よりも読者の皆様の感想やリアクションが執筆の原動力となっています。
今後の作品制作の参考にさせていただきますので、ぜひ一言いただけると幸いです。




