6話
塔の第二層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
先ほどの“記憶の間”とは違い、ここはまるで廃墟のようだった。
崩れかけた石の柱、ひび割れた床、天井からは黒い蔦のようなものが垂れ下がっている。
空間全体が、まるで“何か”に蝕まれているような、そんな不気味な気配を放っていた。
「……気をつけろ。ここ、何かおかしい」と夢界が低くつぶやく。
その言葉に、全員が自然と武器に手をかけた。
唯斗も、腰の短剣をゆっくりと抜く。
その動きは、どこか機械的で、感情のこもっていないものに見えた。
「唯斗、大丈夫?」とみるいが声をかける。
「……うん。問題ないよ」
その声は、確かに唯斗のものだった。
けれど、どこか冷たく、距離があった。
進むにつれて、空間はさらに歪んでいった。
壁に映る影が、こちらを見ているような錯覚。
聞こえるはずのない声が、耳元でささやく。
そして、突如として現れたのは――
「……え?」
目の前に立っていたのは、**金子太郎**だった。
いや、正確には、“金子太郎にそっくりな何か”。
「おいおい、俺が二人いるってどういうことだよ!」と本物の太郎が叫ぶ。
次の瞬間、偽の太郎が銃を構え、発砲した。
弾丸は本物の太郎の肩をかすめ、火花を散らす。
「くっ……!」
「分身か!?いや、違う……これは、偽物だ!」と有志が叫ぶ。
偽の太郎だけじゃなかった。
次々と現れる“偽の仲間たち”。
夢界、みるい――全員の“コピー”が現れ、こちらに襲いかかってくる。
「な、なんだよこれ……!」と夢界が叫ぶ。
「この層は、“絆”を試す場所なんだ」と夢界が言った。「本物と偽物を見分けられなければ、仲間を傷つけることになる」
その言葉に、全員が一瞬、動きを止めた。
誰が本物で、誰が偽物か――判断を誤れば、取り返しのつかないことになる。
そのとき、唯斗が動いた。
「……無駄だよ。全部、斬ればいい」
そう言って、目の前の“偽・みるい”に向かって短剣を突き出した。
刃は迷いなく、喉元を貫いた。
――が、倒れたのは、“本物の”みるいだった。
「……っ!!」
血が、床に広がる。
みるいは、苦しそうに息を吐きながら、唯斗を見上げた。
「……ど、どうして……?」
唯斗は、無表情のまま立ち尽くしていた。
その目は、どこか遠くを見ているようで――まるで、現実を見ていないかのようだった。
「唯斗!!」と有志が叫び、彼を突き飛ばした。
「なにやってんだよ!お前、何考えて――!」
そのとき、みるいの体が光に包まれ、ふっと消えた。
どうやら、この層での“死”は現実の死ではないらしい。
けれど、全員の心に、深い傷を残した。
「……ごめん」と唯斗がつぶやいた。
その声は、どこか他人事のようだった。
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戦いの末、なんとか偽物たちを倒し、第二層を突破した。
けれど、空気は重く、誰も口を開こうとしなかった。
みるいは、復活していた。けれど、唯斗の顔を見ようとしなかった。
夢界は、ずっと黙ったまま、何かを考えているようだった。
その夜、塔の中の休憩所で、夢界が唯斗に話しかけた。
「……お前、何か、変だぞ」
「何が?」
「さっきの戦い。お前、みるいを斬ったとき、迷いがなかった。……あれは、唯斗じゃない」
唯斗は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……僕は、僕だよ。何も変わってない」
その言葉には、確かに“唯斗の声”があった。
けれど、夢界は目を細めて言った。
「……俺の能力、“記憶の重なり”を視ることができるんだ。お前の中に、もう一人いる。……“アキモト様”が」
その瞬間、唯斗の目が一瞬だけ、紫に光った。
「……そうか。君には、見えるんだね」
その声は、確かに唯斗の声だった。
けれど、そこに宿っていたのは――別の誰かの意志だった。
(続く)




