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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
三章 綻び
52/52

6話


朝の教室に、ざわめきが広がっていた。

いつもより少し早く登校した唯斗は、

教室の空気の違いにすぐ気づいた。


「転校生が来るらしいよ」

「え、今の時期に?」

「しかも男の子らしいよ。イケメンって噂」

「どこから来たんだろうね」


そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


(転校生……?)


唯斗は、なんとなく胸の奥がざわつくのを感じた。

理由はわからない。

でも、**何かが近づいている**気がした。


---


1時間目の始業チャイムが鳴ると、

担任の先生が教室に入ってきた。

その後ろに、ひとりの男子生徒が立っていた。


「今日からこのクラスに転入してくることになった、○○くんです。

 みんな、仲良くしてあげてね」


その瞬間、教室の空気が一瞬止まった。

そして、すぐにざわめきが戻る。


「よろしくお願いします」

転校生は、静かに頭を下げた。


その声を聞いた瞬間――

唯斗の心臓が、ひとつ跳ねた。


(……この声、知ってる)


隣を見ると、瑠衣も同じように目を見開いていた。

ふたりの視線が交わる。

言葉はなかった。

でも、**同じ記憶の断片が、ふたりの中で揺れていた。**


---


転校生は、教室の後ろの席に案内された。

あの、数日前まで“空白”だった席。

誰もが、そこに違和感を覚えなかった。

**ふたり以外は。**


「……あの人、知ってる気がする」


昼休み、屋上で瑠衣がつぶやいた。


「俺も。

 でも、どこで会ったのか、思い出せない。

 名前も、顔も、全部ぼやけてるのに、

 “知ってる”って感覚だけが残ってる」


「夢の中で会ったような……

 でも、夢じゃない。

 もっと、ちゃんとした記憶のはずなのに」


ふたりは、風に吹かれながら黙り込んだ。

その沈黙は、昨日までのような穏やかさではなく、

**何かを探しているような、張り詰めた静けさ**だった。


---


夢界は、ノートを開いていた。

ページの上には、今日の記録が綴られていた。


**『新規個体、教室内に出現。

 名簿・記録・記憶、いずれにも該当なし。

 教師および生徒の認識に齟齬なし。

 唯斗・瑠衣のみ、違和感を認識。』**


彼は、ページの隅に浮かび上がる文字を見つめた。


**『記録外個体、実体化完了。

 記録守、干渉不可領域に突入。』**


「……実体化、か」


夢界は、ノートを閉じた。

そして、塔の方を見上げた。


「これはもう、“記録”じゃない。

 でも、“物語”でもない。

 じゃあ、これは――」


彼は、ポケットから“余白の紙片”を取り出した。

そこに、こう書いた。


**『ふたりが忘れた“誰か”が、

 姿を持って戻ってきた。

 でも、名前はまだ、記録されていない。

 だから、これはまだ“影”だ。』**


---


放課後。

ふたりは、塔のふもとにいた。

黒いしずく花の蕾が、

ひとつだけ、**わずかに開きかけていた。**


「……咲くかもしれない」


「うん。

 咲いたら、何が起こるんだろう」


「“あの人”の名前が、戻ってくるのかな」


「でも、戻ってきたら――

 私たちの“今”が、変わっちゃうかもしれない」


「それでも、

 俺は、ちゃんと向き合いたい。

 忘れてたことも、思い出すことも、

 全部、君と一緒に」


瑠衣は、そっと頷いた。

その目には、**迷いと決意が同時に宿っていた。**


---


その夜、夢界は塔の中にいた。

ノートを開き、

“記録されない記録”を綴っていた。


**『名前のない転校生。

 ふたりの記憶にだけ残る“懐かしさ”。

 塔の呼吸が深まり、

 記録の外側が、内側に滲み始めている。』**


彼は、ページを閉じた。

そして、静かに言った。


「……次に名前が現れたとき、

 それはもう、“影”じゃなくなる。

 そのとき、俺は――

 記録守として、何を選ぶんだろうな」


塔の奥で、

**誰かの気配が、静かに目を覚まそうとしていた。**


(続く)

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