店長へインタビュー4
諦観をまとった声だ。
どこか子供のようだが、目の前にいるのは子供ではない。
紛れもなく神であり、人間とは違う。
店長は、コンビニについて「暇をつぶすための場所」と考えている。
同時に、店長の回答で一つの仮説を思いついた。
(この場所を閉じれば、黒い影たちは解放されるのだろう……)
店長の『神格の制限』は、コンビニ内だけだ。
コンビニ自体がなくなれば、制限はなくなる。
それはしない。
黒い影たちを閉じ込めてなお『暇をつぶすため』に、コンビニを開けているのだ。
店長はちらりと、自動ドアの方を見た。
黒い影は、ずっとドアから外に出ようとしている。
店長がどういった感情をしているのかは、読み取れない。
「傲慢……」
思わず口からこぼれた。
抑えても、遅い。
目の前の店長は私の言葉に、噴き出した。
「いや、そう。だって、楽しいからさぁ。それに、人間の世界も一緒じゃん?ルールを破った人間は、相応の罰を受けてもらわなきゃ」
「……ですが、そこに黒い影たちの安寧はないのでしょう?」
「しゃーないやん。ルールを破った。それだけ」
「それでも……」
あとに続けようとしたが、思わず黙り込む。
冷えた笑顔。
店長は、頭をかきながら話を続ける。
「それに、従業員まで抱えちゃったからさぁ。もう潰すなんてのは、無理やん?」
「その、従業員ってのが」
「おん。モクさんとコウくん。モクさんは、まぁ私と同じで『暇つぶし』」
「ライブに行くのも?」
「そう。コウくんは……あ、そっか。記事にしとったよな。行方不明って」
はっとした。
(ルール……!)
黒崎ケイゴは実名だ。
私が書いた記事を読んでいるのなら、載っている失踪記事にも目を通しているはず。
私の考えを見通したのか、野球のセーフのポーズをとる店長。
「ここで、名前を発しなければセーフやから」
「では、私の友人が名前を発したのは……」
「あぁ、あれ?人間って、名前が二つやん?そのうち一つしか知らないからさぁ」
名前が二つ?と首を傾げ、気づく。
(苗字と名前か……)
そんな抜け穴でいいのかと思うが、黙っておく。
「……まぁ、コウくんは解雇かなぁ」
「解雇?」
「おん。もう、帰れるから」
「……彼がここに来た理由は『すべてを落とした』と言ってました。それだけだと、他の人も来ますよね。……彼が、遠野物語を知っていたから呼ばれたんでないでしょうか」
「あぁ、確かにそうだ。妙に『家』が楽しそうだと思ったけど」
ぎしりとコンビニ全体が鳴る。
「にしても、コウ君のこと知っとるん?」
「……学生時代に、図書館で話しただけですけどね」
「はぁん、妙な縁やね」
「……確かに。……彼がここに来たのも、その縁があったのでは?」
「まぁ、そうやね。本人も、そう言ってたから」
「なるほど。……解雇というのは、どういう意味でしょうか」
「そのまんま。……コウくんは、自分が何を落としたかと自分の居場所を思い出した。だから、帰るんよ」
「……そうですか。ところで、さっきから何を書いているんですか?」
ずっと筆で何かを書いている。
「え。神格の返上の話。ただ、君が理解するのが早くて意味なくなったからさ。お品書き書いてる」
「お、お品書き?」
「そう。キッチン担当と話して、もっと弁当の種類増やすってなったからさぁ」
てっきり、神格やまた別の事を書いているのだと思っていた。
「その……なんというか、続けるんですか」
「続けるよ~。ただ、特性上『一度訪れたら、二度とこれない』からさ」
あぁ、それも適応されるのか。
恐らく私はもう来れないだろう。
「今まで来た人たちも、来れないんですか?」
「そうだよ~。……それはそれとして、人があんまり来ないんよ。おかしいなぁ。結構長く出店してるのに」
「……私たちの感覚だと、一時間と一分なんですよ」
「……ミスってたのか」
人間の時間間隔、難しい!と叫ぶ店長。
「……まぁ、ええわ。そこは、後でみんなと相談しよ」
バインダーを取り出して、何かを書いていく店長。
その姿を見ながら、疑問に思ったことをぶつける。
「なるほど。……最後に、質問を良いですか?」
「ん?」
店長が顔を上げる。
「マヨヒガの特性上、一度来た人間はここに来ることは不可能。これは、今もルールで適応されるんですか?」
「おん。……ルールを撤廃しようと思ったけど、存在が曖昧になるからなぁ」
自由に見えて、このコンビニは意外とルールが多い。
人が来るのにも、ルールがある。
「なら、いつまで続けるんですか?」
コンビニを、と言外に意味を込める。
店内の空気がぴんと張りつめている。
ルールに反したことはしていない。
目の前の店長は、驚いた顔をするもすぐに腕を組んで考え始めた。
聞いてみたくなったのだ。
(暇つぶしの割には、凝っているんだよな)
いつまでこの『暇つぶし』を続けるのか。
しばらく唸っていた店長だが、一度天井を仰ぎ見て私に視線を向けた。
「そうやなぁ……。人が、私らを信じなくなるその日まで」
そう、きっぱりと言い切った。
「信じなくなる日……」
「今のところ、君の記事を見ている人は私らみたいな存在を信じているんやろ?なら、一人になるまでやる。人が来なくなったら、店じまいするわ」