死闘
巨大異形種の咆哮が、夜空を震わせた。
紫の瘴気が吹き荒れ、御神木の根元は闇に呑まれる。
「行くぞッ!」
ルークが長剣を振りかざし、ライラが戦斧を構える。
ナナイは二本の短剣を逆手に握りしめ、枝から飛び降りた。
八本の触手が暴風のように襲いかかる。
カイリたち剣士隊が必死に食い下がるが、一本が振るわれるたびに数人が宙を舞い、地面に叩きつけられる。血の海が広がった。
⸻
そのころ、御神木の地下。
石壁に囲まれた避難所は揺れ続けていた。
天井から砂がぱらぱらと落ちるたび、村人たちの悲鳴が響く。
「大丈夫だ、ここなら安全だ……!」
声を張り上げる男の震えは、恐怖を隠しきれなかった。
薬師や医師たちは、床に並べられた怪我人の処置に追われている。
触手によって負った傷口からは徐々に黒い斑点が拡がり、それとともに体の自由は奪われ麻痺していく。
医師たちは血で染まった布を必死に替え、薬草を擦り潰し、叫び声に耐えながら縫合を続けた。
その中に、リアの姿もあった。
額に汗をにじませ、黒い斑点が拡がる傷口を押さえ、震える手で薬を塗り込む。
「お願い……お願いだから、助かって……!」
リアの掌は、ぼんやりと光を纏っていた。
地上から轟く咆哮と地響きに、避難所全体が揺れる。
リアは両手を胸に組み、目を閉じた。
(ナナイ……無事でいて! どうか……!)
別の隅では、肩を落としたバルガスが両手を合わせていた。
屈強な体は震え、声はかすれていた。
「アマミの神様……どうかライラを守ってくだせぇ……あの子だけは……!」
避難所の中、村人たちの嗚咽と祈りが重なり合う。
地上で続く戦いの衝撃が、彼らの心を容赦なく揺さぶっていた。
⸻
「弱点はある……あの赤眼だ」
三つ並ぶ赤い目。中央のひとつは異様に大きく、禍々(まがまが)しい光を放っている。
矢の一射が偶然そこに刺さり、巨大異形が絶叫した瞬間、ナナイは確信した。
――ここだ。
「みんな!目を狙え!」
弓隊の剣士たちが一斉に矢を放つ。
触手が弾き飛ばす、その一瞬の隙を突き――ナナイは枝から枝へと跳躍し、御神木を蹴って急降下した。
「はぁあああッ!」
二振りの短剣が閃き、中央の目に突き立つ。
ガキィン――金属のような硬さに阻まれ、刃は食い込むが、核心には届かない。
「クソッ……浅い!」
触手が振るわれ、殺到する。
ナナイは身を翻し、木の幹を蹴って再び樹上へ。
触手の先端が頬をかすめ、皮膚に黒い斑点が浮かび、全身が痺れる。
「ナナイ!」ライラの叫び。
「まだだ……やれる!」
ルークとライラも加勢し、左右の小さな目を同時に粉砕する。
だが――すぐに再生が始まった。
「……間に合わねぇ!」
「くそっ!」
ナナイは歯を食いしばり、再び中央の目へ飛び込む。
触手の鎌が嵐のように襲いかかる中、レオンが自分の長剣を投げた。
「ナナイ!これを使え!」
受け取ったナナイは、渾身の力で刃を突き立てた。
バキィッ!
剣が砕け、裂け目はわずかに広がったものの、またも核心には届かない。
左右の目が再生を始める。異形が絶叫した。
「ここまでか……!」
ルークとライラが触手に押され、後退を余儀なくされる。
全身が麻痺に襲われ、膝を折るナナイ。
「まだ……俺は……」
その瞬間――
轟音と閃光が夜を裂いた。
雷が走り、中央の目、ナナイが穿った一条の裂け目に白き剣が深々と突き刺さる。
紫黒の瘴気が裂け、巨大異形が絶叫する。
「すまない、待たせたな……ナナイ!」
振り返れば、雷を纏う剣士――師範ヘイクの姿。
彼の長剣は、雷鳴と共に異形の核心を貫いていた。
「師範……!」
異形は断末魔を響かせ、紫黒の霧となって崩れ落ちた。
同時に、御神木を齧り続けていた無数の異形も、一斉に動きを止め、統率を失い霧散していく。
静寂が訪れた。
村人たちの嗚咽が御神木の下から溢れた。
地下で祈っていたリアは涙を流し、バルガスは天を仰いで手を合わせた。
「神よ……ありがとうございます……」
ヘイクは崩れ落ちそうなナナイを抱き止め、低く囁く。
「よくやったな、ナナイ……本当に」
その声を最後に、ナナイの視界は闇に閉ざされた。
夜空に雷光の余韻だけが残り、村はかろうじて守られたのだった。




