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無能と蔑まれた少年、神々の血統だった〜辺境で育てた村が、いつの間にか神話の舞台に〜  作者: 妙原奇天


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第4話 沈む祠と白い影

 帰路についたのは、夕刻の前だった。

 山を下る途中、空が鉛色に変わり、風が冷たくなった。

 足元の土が湿り、霧の匂いが濃くなる。

 谷の向こうから雷鳴が響き、エンデが低く呟いた。


「雨……いや、これは嵐だな」

 ルークは頷いた。「急ぎましょう。祠が……何か呼んでます」


 言い終える前に、風が唸り声を上げた。

 谷の底から立ち上る黒い影。霧が裂け、その中心に人の形が浮かび上がる。


 白衣――教団の祈祷師だった。

 顔は仮面で覆われ、金の模様が刻まれている。

 杖の先には、淡く光る水晶が嵌め込まれていた。


「天の欠片を奪いし者よ」

 祈祷師の声は、男とも女ともつかぬ。

「その血を返せ。神の息は我らのもの」


 エンデが剣を抜いた。

「また教団か。しつこい連中だ」

「無益な争いは――」とルークが言いかけた時、祈祷師が杖を地面に突き立てた。


 ――ずん、と大地が鳴る。

 土が波のように盛り上がり、二人の足元を裂いた。

 ルークは咄嗟に飛び退き、崩れる岩肌を掴んだ。

 下は谷。そこに、光る水が渦を巻いている。


「ルーク!」

 エンデが手を伸ばしたが、次の瞬間、足元の地面が砕けた。

 ルークの体は闇へと落ちた。



 ――冷たい。

 目を開けると、水の中だった。

 青白い光が辺りを満たし、息をしても苦しくない。

 ゆらゆらと漂う中、ルークは不思議な静けさを感じた。


 前方に、祠があった。

 水中に沈み、苔むした石が揺らめいている。

 その中心に、黒い穴――否、門のような空洞があった。

 そこから、声が聞こえる。


 ――息を継げ。神の子よ。


 水の流れが逆巻き、ルークを門の方へ引き込んだ。

 体が光に包まれる。



 視界が反転する。

 そこは、かつての世界だった。


 大地に巨人が歩き、空に翼ある影が飛んでいる。

 山が呼吸し、海が歌う。

 そして中央に、一人の青年が立っていた。


 白銀の髪、金の瞳。

 彼は手に七つの石板を持ち、空へ掲げた。


「これが“始まりの契約”だ」

 その声が、ルークの胸に響く。

「我ら神族は地に還る。だが血脈は残す。

 誰かが土を聴く日、再びこの世界に息が戻るだろう」


 青年の視線が、まっすぐにルークを貫いた。

 ――お前が、その“誰か”だ。


 光が爆ぜ、幻が崩れる。



 息を吸うと、肺に空気が戻った。

 水面を割って顔を出すと、そこは崩れた洞窟の中だった。

 祠が半ば沈み、中央には青く輝く石が浮かんでいる。

 ルークは震える手でそれを掴んだ。


 ――三の祠、息を継ぐ。


 また声が響いた。

 光が広がり、天井の裂け目から水が流れ出す。

 やがて嵐が止み、静寂が訪れた。


「ルーク!」

 崖の上からエンデの声がした。縄が垂れ下がる。

 必死に登るルークを引き上げ、彼は安堵の息を吐いた。


「生きてたか……!」

「ええ。少し、見ました」

「何を?」

「この世界が……まだ、息をしていた頃を」


 エンデは黙って頷いた。

 ルークの掌の石が淡く光る。

 それは、確かに生きていた。


「教団は……?」

「逃げた。だが放っておかんだろう」

「ええ。いずれまた来ます」

 ルークは空を見上げた。

 嵐が去った空に、一本の糸がかかっていた。

 前よりも太く、明るい。


「この糸、見えますか?」

「……ああ。まるで空の傷のようだな」

「きっと、次の祠に続いてる」


 エンデは剣の柄を握り直した。

「次の祠は、どこだ」

 ルークは目を閉じ、糸の揺れに耳を澄ました。

 微かな音が、胸の奥を震わせる。


 ――北。氷の谷。


「北です。氷の谷に、四の祠が」

「氷の谷だと? そこはもう人の住む地じゃない」

「それでも、行かないと。

 欠片が揃えば、この世界は――きっと息を吹き返します」


 エンデは短く笑った。

「無能のルークが、神を呼び起こすとはな。面白い」

「まだ、無能ですけどね」

「そう言えるうちは、大丈夫だ」


 二人は立ち上がり、谷を見下ろした。

 霧が晴れ、遠くに薄い光の糸が揺れている。

 それは、途切れた神話の続きを描く筆のようだった。


 モナ婆の声が、どこかで風に混じって響いた。

 ――土は眠らず、息を継ぐ。


 ルークは拳を握り、歩き出した。

 掌の石が温かく光り、

 その光が、遠く北の空を照らしていた。


(第4話 了/次話「氷の谷の祈り」へ)

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