中編
『とある村に、好いた女性がいるのだ』
『ぶっ―――!! 本当か!? え、どんな女性なんだ?』
『彼女は、人族なんだ』
『人族!? どうやって知り合ったんだ?』
『たまたま狂暴化した魔獣の討伐でな。彼女は薬草採取でたまたま森の奥に入り込んでいたらしくて』
『へぇええ!! それでそれで!?』
『最初は怯えられるかと思っていたのだが…笑顔で助けてくれてありがとうと言われて…』
『それだけ!? 簡単に落ちすぎだろう!!』
『―――煩い。…初めてだったのだ。あのような姿で、身内以外に笑みを浮かべてもらえるなんて』
『まぁ、恋は落ちるっていうもんなぁ…いい感じなのか?』
『交流はしている。彼女も憎からず思ってくれているはずだ』
『あまり過信しすぎると振られたとき辛いぞ?』
『ははっ、その時は酒を飲みながら話を聞いてはくれまいか?』
『まぁ、魔王陛下ほどの見た目なら普通の女の人はいちころだろうけどな!』
『彼女を伴侶に迎えることになる、と報告できるように手を尽くす所存だ』
――――だから、決まるまでは誰にも話してくれるなよ――――
***
「勇者殿、此度は依頼を完遂してもらい助かった。ささやかながら宴を用意しておる。楽しんでもらえれば幸いだ」
「いえ、勇者として当然のことですので。なぁ、みんな?」
勇者がそう背後のいる仲間にいうと、仲間はにこりと微笑みながら頷いて見せた。勇者一行は一つの国に縛られない代わりに各国から援助を受け、それぞれの国の問題を解決しているのだ。
「勇者様、ぜひ旅のお話を聞かせてくださいませ」
その国の王女が、きらきらとした瞳で勇者を見上げる。綺麗な金の髪に、金緑の瞳に見つめられ勇者は少しだけ頬に朱に染めながらももちろんです、と答える。
色々な国の王族を見てきているが、この国の王女はその中でも五本指に入るほど見目が麗しいと有名でもあった。
「宴まで少し時間を要してな。よろしければ客間で今しばらく体を休まれるとよい」
「感謝いたします」
勇者たちは王族に一礼すると案内されるまま客間でくつろいだ。依頼自体は難しいものではない。だが王族の前ともなると緊張して気疲れしてしまうのだ。
「―――ねぇ、勇者」
「どうしたんだ、魔法使い」
休んでいると魔法使いが勇者にこそりと話しかける。
「この国の王族はあまり信用しないほうがいい」
「? なんでだ?」
「あ、それはあたしも思った」
魔法使いに追従するように聖女も言う。さらには僧侶・斥候ですら小さく頷いていた。
「おうおう、んだよ、俺たちのために宴を用意してくれてんだぜ? なんでそんな」
そう大声で剣闘士が言おうとした瞬間、盾使いがその口を手で塞ぐ。
「悪い国ではありませんが、良い国でもないということです。どこに誰がいるかわからないので下手なことは口にしないように」
盾使いの低い言葉に、剣闘士はこくこくと頷きを見せる。
「そうなのか? まぁ、悪いことをすれば他の国が黙っていないだろうし、俺たちもそこそこで退散するか」
「そのほうが、いい」
勇者の言葉に斥候が首肯する。
「勇者、特に貴方は気を付けたほうがいいです」
「? 俺が? 俺と対抗できる人族なんていないだろう?」
「力では、です。ですが貴方は良くも悪くも素直過ぎます。王侯貴族の誰もが清廉潔白ではないということです」
「そうよ。勇者は人が好過ぎるから気を付けすぎるくらいでいいと思う」
「酷い言われようだな」
勇者がそう考えてしまうのも無理はなかった。人族最強であり、有事の際の最後の砦ともいう自分を謀ろうとする同族が高位の同族にいるとは思えなかったのだ。
しかし勇者がそう考えてしまうのは仲間の守りの所為でも、ある意味おかげでもあった。
彼らは勇者と旅をするほどに彼の性格などを把握し、面倒にならないように常に気を配っていたのだ。勇者とは人族の切り札というべき存在。どの国にも肩入れしないよう、また利用されないように常に気を付けていたのだ。
「だぁいじょうぶだって! 俺だって勇者としてみんなと旅していたんだ。ちゃんと気を付けるよ」
「…」
勇者のあっけらかんとした言葉に、仲間は若干不安そうに見るも最終的には勇者の言葉を信用した。
しかし彼らはのちにこの信用を後悔することになる。
「勇者様、よろしければ」
「王女様っ、そんな」
宴の最中、気づけば勇者の隣には王女が酒瓶を持ちながら微笑んでいた。
王女のような高位の人族が人に酒を注ぐことはおろか、酒瓶を持つことですらありえない。さすがに勇者も焦り、わたわたとグラスを手にした。
「ふふふ、わたくしもお話を聞きたくて侍女にお酒の注ぎ方を聞いたのですわ。お父様にすらしたことがないので勇者様が初めてですわ」
「っ…光栄、です」
ふんわりと頬を染めた王女に、勇者は酒のせいなのか違うものの所為なのが分からない熱が顔にこもる。
「そういえば、勇者様は魔王陛下とお知り合いだとか?」
「え、あぁ、たまに酒を飲む仲では、あります」
「まぁ! そうなんですの? わたくし、遠目でしか拝謁したことがありませんの。どのようなお方ですの?」
王女は勇者のグラスに更に酒を注ごうとし、勇者は慌てて飲み干した。
「とても、良い奴ですよ。いつも民のことを考えていて、それに腹が立つほど見た目もいい」
「まぁ。勇者様ってば、嫉妬されて?」
「そりゃあ、あんないい男が人族にいたら女性はみな彼に目を向けてしまいますから」
ころころと笑う王女に、勇者は少しずつ口調を乱していく。
「勇者様がそのように仰られるなんて…聞いてしまったらわたくしも是非魔王陛下とお近づきになりたいと思ってしまいますわ」
「あぁ、本当に良い奴ですからね。…でもなぁ」
「…どうしましたの?」
勇者は頭が鈍くなっていることに気づくことなく、つい零す。
「いやぁ、好きな人がいるらしいんで」
「…まぁ…本当ですの?」
「本人から聞いたんですよ」
その瞬間、王女の声のトーンが下がったことに勇者は気づけなかった。
「勇者様は、どのような方かご存じですの?」
「え? あーー、確か、国の端の村にいるって聞いたことが…」
「魔王陛下に好意を寄せてもらえるなんて、よっぽど美しい方なのでしょうね」
「あいつはそう言ってたかも! まぁ惚れた欲目というのはあるだろうけど。俺からしたら王女様のほうが綺麗だと…」
「相手の方のお名前とかご存じですの?」
勇者は王女に請われるままぺらぺらと魔王が話していたことをこぼす。魔王から聞いたままに、彼女の容姿や年齢、名前などを。
―――それが全ての引き金になるなんて。
「ねぇ、お父様」
「なんだ、儂の可愛い姫よ」
「わたくし、添い遂げたい方がいるの」
「!! どこの馬の骨だ!!」
「嫌だわ、お父様ってば、お口の悪い」
「しかしだな…!! まさか、勇者一行の誰かなのか!?」
「まぁ、本当なの? それに陛下、この子ももういい年頃ですわ。勇者様一行の方であればこの子を守り通してくれるでしょうし」
「妃よ…、まぁ他国に嫁ぐよりかはマシか…」
王と王妃が話しているのを聞いていた王女は、口元に手を当てながら目を伏せた。その様子にどうやら勇者一行ではないことに感づく二人は、俄かに騒ぎ出す。
「まさか、違うのか?」
「どこのどなたなの? 貴女が嫁ぎたいといっても貴女に相応しくなければ母は許せませんよ?」
「…魔王陛下ですの」
「「!!」」
王女の言葉に二人は絶句する。
人族とは異なる魔族の頂点。確かに王女との身分は釣り合うだろう。それに王たちの目からしても魔王の見目は麗しく王女にも引けを取らない。
王としての力量も問題なく、人格者であるというのが人族の王の共通の認識でもある。しかしそんな魔王は未だに伴侶を持っていない。もし自分たちの娘がそうなれば、自分たちの国は他国から一目おかれるようになるだろう。
可愛い娘を他国に嫁がせるのは心配だし、できる事であれば自国内の有力貴族や婿をとってほしいところだが、それを超えるほどの権力や得られるであろう周りから羨望の眼差しが上回った。
「ふむ…一考するに値する相手ではあるな」
「ですが陛下、わたくしたちのか可愛い姫が苦労することはないのでしょうか?」
そもそも住む環境など全てが異なる。箱入りの娘が他国に嫁ぐことを想定していなかった王妃は懸念を口にする。
「でも魔王陛下よりわたくしに合う男性はいないと思いますの。わたくしであれば魔王陛下はきっと大切にしてくださいますわ」
王女のその言葉は、自国内において最上級の美しさと称えられたからこその言葉であった。またそれはほかの国の王女に比べても相当な美しさを持つが故のもの。
その言葉に王と王妃はそれもそうかと思ってしまった。
若くみずみずしい年ごろである王女に他国から縁談が舞い込まない日はない。美貌の魔王といえど王女を目にすれば一瞬で恋に落ちるだろうと思ったのだ。
しかし王女はその美しい顔を曇らせる。
「ですが…どうやら魔王陛下に不埒な思いを持つ平民がいるようですの」
「なに?」
「勇者様が教えて下さったのですわ。お母様、わたくし、心配ですわ…魔王陛下はきっと人族の平民が物珍しいのです。でも騙されてはいないかと…」
「まぁ……。それにしても、身の程を知らない平民なのね…。姫、詳しくは聞いているの?」
肩を小さく震わせる王女に、王妃は身を寄せる。心優しい王女がこんなにも心配するなんて、それほど魔王に対する想いがあるのだろうと王と視線を合わせる。
「少しなら…でも、魔王陛下は心優しい方のようで、護衛の者がたくさんいる様子ですわ」
「それなら任せなさい。儂が可愛い姫の為に一肌でも二肌でも脱ごう」
「頼もしいわ、あなた」
「ありがとう! お父様!」
そう美しく微笑みを浮かべる王女に、王と王妃は嬉しそうに微笑んだ。愛娘が嫁いでしまうのは寂しい。だが魔王ほど権力者であれば愛娘は絶対に幸せになれるだろうと想像して。
―――二人は、知らなかった。
王女は我儘が酷く、自分こそが世界で一番幸せになるべきだと思っていることを。この世で一番見目の麗しい自分に相応しいのが魔王であると思っていることを。
態度こそ優しいものの、自国内の貴族の娘からは常に上から目線が滲み出た話をするせいで嫌悪されでいることを。
令息たちはそんな裏の顔とも呼べるその性格を令嬢たちから聞かされ、だからこそ自分たちには高嶺の花すぎると誰も縁談を申し込まないことを。




