店長へのインタビュー3
「神格の返上……?」
聞いたことがない。なんだそれは。
私の表情を察したのか、店長は何かを探し始めた。
「ちょい待ち。紙に書くわ」
和紙と筆、すずりをカウンターに置く。
店長は墨汁をつけて、サラサラと筆を走らせた。
「そもそも、神格って何だと思う?」
「そう、ですね。私からすると『権能』と思っています。神としての権利を行使する……でしょうか」
「はぁ~ん、そう捉えるんか。……私の感覚とは、ちょっと違うなぁ。神格があることによって『神』を名乗れるんや」
「どこが、違うんでしょうか」
「君が言ったのは『行動』。私の感覚では……う~ん、なんといっていいか。……あぁ!資格!『資格』なんよ。ほら、人間にもあるやん?資格がないとできん仕事」
こんな感じと見せられた紙には『神格=資格』『これがないと、神としての仕事ができない』と書かれている。
人間の世界になじみすぎている説明に、一瞬だけ反応が遅れた。
「……仮説なんですが。『神』として活動するためには、『神格』が必要ということですか?」
「そうそう!」
「なぜ、返還を?」
「あ~……さっき、マヨヒガに行くって言ったやん?」
「そうでしたね」
「あの家に入るには、いくつかの条件があるんやけど。その中に『人間、もしくは半神』ってのがあったん」
「……貴方は、入るために辞めたんですか?」
「おん。だって、暇だったから。それに、全部の神格じゃなかったからまぁ儲けモンよ」
ニヒヒと笑う店長。私も笑ったが、背筋には冷たいものが走る。
まさしく人間ではない。
感覚がわからない。
(……いや、結構そういうことあるか……)
この業界にいると「え?そんな立派な資格があるのに?」「そんな大企業を辞めて、フリーに!?」という人がいる。
ただ、規模が大きすぎる。そこは、理解が出来ない。
「……仮説を、話してもいいですか?」
「ええよー」
「神格の全部は返還をしていないと、話しましたよね?」
「おん」
「返還した神格というのが『戻す』ことですか?」
「おお、よおわかったな。正解」
ずっと気になっていた。
体験談の中に出てくる会話で「戻せない」というのがあった。
「恐らくですが、『儀式』……ここで言う『買い物』をすれば戻れるんじゃないですか?もしくは、あなた方から何かを『貰う』」
「うんうん」
頷きながら聞いている店長。
私は、深呼吸をして話を続けた。
「それを拒否した場合、帰れなくなる。つまりは、制限付きの神格のみを所持している事になります」
「うん、そうだね」
「黒い影を戻せないのは、あなたの本来の『神格』がないと戻せない。けれど、貴方はコンビニ店員であるために、神格を返還……というより没収されているんですよね?だから、戻せないのでは」
にんまりと笑う店長。
「正解。よお、たどり着いたな。あ~、ただ一個だけ」
「なんでしょうか」
「没収やない。『預けてる』だけや」
「……同じでは?」
「自分の意志でしていることと、そうじゃないのは別やん?」
「……まぁ確かに」
「な?そうやろ?で、さっき言ったかもだけど神格を預けるのは、このコンビニにいる時だけ。それ以外であれば、あの黒い影たちを『戻せる』」
「ですが、ここにあなたは入れない。――神であるから」
マヨヒガに入る条件の一つに、『人間か半神』とあった。
恐らく、神は入れないのであろう。
マヨヒガが、なぜ建てられたかは分からない。
(福の神の家……と言われている時もあったはず……)
あとは、まぁ、単純に。
(好き嫌いで決めている場合もありそうだ……)
派閥の話を聞くに、神同士も感情のやり取りをしていそうだ。
「そう。神格があれば、彼ら『黒い影』も戻せる。けどな、神格があるとここに入れない」
「……気になったんですが、キッチン担当や業者の方は――ないんですね、戻す資格が」
「そう。彼らが司るのは、また別。キッチン担当にも卸しの人にも言ってみたけどな?どっちも無理やって」
――だから、あのままなんよ彼等は。
店長が指さす先。ドアをくぐろうとする黒い影たち。
大人もいれば、小さい子供もいる。
「……戻れないのは、死んでいるからですか?」
「あぁ、気づいとったんか」
諦観の声。
『しょうがない』と『納得する』が混ざった言葉だった。
「……知り合いから、聞いた話に『振り返ると戻れない』があったので」
「それで?」
「日本神話における、ヨモツヘグイの話に似てるんです。……あっちは、戻れましたけどね」
「そうやなぁ」
目の前にいるのは、ヨモツヘグイに出てきた人物だろう。
いや、分からない。
何せルールに『名前を言ってはいけない』があるのだから。
「貴方が何者かは、私にはわかりません。それに、私が想像している神には『戻す』神格はなかったはずなんで」
「あぁ、確かになぁ」
「……黒い影たちは、戻ることはないんですね?」
「ないね。断言できる」
きっぱりと言い切った。
「……なぜでしょうか」
私の疑問に、店長は笑った。
「ここを閉じたら、私は何で暇を潰せばいい?」