襲撃
平穏が一変したのは、その翌週だった。
森を駆ける地竜の蹄音が、村の夜を震わせる。血に塗れた剣士が、門前へと倒れ込んだ。
「異形種……奴らが……集団で……」
息絶える寸前に、彼は告げた。
「見たこともない数だ……商隊も護衛も壊滅した……村へ向かっている……後方から……聞いたことのない……咆哮が……」
言葉を残し、護衛の剣士は事切れた。
門番の剣士は即座に指示を出す。
「防壁を固めろ! 全住民に避難を知らせろ!」
御神木『アマミの大木』の根元に広がる地下避難所――二千人を収容できる巨大空間の扉が一斉に開かれる。複雑に絡み合う根の隙間に隠された複数の入口から、村人たちは雪崩れ込む。
リアもまた、足を痛めた老人を支えながらその列に紛れ込んでいた。
「急げ! 急げ!」避難所の入口を守る門番が叫ぶ。リアと老人は、なんとか避難所に辿り着いた。
その瞬間、森から地響きが轟いた。禍々(まがまが)しい雄叫びが夜空を裂き、アマミ村は地獄の戦場へと変わろうとしていた。
警告の鐘の音が鳴り響く。直後、森の闇から押し寄せるのは、黒き群れ――夥しい数の異形種だった。
無数の触手を振り乱し、牙を剥き、奇声を上げながらも、その進軍には奇妙な統率があった。村の外壁をなぎ払い、崩れた石壁を踏み越え、一直線に――村の中央、御神木『アマミの大木』へと向かう。
「止めろォォッ!」
前線に立つ剣士隊の一人が咆哮した。
異形種の触手が振り下ろされ、鎌のような切先が若き剣士の胴を一瞬で真っ二つにする。鮮血が夜気に飛び散り、仲間の顔にまでかかる。腕を吹き飛ばされた者が、絶叫をあげながら倒れる。まるで地獄そのものだった。
「怯むな! 村の中央を守れ!」
老練の剣士隊長が叫び、血に濡れた長剣を振り抜く。触手の根元、瘴気の隙間を狙い一本を斬り落とす。紫黒の粒子が霧散する。
「右から来るぞ!」
建物の屋根に構えた弓兵が矢を連射し、群れを押し返す。『アマミの大木』に登った弓部隊も矢を雨のように降らせ、次々と異形種の赤い目を射抜いていった。だが、倒しても倒しても群れは止まらない。
触手が人を掴み、振るい、鮮血が宙に散る。剣士が吹き飛ばされ、頭部が砕け、村人の悲鳴が夜を裂いた。
「……なぜだ、なぜ真っすぐ御神木に……」
剣士たちは戦いながら、その意図を悟り始めていた。――もしや、人々の集まる場所を、奴らは感知しているのか?
村の街並みは次々と破壊され、家々は炎に包まれ、泣き叫ぶ声が響く。剣士たちは血を吐きながら、御神木に至る道を塞ぎ続けた。
その中で――異形種の群れに追われる竜車があった。
「父さん、私が行く!」
叫んだのは、バルガスの娘ライラだった。
混乱の中、竜車を避難所に向けるバルガスは、一瞬だけ目を閉じ、娘の背に手を置く。
「……お前の斧を信じている。頼んだぞ、ライラ!」
「おう! まかしときなっ!」
赤褐色の肌に光る汗。ライラは戦斧を肩に担ぎ、もう片手には鋭い鞭を握り、竜車から飛び降りた。
「おらァァッ!」
巨大な戦斧を振り抜けば、異形種の頭部が叩き潰され、鞭を振れば触手ごと吹き飛ぶ。しなやかな体躯が戦場を舞い、剛力族特有の怪力と女性らしいしなやかさを兼ねた戦いぶりに、周囲の剣士たちは息を呑んだ。
「白面の剣士ども! もっと気合い入れて頼むぜえ!」
ライラは剣士達に向け発破をかける。
「なんという力だ……!」
「剛力の女戦士だと……!」
「負けてらんねぇな!」
驚嘆の声が上がるたびに士気が高まり、剣士たちは再び立ち上がる。
その頃、ルークは長剣を振るい、仲間を守り続けていた。
「退くな! 一歩でも引けば、村が終わるぞ!」
「ヘイク師範がいない今!俺たちで村を守るぞ!」
そして、血に濡れた短剣を握るナナイもまた、恐怖を超えて突き進んでいた。
「俺は……絶対に守る!」
三人の奮戦は、次第に同じ一点――御神木の根元へと収束していった。無数の異形種を切り伏せ、斧で粉砕し、鞭で薙ぎ払いながら。
やがて三人は、御神木の樹上に駆け上がり、合流した。そこから見下ろした戦場の光景に、全員が息を呑む。
大地を震わせる地響き。紫の瘴気に包まれ、森を割り裂き、三十メートルはあろう巨躯が現れた。九本の触手が空を覆い、三つの赤眼が村を睨む。
「化け物め……!」ライラが吠える。
「……来たな。あれが……親玉か」ルークが呻くように言った。
ナナイは短剣を握り直す。胸の奥に渦巻く恐怖を押し込み、眼前の巨体を睨み据えた。
「……絶対に、ここで止める」
異形の巨影が揺らめきながら進軍する。村を覆う瘴気の中、巨体が地を踏み鳴らすたび、地鳴りが村を揺さぶった。
「来るぞ!」
「止めろォッ!!」
剣士隊が一斉に叫びを上げ、群がる。
巨大異形種の九本の触手が嵐のように暴れ回る。一本が横薙ぎに振るわれただけで、三人の剣士が吹き飛び、建物ごと壁に叩きつけられる。鮮血が飛び散り、土と混じってぬかるみとなる。
だが――剣士たちは怯まなかった。
「三人一組で根元の隙を狙え! 一人では切れない大きさだ! 息を合わせろ! 再生させるな!」
ナナイが見つけた必勝の法則は、しっかりと剣士達に伝わっていた。
白嵐流、炎流、この村の二大剣士たちは戦いの最中に連携を見出していた。触手の根元に同時に斬撃を加えれば、触手を消滅できる。
「行くぞ!」
合図と共に三人の剣士が一斉に走り込む。あの公式試合で剣を交えた因縁のレオンとガルド、そして炎流大将のカイリが指揮をとる。
「今だッ!」
鎌状の切先を掻い潜る。
「息を合わせろ! 3、2、1…」
ズバアッ!
黒く霧散し、一本が消える。
「やったか!」ガルドの声が響く。歓声が上がる――だが、束の間のこと。
「駄目だ! 浅い!」レオンが叫ぶ。数十秒と経たぬうちに、紫の瘴気が集まり、黒い触手が再び蠢き出す。
「ちっ! 根元に届いていなかったか!」カイリ達は体勢を整える。
異形種の触手は、根元から確実に切り落とさねば瞬時に再生する。
また一本の触手が復活した。
「……これじゃ、間に合わない!」
「触手を切らねば本体に近づけないのか…」
「九本全部を……どうやって……!」
絶望が忍び寄る。
それでも剣士たちは隊を組み、繰り返し触手に挑む。だが、その代償はあまりに重かった。斬り込む前に薙ぎ払われ、腕を吹き飛ばされた者。斬撃の直後に別の触手に貫かれ、体を串刺しにされた者。呻き声が、血飛沫が、戦場を覆っていく。
ナナイは御神木の枝の上で冷静に敵を分析していた。触手の鎌が閃き、空を裂く。仲間たちが散り、必死に抗う声が木霊する。
(やっぱり……ただの力押しじゃ勝てない……! 再生の速さがあまりにも異常だ……!)
「見極めてやる!」
ナナイは短剣二刀を構え、枝を蹴って宙を舞う。触手の合間を縫い、瘴気の隙を正確に狙い続ける。ライラも大斧を振るい、ルークは剣で仲間を庇い続ける。
「根元を狙え! 絶対に止めるんだ!」
御神木の周囲は地獄と化していた。長く伸びる触手が嵐のように振るわれ、剣士たちは次々と弾き飛ばされる。根元を斬り、消滅させられたのは右の一本だけ。カイリ達は必死に喰らい付いている。
まだ、残り八本が健在だ。
「駄目なのか!」
「おい……嘘だろ……!」
「これ以上は……もたねぇ!」
背後では小型の異形種が押し寄せ、建物が次々と崩壊していく。人々の悲鳴と剣士たちの怒号が響き渡る。
それでもナナイは冷静だった。
「きっと弱点があるはずなんだ」
彼の視線の先、巨体は触手を揺らしながらも、着実に御神木へと進軍していた。
御神木に辿り着いた異形種の群れは、触手で幹を削り始める。樹上の弓隊は一斉に矢の雨を降らすが、無限に押し寄せる異形種に気持ちを折られていた。
触手が再生するたびに剣士の数は減り、犠牲が膨れ上がる。
「くそっ! まだ一本しか切り落とせてないぞ!」
「駄目だ……止められねぇ……!」
「御神木に……行かせるな!」
だが巨影は止まらない。巨大な触手が樹皮を削る爪音がすでに聞こえてくる。
ナナイ、ルーク、ライラは枝の上で息を呑んだ。その瞬間――
「来るぞッ!!」
ドォンッ!!
巨大異形種が、地を破るほどの轟音をたて、ついに御神木の根元へと到達した。悪寒を誘う気味悪い呻き声を響かせ、紫黒の瘴気を吹き荒らしながら、牙を剥き、残る八本の触手を振りかざす。
ここから――三人と巨影の死闘が幕を開けた。




