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第4話:王都の舞踏会と害獣調教 ~魔物はしつけがなってない~

第4話:王都の舞踏会と害獣調教

~魔物はしつけがなってない~


 1.


 王都の夜は、まるで宝石箱をひっくり返したように煌めいていた。

 王宮の大広間では、建国記念の祝賀パーティーが盛大に催されている。

 シャンデリアの眩い光、楽団が奏でる優雅なワルツ、そして着飾った貴族たちのさざめき。香水の匂いが充満するその空間は、私、チコリア・ウィップスにとって最も縁遠く、そして最も居心地の悪い場所のはずだった。


「……緊張しているか、チコリア?」


 耳元で、エスム様の甘い低音が響いた。

 私は小さくため息をつき、首を横に振った。


「いいえ、閣下。緊張というよりは……そうですね、『残業』の気分です」

「残業?」

「ええ。早く終わらせて、お屋敷に帰って寝たいです」


 私は正直な感想を述べた。

 今日の私は、いつもの地味なメイド服ではない。エスム様が「君の『戦闘服』だ」と言ってあつらえた、深紅のイブニングドレスを身にまとっている。

 背中が大きく開いた大胆なデザインだが、素材は最高級のシルクで肌触りが良く、スリットも入っていて動きやすい。機能性としては申し分ない。

 だが、問題は「仕事場」の環境だ。


(人が多い、空気が悪い、そして何より……面倒な『親戚』がいる)


 私は会場を見渡しながら、げんなりとした気分になった。

 本来なら、私の「ステルス機能」が発動して背景の壁紙と同化するはずなのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。隣にいるエスム様の発光量が凄まじいのだ。

 純白の礼装に身を包んだ彼は、この世の者とは思えないほどの美貌を振り撒いている。腰には儀礼用の剣――ではなく、なぜか実戦用の長剣を帯びているのが異様だが、それさえも「北の守護者」としての威厳に見えるらしい。


「あれがリバシブル辺境伯か……相変わらず絵になる男だ」

「隣にいるのは誰だ? 見たことのない令嬢だが……」

「なんて冷ややかな瞳なんだ。あの辺境伯と対等に渡り合っているぞ」


 周囲からヒソヒソという声が聞こえる。

 どうやら、私が「面倒くさい、早く帰りたい」と思って半眼になっている表情が、周囲には「クールで堂々とした態度」として誤解されているらしい。好都合だ。このまま誰とも関わらず、空気のように過ごしてこの場をお暇したい。


「行こうか。まずは主賓である王太子殿下への挨拶だ」


 エスム様のエスコートで、私たちは広間の奥へと進んだ。


 2.


 玉座の近くに、金髪の青年が立っていた。

 この国の次期国王、アルベルト王太子殿下だ。エスム様の旧友であり、私の雇い主の直属の上司にあたる人物。つまり、社長の上の会長みたいなものか。粗相があってはならない。


「やあ、エスム。よく来てくれたね」

「お招き感謝いたします、殿下」


 エスム様が恭しく一礼すると、アルベルト殿下は興味深そうに私を見た。


「そして、君が噂のチコリア嬢か。……なるほど、エスムが『女王』と呼ぶのも分かる気がする。肝が据わっているね」

(肝が据わっているというか、ただ単に『無の境地』で耐えているだけです)


 私は失礼のない様に笑顔を作って付け焼き刃なカーテシーをした。


「お初にお目にかかります、殿下。エスム閣下の……ええと、パートナーを務めております、チコリアと申します」


 婚約者と名乗るのはまだ抵抗があったので、濁しておいた。


「楽にしてくれ。エスムの友人は私の友人だ。……しかしエスム、君も隅に置けないな。こんな可憐な女性が、君の『あの性癖』を受け入れてくれるとは」


 殿下が声を潜めてニヤリと笑う。どうやら彼も、エスム様のドM体質(もうはっきり言ってしまおう)を知っている数少ない理解者のようだ。


「はい、殿下。彼女は最高です。私の筋肉の構造から、精神的なツボまで、すべてを支配してくれます。先日も、私の背中の凝りを鞭の柄でグリグリと……」

「閣下」


 エスム様が嬉々としてマッサージ(拷問)の詳細を語り始めそうになったので、私は彼の手の甲を、爪を立ててギューッとつねった。

 王族の前で、私の業務内容(SMと誤解されがちな施術)を暴露されては困る。私の再就職に響くかもしれない。


「んぐっ……!」


 エスム様は短くあえぎ、恍惚の表情で口をつぐんだ。

 それを見た殿下は、目を丸くした後、爆笑した。


「ははは! こりゃいい! あの暴走機関車のようなエスムを、指一本で制御するとは! 気に入ったよ、チコリア嬢。この国で彼を扱えるのは君だけだ」


 どうやら王族からの信頼は勝ち取れたらしい。

 私はホッと胸を撫で下ろした。

 よし、第一関門クリア。あとは適当にダンスを一曲踊って、ビュッフェの料理を少しつまんで、体調不良を装って帰れば完璧だ。


 だが、世の中そう甘くはない。


 背後から、私が最も聞きたくない、粘着質な甘ったるい声が聞こえた。


「あら、エスム様じゃありませんの。ごきげんよう」


 私は心の中で舌打ちをした。

 来た。

 一番会いたくないトラブルメーカーの登場だ。


 3.


 ゆっくりと振り返ると、そこには豪華絢爛なドレスをまとった美女――姉のエラリアが立っていた。その隣には、バツの悪そうな顔をした両親もいる。

 エラリア姉様は美しかった。だが、その完璧な笑顔の裏に、ドス黒い嫉妬と悪意が渦巻いているのが手に取るように分かる。


(……うわぁ、目が笑ってない。面倒くさい。帰りたさが増したわ)


 彼女は扇子で口元を隠しながら、まるで私など存在しないかのように、エスム様にしなだれかかるように近づいた。


「お久しぶりですわ、エスム様。先日は我が家で、大変な無礼があったとか。……ねえ、チコリア?」


 姉の視線が私に向く。

 昔の私なら、この視線だけで萎縮して震えていただろう。

 だが、今の私は違う。

 毎日、何百キロもある暴れ馬を躾け、言葉の通じない羊の群れを統率し、ドMな辺境伯の相手をしているのだ。

 それに比べれば、姉の嫌味など羽音くらいにしか感じない。


「……ごきげんよう、お姉様」


 私は事務的に挨拶を返した。感情は込めない。カロリーの無駄だからだ。


「ふふ、元気そうでよかったわ。……私、反省したの。妹の幸せを祝えないなんて、姉失格よね。だから、今日は仲直りの印を持ってきたの」


 エラリア姉さんは、芝居がかった仕草で懐から一つの小箱を取り出した。


 パカッ、と蓋が開く。


 中に入っていたのは、大粒の紫色の宝石がついたネックレスだった。

 妖艶な光を放つその石は、見るからに高価そうだが、同時にどこか不気味な、禍々しい気配を漂わせていた。


(……何これ。趣味が悪いわね)


 牧場で病気の動物を見た時のような、本能的な嫌悪感。

 姉に奪われた物は数知れず、なのにお詫びの品だなんて不気味を通り越して危険な香りがする。


「これ、あげるわ。ウィップス家に伝わる……ええっと、幸運のお守りよ。これを受け取ってくれれば、私たちのわだかまりも消えるわ。受け取ってくれるわよね?」


 姉の言葉は、提案ではなく脅迫だった。

 ここで断ればどうなるか、容易に想像がつく。

 「せっかくの好意を踏みにじられた!」と大声で泣きわめき、悲劇のヒロインを演じるだろう。そうなれば衆人環視の中、エスム様が悪者にされ、私の立場も危うくなる。

 面倒だ。とにかく面倒だ。


(ここで騒ぎを起こされるのが一番のリスクね。……とりあえず受け取って、あとでこっそり捨てればいいか)


 私は事なかれ主義を選択した。

 私の優先順位は、1に平穏、2に睡眠、3に食事だ。姉のプライドなどどうでもいい。


「ありがとうございます。では、ありがたく頂戴します」 


 私が手を伸ばすと、姉はニヤリと口角を上げた。


「ふふ、よかった。じゃあ、今すぐつけてみて? せっかくのパーティーですもの、華やかなほうがいいわ」


 あー面倒だわ。

 私はため息を噛み殺しながら、ネックレスを首にかけた。

 ヒヤリとした冷たい感触。

 宝石が肌に触れた瞬間、氷のような冷気が背筋を走った。


「よく似合うわ、チコリア。……本当に、お似合いよ」


 エラリア姉様が、勝利を確信したような歪んだ笑みを浮かべた。

 その時だった。


 バキンッ!!


 乾いた音がして、胸元の紫色の宝石に亀裂が入った。

 え? と思う間もなく、宝石が内側から砕け散り、どす黒い霧が噴き出した。


(はあ!? 不良品!?)


 私がツッコミを入れる間もなく、黒い霧は天井へと昇り、空間をねじ曲げた。

 まるで、どこか別の場所への空間を無理やりこじ開けるように。


 ギャオオオオオン!!


 耳をつんざく咆哮。

 霧の中から現れたのは、巨大な影だった。

 一匹ではない。二匹、三匹……十匹以上。

 狼のような頭に、蝙蝠こうもりのような翼を持った異形の怪物――『ガーゴイルウルフ』だ。


「ま、魔物だー!!」

「なぜ王宮の中に!?」


 パニックが起こった。

 着飾った貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。グラスが割れ、料理がひっくり返る。

 エラリア姉様は「きゃあ!」とわざとらしく悲鳴を上げ、さっさと両親と共に会場の隅へ逃げていった。

 私は呆然と立ち尽くした。恐怖ではない。呆れ果てたのだ。


 まさか。


 あの割れたネックレスは、魔物を呼び寄せる何かだったのか。

 私を陥れるために、こんな危険なものを持ち込んだというの?

 ただの嫌がらせにしては度が過ぎている。これはもう、災害だ。


(……信じられない。この人、自分のプライドのために、王太子様の、王家主催のパーティーを台無しにしたの?)


 私の中で、静かな怒りの炎が着火した。

 姉への恐怖など微塵もない。あるのは、自分の為感情のためなら他人を巻き込み、危害を加える事も躊躇わない事への怒りだった。


「チコリア! 下がっていろ!」


 エスム様の鋭い声が響いた。

 彼は瞬時に私を背中に庇い、剣を抜いた。


 4.


 パーティー会場は地獄絵図と化した。

 空飛ぶ狼たちは、本能のままに暴れまわり、逃げ惑う人間たちに襲いかかろうとしている。

 その矛先は、明らかに私に向いていた。あのネックレスの残り香が、私を標的として指定しているのだ。


「騎士団! 守れ! 殿下をお守りしろ!」


 エスム様が叫びながら、襲い来る魔物を一刀両断にする。

 速い。

 銀色の軌跡が走り、一匹のガーゴイルウルフが両断されて霧となって消えた。

 さすがは北の守護者。その剣技は神業の域だ。

 しかし、敵の数が多すぎる。

 次から次へと湧いて出る魔物たちは、エスム様の防御をかいくぐり、私に噛み付こうとする。


「グルルルッ!」


 三匹の魔物が同時に飛びかかってきた。


「させんッ!」


 エスム様が無理な体勢で割り込む。

 右の敵を斬り、左の敵を蹴り飛ばす。

 だが、真ん中の敵の爪が、エスム様の左腕を掠めた。


 ザシュッ!


 嫌な音がした。

 エスム様の純白の礼装の袖が裂け、赤く染まる。


「ぐっ……!」

「エスム様!!」


 私は声を上げた。

 彼は体勢を崩しながらも、決して私の前から退こうとしない。

 血が床に滴る。

 その赤い色を見た瞬間、私の脳内でドス黒い、怒りと共に、私の中の何かの扉がパァンと開いた音がした。


 私の大切な……。


 私に美味しいご飯と、暖かい寝床と、仕事を与えてくれた最高の上官。

 そして何より、自覚があまりなかったけれど、過酷な生活を送っていた私に最高の居場所を与えてくださったエスム様に傷をつけた。


(……許さない)


 

 私の視界が冷徹に澄み渡っていく。

 牧場で、羊を襲う野生の狼を見た時と同じ感覚。

 そこにあるのは恐怖ではない。私の中で最早姉は「害獣」に認定され、駆除の対象物となったのだ。


「お嬢様! いつものアレです! これで懲らしめちゃってください!」


 絶妙なタイミングで、ビュッフェのテーブルの下から声が飛んできた。


 ララだ。


 彼女は右手にローストチキンの足を握りしめ、左手で何かを私に放り投げた。

 ドレスと一緒に持ち込んでいた、私の大切な道具。

 使い込めば私に応えてくれる最高の相棒。

 空中で回転し、私の手に収まったのは――。

 真紅の薔薇があしらわれた、愛用の『薔薇の鞭』。


「ナイスよ、ララ! あとで好きな物を好きなだけ食べさせてあげるわ!」

「ありがとうございます! 私はデザートをお守りに入らなければいけないので、このデザートワゴンと共に避難します!」


 私はドレスの長い裾を邪魔にならないようにまくり上げ、太ももに仕込んでいたガーターベルトで固定した。

 そして、鞭を振るって床を叩いた。


 パァァァァンッ!!


 会場の騒音を切り裂く、雷鳴のような破裂音。

 その音に、魔物たちがビクッと反応して動きを止めた。


 5.


 私は一歩前に出た。

 負傷して膝をついているエスム様の前に立ち、魔物の群れを見下ろす。

 見た目醜悪な魔物にほんの少しだけ恐怖を感じるが、「目の前にいるのはしつけのなっていない駄犬」と考えを切り替え鞭を握り締めた。


「ちょっと! そこの薄汚い犬っころたち!」


 私の低い声が響いた。

 魔物たちが「グルル?」と困惑したように私を見る。


「ここは神聖なパーティー会場よ! 土足で上がり込むなんて、マナーがなってないわね! 飼い主の顔が見てみたいわ」

 

 姉様が避難している方を見る。

 自らがしでかした事に今更恐怖を感じているのか、顔がひきつっている。

 一匹の狼が、舐めるなと言わんばかりに飛びかかってきた。


 遅い。


 オリオン(元暴れ馬)の蹴りに比べれば、止まって見える。

 私は鞭を一閃させた。


「お座り!」


 ピシャリッ!

 正確無比な一撃が、狼の鼻先――最も敏感な神経が集まる急所――を捉えた。


「キャインッ!?」


 狼は空中で情けない悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた。


「次はあんたたちよ!」


 私は鞭をロープのように華麗に操った。

 右の狼の脇腹(肝臓のツボ)を打つ。

 左の狼のアキレス腱を打つ。

 飛んでいる狼の翼の付け根(関節)を打つ。


 ビュッ! パァン! ビュルルッ!


 私の鞭が空を舞うたびに、魔物たちが「ギャン!」「キャン!」「クゥン……」と鳴いてひれ伏していく。

 殺してはいない。殺すと死体の処理が面倒だからだ。荘厳な王宮を血塗れにしてはいけない。

 徹底的に「痛み」と「恐怖」を植え付け、誰が自分達のボスなのかを教え込んでいるのだ。


「牙をしまう! 爪も引っ込める! よだれを床に垂らさない! 掃除が大変なんでしょうが!」


 私は現場監督のように叫びながら、戦場を舞った。

 ドレスの裾を翻し、鞭を振るうその姿は、周囲からは「勇敢な戦乙女」に見えたかもしれない。

 だが、私の中では完全に「猛獣の躾」感覚だった。

 エスム様は、出血も忘れて、ポカンと口を開けて私を見ていた。

 その瞳が、次第に熱を帯び、とろけていく。


「……ああっ……。強い……美しい……」

「閣下! ぼーっとしてないで、止血してください! シミになりますよ!」

「叱られた……! 戦場での叱責……! 最高だ! この血は君への愛の証だ!」


 彼は恍惚としながら、自分のシャツを破き、キツく巻きつけて止血を始めた。

 本当に、この人はいついかなる時もブレない。

 おかげで恐怖心など抱く暇もない。


 6.


 数分後。

 大広間には、奇妙な静寂が訪れていた。

 十数匹の凶悪なガーゴイルウルフたちは、一匹残らず私の前に整列していた。

 全員が「お座り」の姿勢で、小さくなって震えている。

 私が鞭をピクリと動かすだけで、彼らは「ヒィッ!」と耳を伏せる。

 完全服従だ。野生動物ほど、上下関係には敏感なのだ。


「……よし。分かればいいのよ」


 私は乱れた息を整え、鞭を収めた。

 そして、群れのリーダー格と思われる一番大きな個体に近づき、その頭をポンと撫でた。

 飴と鞭。教育の基本だ。


「次からは、ちゃんと招待状を持ってきなさい。……巣へお帰りなさい!」


 私が出口を指差すと、魔物たちは「ワン!」と(幻聴かもしれないが)返事をし、逃げるように黒い霧の中へと戻っていった。

 あっという間に霧が晴れ、魔物の気配が消える。

 残されたのは、呆然とする貴族たちと、砕け散ったネックレスの破片。

 そして、会場の隅で顔面蒼白になっているエラリア姉様たちだけだった。


「……すげえ」


 誰かが呟いた。


「魔物を……手懐けたのか?」

「あの鞭さばき、只者ではない……」


 やがて、誰からともなく拍手が起こった。

 パラパラと始まった拍手は、すぐに会場全体を包む万雷の拍手喝采へと変わった。


「ブラボー! 未来のリバシブル辺境伯夫人!」

「救国の英雄だ!」

「なんて勇ましい女王様なんだ!」


(女王様……!)

 私は内心、頭を抱えた。

 やってしまった。

 ステルス令嬢として生きるはずが、王都のど真ん中で「猛獣使い」としてデビューしてしまった。

 これではもう、「ただの家畜係」には戻れないかもしれない。


「……チコリア」


 背後から抱きしめられた。

 血と汗と、そして高貴な香水の匂い。エスム様だ。


「怪我は……」

「ありません。閣下こそ、腕の傷は?」

「かすり傷だ。それより……君の鞭さばき、素晴らしかった。あれだけの魔物を跪かせる支配力。……私の目に狂いはなかった。君こそが、私の生涯の主だ」


 彼の発言は、どうにも言葉通りの意味に聞こえない。顔も幾分かデレデレしているし…ドMは空気を壊す存在だわ。

 

「さあ、ショーは終わりだ」


 エスム様は私から離れると、その表情を一変させた。

 先ほどまでのデレデレした顔ではない。

 北の国境を守る冷酷な将軍の顔。いや、それ以上に恐ろしい、「リバシブル(反転)」したドSの顔だ。

 彼はゆっくりと剣を鞘に納め、会場の隅で震えているエラリア姉さんの方へ歩き出した。

 その歩みは優雅だが、背後には本物の死神が見えるようだった。

 姉は腰が抜けて立てないようで、両親の後ろに隠れようとしているが、両親もまたガタガタと震えている。


「さて……。私の愛する妻(予定)と、可愛いペット(私)を危険に晒し、あまつさえ神聖な宴の場を汚した罪……たっぷりと償ってもらおうか」


 エスム様の低く、凍てつくような声が響いた。

 姉の顔色が、土気色に変わる。

 私はララが持ってきてくれた冷たいブドウジュースを受け取り、ストローでちゅーっと吸った。


(……自業自得ね)


 助けるつもりは毛頭ない。

 むしろ、私の平穏な生活を脅かしたツケは高い。

 エスム様の「お仕置き」がどれほど執拗で恐ろしいものか、私はまだ知らないが、きっと魔物退治よりも恐ろしいことになるだろう。

 私はグラスを片手に、少し離れた場所からこっそり様子を伺う事にした。

 ちょっぴり疲れたのと、大勢の前で鞭を振るった事の羞恥が今になって襲いかかってきた。

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