残火
アマミ村を覆っていた轟音と咆哮は、夜の闇に溶けるように静まり返っていた。
御神木の根元に広がる避難所の入り口が再び開かれ、人々が恐る恐る外へと出ていく。
しかし、彼らの目に映ったのは――無惨に変わり果てた故郷の姿だった。
石畳は割れ、木造の家々は半ば潰れ、血の匂いが夜風に混じる。戦った剣士たちの亡骸があちこちに横たわり、仲間や家族を探して泣き崩れる声がそこかしこから響いた。
御神木もまた、深く抉られた傷跡を残していた。神聖なる樹皮が削がれた部分からは白い樹液が流れ落ち、まるで村の痛みを代弁するように地面を濡らしている。
剣士隊長をはじめ、多くの熟練戦士が倒れた。犠牲は決して少なくはない。
それでも――巨大異形種は討たれ、村は守られたのだ。
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避難所の片隅。
薬師たちの手は今も絶え間なく動いていた。負傷者を担架に寝かせ、血を止め、薬を塗り、火照る額に布を当てる。
リアもまた、必死に働いていた。
小さな手が震えても、泣きそうになっても、それを飲み込み傷口を押さえ続ける。
だが心の奥底では、ただひとつの名を叫んでいた。
――ナナイ。どうか、どうか生きていて。
その願いは祈りとなり、胸の奥で熱を持ち続ける。
バルガスもまた、避難所の片隅で膝を折り、ぶ厚い掌を組んでいた。
「神様……どうか、ライラを……あいつだけは……」
屈強な商人の肩が、小刻みに震えていた。
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そして夜明け前。
一つの寝台で、誰よりも深い眠りについていた少年が、わずかに瞼を震わせた。
ナナイである。
「……う、うぅ……」
かすかな呻き声に、傍らで眠りかけていたリアが顔を上げる。
「ナナイ……!」
涙に濡れた瞳で彼の手を握りしめる。
「ナナイ! よかった、生きて……生きていてくれた……」
まだ意識は朧げで、声も掠れている。
「……リア……? 村は……」
リアは大きく首を振る。
「村は……守られたわ。みんな……あなたが守ってくれたの」
堰を切ったように涙が零れ落ちる。
ナナイは、安堵と共にその言葉を受け止めた。
身体は痛みに軋み、まだ動ける状態ではない。
だが、心だけは確かに燃えていた。
その時、避難所の入口から大きな影が現れる。
ライラだ。顔も体も返り血にまみれ、疲労でふらつきながらも、彼女は笑っていた。
「目ぇ覚ましたかい、坊や」
豪快に笑い、親指を立てる。
「いい戦いっぷりだった。あんたがいたから、私らは折れずに済んだんだ」
リアがナナイの手を握り、ライラが笑い飛ばす。
村の痛みと犠牲の重さを抱えながらも――その場には確かに、希望の灯が残っていた。
ナナイは息を整えながら、心の奥で呟く。
――まだ終わりじゃない。俺はもっと強くならなきゃならない。
村を、人を、リアを守るために。
その時、彼の脳裏に浮かんでいたのは、戦いの最中に突きつけられた現実だった。
短剣二刀流では届かないものがある。刃を叩きつけても、深く貫けない。
巨大異形種の目を前にした時、確かにそれを思い知らされた。
「……俺には……俺だけの剣が必要だ」
まだかすれた声でつぶやくその言葉を、リアとライラは聞き取れなかった。
だが、その呟きは誰よりも深く、ナナイ自身の心に刻まれていた。
朝焼けに染まる御神木が、まるで新たな道を示すように静かに光を浴びていた。




