店長へのインタビュー2
「それ……は、どういうことですか」
帰れないとは、なんだ。
通常の手順……つまりは、『金銭を置いていけば』帰れるはずだ。
私の動揺が顔に出ていたのか、店長は笑いを喉の奥でかみ殺した。
「そのまんま。今、この場所。あたしの境界なんだから」
ぱちんと指を鳴らす店長。
ぎしり、とコンビニ全体がきしんだ。
じわりと溶ける周りの景色。
(なんだ……)
目の前にあるレジやカウンターが、朽ちていく。
上から、派手な音とともに縄が落ちてきた。
「これは……」
一回だけ瞬きをする。
目を開ける。
レジは、賽銭箱に。
カウンターは、柵に。
上から落ちてきた縄の先には、大きい鈴。
どこからともなく、鳥の声が聞こえてきた。
目の前に視線を向ける。
店長はコンビニ制服から、着物に。
その奥には、木でできた本堂がある。
さらに奥。
――本尊と思わしき何かが在った。
ぐらり、と目の前が揺らいだ。
椅子に座っているはずなのに、倒れそうだ。
「これが、あたしが本来いた場所」
ここがどこだかは、分からない。
瓦が落ち、柱は歪み、社の半分ほどが苔でおおわれている。
(恐らく、数十年ほど放置された場所……)
明らかに、『現実』とは違う場所。
ぐっと、全身に力を入れて店長を見やる。
「……つまり、私が帰れるかどうかは貴方にかかっているということですか……?」
「まぁ、そんなところ」
「……なぜ、私にこれを見せたんですか?」
今までの体験談から見ると、こういったことはなかった。
大体がコンビニで終わりだ。
なぜ、私には見せたんだ。
その問いに、店長は笑う。
「なんとなく」
言いながら、もう一回指を鳴らす。
徐々にコンビニの内装に戻るのを見つつ、私はなぜか納得していた。
(あぁ、目の前の人は間違いなく『人ではない』のだ)
なんとなく、人の生活を真似する。
なんとなく、人を境界に惑わせる。
なんとなく、人と交流する。
金銭と、言葉にするのもおこがましい『』を貰うため。
(なんなら、弁当なんかは「ついで」なんだろう……)
「……あなた方は、コンビニでの買い物を『儀式』として見ているのですか?」
「あ~……そっか、人間からしたらそう見えるんよなぁ」
うんうんと頷く店長。まるで、想定していなかったかのようだ。
「確かに、儀式っぽいんかぁ。なんか、人間の儀式ってもっと仰々しいやん?」
「そうですけども」
「そんなこと、考えたことなかったわ」
「私には、そう見えました」
「あ~、そう思うんかぁ。こっちとしては、『貰ったから、還すかぁ』って思ったんだけど」
「多分、それが無料なのもそういった理由ですよね」
私はレジ横の漆塗りのお椀を指さす。
「私の結論は、こうです。このコンビニは、『遠野物語のマヨヒガと、ヨモツヘグイを組み合わせた異界である』……ここまでは、あなた方が見ている記事と同じ回答です」
「……そういえば、あったなぁ」
スマホを操作して、何かを見ている店長。
「そして、ここに出会う理由。……迷った人間が、入り込んでくる。山は、迷いやすいですから。一時的に迷った人間を保護しているのではないですか?」
「……そこまで、ええ奴だと思う?」
「いえ。ですから、対価を要求するわけです。ただ、あなた方は2つ貰うことになります。金銭と『』です。それだと、帰すだけじゃ釣り合わない。そこで、「人間が好きなあなた方」は、物を渡すことを始めた。……違いますか?」
私の問いに、店長は天井を仰ぎながら唸っている。
「ん~……そこまで、考えてはおらん。ただ、あるべき場所に帰すことはやらなきゃなぁとは思うんよ。家……マヨヒガと私の特性上ね」
「そうでしょう。マヨヒガだけだと分からないですが、ヨモツヘグイがあると納得できる部分があります。……振り返ると、戻れなくなるんですね?」
「おん。私でも戻せるか、わからない。あのドアの部分にいるのが、戻せなかった人らや」
指さす方角。自動ドアに群がっている無数の黒い影。
だが、疑問が残る。
コンビニを自分の境界にできるほどの力だ。あれらを返すのは、問題ないのではないだろうか。
「……あなたの力では戻せないのですか?神格があるのなら、容易では」
「……あ、そうか。そういえば、言ってなかったな」
「何を」
「戻せない理由。私な、『神格』を返上してるんよ」