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紫黒の瘴気

商隊護衛訓練は二日目に突入していた。

ナナイは地竜ちりゅうの背にまたがり、ライラやルーク、数名の剣士と共に森を進む。


マダル種の地竜が引くバルガスの荷車には、織物や薬草、武具がたっぷり載せられている。

そのかたわらを、ナナイとライラが走った。


「気を抜くなよ!」ライラが声を上げる。

戦斧せんぷを肩に担ぎ、むちを軽く振りながら森の奥を警戒する。


ナナイは息を整え、二振りの短剣を両腰に収めた。

「はい、わかりました」


ライラは小さく微笑ほほえみ、ナナイの頭を軽く叩いた。

「お前、緊張しすぎだよ。訓練で怪我だけはさせねぇからな。少しは力を抜いときな」


その豪快な笑顔に、ナナイは少しだけ心がなごんだ。


道中、地竜での移動に慣れないナナイに、バルガスが声をかける。

「ナナイよ、聞け。森の奥で最近、黒い触手しょくしゅを持つ“異形種いぎょうしゅ”の目撃が増えてる。

 奴らは商隊を襲い、荷を奪い、時には人まで食らうと聞く」


ナナイは息をむ。

「……それって、本当に……?」


「本当だ。噂じゃねぇ。俺の商隊でも目撃例がある。

 それに、奴らは倒せねぇって話も聞いた。薄暗くなる頃に現れ、日の下では姿を消す。とても生き物とは呼べぬな」


ライラは背を伸ばし、戦斧せんぷを握り直す。

「ふん……もし、そいつらが出てきたら挨拶あいさつ替わりに優しくでてやろうぜ」


その豪快さに、剣士たちは緊張の糸を少し解かれる。


森を進む商隊を、不穏ふおんな風がでた。

枝葉えだはのざわめきが妙に耳に残り、獣の気配ではない異質な存在感が迫ってくる。


「……止まれ」


剣士隊長が短く告げた瞬間、紫黒しこく瘴気しょうきまとった異形いぎょうが森の影から飛び出す。


「来やがったか!」ライラが戦斧せんぷを構え、地竜ちりゅうを守るように前へ。


異形の体は人の二倍ほど、節足せっそくの脚を持ち、尾と合わせ五本の触手をうごめかせていた。

先端はかまのように鋭く、空を切る音だけで皮膚が粟立あわだつ。


「避けろォッ!」ルークの声と同時に触手がうなり、荷車をぐ。

商人たちの悲鳴が響く。


ナナイは宙へ舞った。

木から枝へ、枝から枝へ、鳥のように軽やかに。

剣士たちが目を奪われる中、ナナイはさやに納めた短剣を抜き、構えた。


――一閃いっせん

触手を斬り飛ばした。


しかし、斬り落としたはずの触手は、紫の霧をまとってまたたく間に再生していく。


「嘘だろ……!?」剣士が叫ぶ。

「再生してやがる!」ルークが歯を食いしばる。


ナナイの瞳が細められた。

――根元に、わずかに瘴気しょうきのないすき


(そこか……!)


枝を蹴って跳躍ちょうやく紙一重かみひとえで触手をくぐり、瘴気しょうきすきへ。

疾風しっぷうのごとく短剣が走り、根元を断つ。


ズバァッ!


触手は痙攣けいれんし、瘴気を散らして消え去った。


「根元だ!瘴気が途切れてる部分を狙え!」


「分かった!」ルークが続き、仲間たちも次々と弱点を突く。


ライラの戦斧せんぷが豪快に振り下ろされ、触手が二本、消滅する。

「触手が無きゃ、ただの芋虫いもむしだろうがッ!」


異形は苦悶くもんの声を上げ、体をよじらせる。


最後の一撃はナナイ。

樹上から飛び降り、両の短剣を交差させ、頭部を断ち割る。

異形は黒霧くろぎりと化して消え去った。


「……倒したのか?」

「なんとか、な」ライラが息を荒げ、ナナイの背を叩く。


ナナイは短剣を握り直し、低くつぶやいた。

「……こんな奴らが一体どれだけいるんだ…」


瞳は冷たく燃えていた。


ライラは汗を拭いながら笑う。

「ナナイと言ったな。お前の戦術眼せんじゅつがん、たいしたもんだ。助かったぜ」


ナナイは短剣を握り直し、ライラの目を見つめる。

「必死でした。一人では…無理でした」


「誰もがそうさ! 一人で守れない時は、皆んなで守りゃあいいんだよっ!」

ライラは豪快に笑い、ナナイの背をぽんと叩いた。


-----


村に戻る商隊の夜、バルガスは火を囲み、剣士達と商人仲間たちに告げる。

「異形種の目撃情報は、どんどん広がっている。

 ワシ含めここにいる商人どもは、ナナイが見つけた異形種との戦い方と触手の弱点を各地に伝えてまわる」


すると、剣士隊長がすっと立ち、ナナイを見つめ話し始めた。

「被害も少なく、奴らを倒す方法が見つかったのはナナイのお手柄だ。

 一歩間違えば、商隊も我々も壊滅かいめつしていたかもしれん」


剣士隊長はバルガスに目を向けると、

「バルガスさん、私は一足先に村に戻ります。

 剣士隊に今日の事を伝え、白面はくめん騎士団始め各地の剣士隊に向け、大至急伝令を出すよう天竜てんりゅう族の飛脚ひきゃくも手配しておく」


剣士隊長は地竜ちりゅうまたがり、バルガスに頭をさげると、そのまま部下の一人を連れ足早に森の闇へと消えた。


ナナイは、森の奥に潜む黒い触手の影を思い出す。

彼の胸に、剣士としての使命と、守るべき人々への決意が、静かに燃え上がった。

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