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小さな火種

昼下がりの市場は、今日も賑わっていた。

香ばしい焼き菓子の匂い、商人の掛け声、笑い声――。

ナナイはリアと肩を並べ、人混みの中を歩いていた。


そのときだった。


「よお、薬屋の娘」


前に立ちはだかったのはマスタルだった。

取り巻き二人を従え、いやに余裕ぶった笑みを浮かべている。

リアの胸元に視線をやると、ひょいと手を伸ばした。


「可愛い首飾りじゃねえか。俺が預かってやるよ」


リアの首飾りが、乱暴に引きちぎられた。

「やめて!」

リアの声は、ざわめく市場にかき消される。


マスタルは指先で光る石をもてあそびながら、鼻で笑った。

「こんな安物、俺が持ってた方が似合うだろ?」


ナナイの胸に熱が走った。

頭で考えるよりも先に、身体が動く。


次の瞬間――。


マスタルの手首が、強く掴まれていた。

「なっ……!」

その力に、マスタルの笑みが一瞬崩れる。


ナナイの瞳は真っ直ぐだった。

怯えも迷いもない。ただ、リアを守るための意志だけがそこにある。


「返せ」

低い声が、静かに響く。


市場のざわめきが止んだ。

周囲の視線が集まり、空気が重くなる。


マスタルは一瞬たじろぐも、すぐに顔をゆがめた。

「てめえ……!」


――この小さな出来事が、やがて村全体を揺るがす火種ひだねになるとは、まだ誰も知らなかった。

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