新しい名
少年は村長カイザル・シロマの指示で、薬師ルヴェインの家へ運ばれた。
川辺からほど近い木造の家。棚には薬壺が並び、干した薬草の香りが漂っている。
ベッドに横たえられた少年を見て、エルネスト・ルヴェインは眉をひそめた。
「痩せすぎているな……長く食べていなかったのか」
彼は落ち着いた手つきで脈を取り、額に布を当てる。
その横で、娘のリアが目を見開いていた。
「この人、どこから来たんだろう……私たちと違って丸い耳をしているわ」
栗色の髪が揺れ、白い頬が不安に染まる。
やがて少年がゆっくりと瞼を開いた。
光を探すように瞬き、天井を見つめる。
「……ここは?」
リアは小さく息をのんだ。
「気がついたのね! ここはアマミ村よ。私はリア。薬師の娘なの」
少年は戸惑いの表情を浮かべる。
思い出そうとするように額に手を当て――しかし、何も浮かんでこない。
「……僕は……」
沈黙。名も、過去も、言葉にならない。
エルネストは静かに言った。
「思い出せぬのなら、無理に語らずともよい。ここではゆっくり休むといい」
リアは少し考えてから、微笑んだ。
「名前がないと不便よね。名無し、ナナシじゃあ可哀想よね……。あなたが名を思い出すまでは『ナナイ』って呼んでもいい?」
「ナナイ……?」
少年はその響きを口の中で転がす。
そして、小さく頷いた。
「……うん。僕は、ナナイ」
こうして少年は「名無し」から「ナナイ」へ。
新しい名を持ち、アマミ村での生活を始めることになった。




