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無能と蔑まれた少年、神々の血統だった〜辺境で育てた村が、いつの間にか神話の舞台に〜  作者: 妙原奇天


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第3話 祠の欠片

 翌日の朝、空の糸は霞に溶け、ほとんど見えなくなっていた。

 けれど、ルークの掌には確かに残っている――あの夜拾った黒い欠片。

 触れるたび、石の奥から低く響くような音がする。まるで遠い鼓動だ。


 「見張りを増やせ。教団の偵察が森に入った」

 村の柵の外で、エンデが部下たちに指示を飛ばしていた。

 その声は、鋼のように冷たく強い。

「数は少ないが、油断するな。やつらは“祈り”で刃を研ぐ連中だ」


 ルークはそのやり取りを聞きながら、手の中の欠片を見つめていた。

 黒曜石のような滑らかさ。だが、陽の光にかざすと、内部に淡い紋様が浮かぶ。

 それは、祠の石板に刻まれていた“輪と線”の一部と同じだった。


「……残りの欠片を見つけて、繋げろ、か」

 誰に頼まれたわけでもない。ただ、その声がまだ耳の奥に残っている。



 昼過ぎ、村の子どもたちが井戸のそばで騒ぎ出した。

「兄ちゃん、変なのが出てきた!」

 駆けつけると、井戸の縁に銀色の泡が浮いていた。

 泡は一瞬、光を帯び、やがて水面の上に“光の模様”を描いた。

 それは地図のようにも見えた。

 谷の西、岩山のふもと――そこに印が灯っている。


 モナ婆が杖をつきながら目を細める。

「呼んでるねぇ。祠の仲間だよ」

「仲間?」

「祠は一つじゃないさ。この窪地に七つあるって言われてる。糸はそれを繋ぐための道なんだよ」


 ルークは息を呑んだ。

 七つの祠――それが神々の血脈。

 なら、この欠片は、その“鍵”か。


 「行こう」

「一人でかい?」モナ婆の声には不安が滲んでいた。

「エンデにも話してみます」

「気をつけるんだよ。教団の目は“光るもの”に集まる」



 その夜。

 ルークはエンデの天幕を訪ねた。

 隊長は地図を広げ、部下と小声で話していた。

 焚き火の光が彼の横顔を照らす。疲労の影が深い。


「……祠を、探したいんです」

 エンデは顔を上げた。「祠?」

「井戸の水が示しました。西の岩山です。欠片を……取り戻さないといけない気がします」

「気がする、か」

「説明できません。でも放っておくと、この光が――」

 ルークは掌を見せた。淡い白い線が浮かび上がっていた。

「――止まらなくなりそうなんです」


 沈黙のあと、エンデは地図を指でなぞった。

「確かにこの辺り、昔“神祠しんし”があったと記録にある。だが今は崩落地だ。教団の信徒も潜む。危険すぎる」

「それでも行きます」

「ならば護衛をつけよう。俺も行く」

「隊長が? ここを離れたら――」

「心配するな。村は副官に任せる。お前の言う“光”が本物なら、放っておくほうが災いを呼ぶ」


 エンデは剣を取った。

「無能のルーク。お前の道に付き合ってやる」



 翌朝。霧の中を二人は歩いた。

 谷を抜け、岩肌が露出した山道を登る。

 風が強く、砂が頬を打つ。


 途中、ルークの手の欠片がかすかに光った。

 導かれるように進むと、岩壁の裂け目に出た。

 そこには、古びた石柱が並び、中央に半ば埋もれた祠があった。


「これが……」

 祠の前には、崩れた像と、焦げた匂いが残っていた。

 誰かがここを壊そうとした形跡。

 エンデが剣を構えた瞬間、背後の茂みが揺れた。


「動くな」

 現れたのは、白い法衣を纏った男だった。

 胸には金の太陽紋――聖王教団の印。

「その石を、渡してもらおう」


 エンデが剣を前に出す。「やはり来たか」

 男は笑った。「“天の欠片”を持つ者よ。汝は神の名を盗んだ背信者だ」

「盗んでなど――」

「神の声を聞くと言ったな。それこそ罪だ」


 男が杖を掲げると、足元から光の陣が広がった。

 空気が震え、砂が舞う。

 ルークの胸の紋が共鳴した。


「エンデさん、離れて!」

 光が弾けた瞬間、ルークは欠片を掲げた。

 胸の中から熱が走り、掌から糸が伸びる。

 それは祠の中心に突き刺さり、土と石を縫い合わせた。


 轟音。

 岩が割れ、祠の奥から黄金の光が吹き上がる。

 教団の男が悲鳴を上げ、光の中に吸い込まれた。


 眩しさの中で、ルークは確かに見た。

 欠片が祠の中心に吸い込まれ、そこに新たな紋が刻まれる。


 ――“二の祠、息を継ぐ”


 声が、風の中に響いた。


 光が収まると、祠の前には一枚の石板が残されていた。

 古代文字が刻まれ、淡い光を放っている。

 エンデが慎重に拾い上げた。

「……これが、お前の探していたものか」

「多分、そうです」


 ルークは掌を握りしめた。

 糸は再び空へ伸び、祠を繋いでいる。

 そして、彼の背後で風が囁いた。


 ――あと五つ。


 ルークは深く息を吐いた。

「行かないと」

「戦になるぞ」

「それでも、行かなきゃ。世界が……息を止めてる気がする」


 エンデは頷いた。

「いいだろう。ならば、次の祠まで、俺が付き合う」


 風が糸を揺らす。

 空の向こうで、微かな光が瞬いた。

 それは、まだ遠い神話の呼吸だった。


(第3話 了/次話「沈む祠と白い影」へ)

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