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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
三章 綻び
50/50

4話



「……ねえ、ここって、前から空いてたっけ?」


瑠衣の声に、唯斗は顔を上げた。

放課後の教室。

誰もいなくなった教室の後ろの席を、

ふたりで見つめていた。


「そこ、誰か座ってた気がするんだけど……」


「俺も、そんな気がする。

 でも、誰だったかは思い出せない」


「名前も?」


「うん。顔も、声も、全部ぼやけてる。

 でも、“いた”って感覚だけはある」


ふたりは、しばらく黙ってその席を見つめていた。

そこには、何もない。

ただの空席。

でも、**“空いていることが不自然”**に感じられた。


---


その日の帰り道。

ふたりは、並んで歩いていた。

春の風が、制服の裾を揺らしていた。


「……ねえ、唯斗」


「ん?」


「私たち、

 誰かを忘れてるのかな」


「たぶん、そうだと思う。

 でも、思い出せない。

 思い出そうとすると、

 頭の中が、ふわって白くなる」


「私も。

 まるで、夢の中の人みたい。

 でも、夢じゃない。

 ちゃんと、いた。

 私たちのそばに」


「……塔のせい、かな」


「うん。

 きっと、また何かが動き始めてる」


ふたりは、歩く速度を少しだけ落とした。

まるで、**“記憶の影”に追いつかれないように**。


---


その夜、夢界はノートを開いていた。

ページの上には、今日の記録が綴られていた。


**『15時12分、教室後方の空席にて、

 ふたりが“誰か”の不在を認識。

 記録上、その席に該当する生徒の記述は存在しない。

 しかし、ふたりの反応は一致しており、

 記憶の綻びが現実に影響を及ぼし始めている可能性あり。』**


夢界は、ペンを止めた。

そして、ページの隅に浮かび上がる文字を見つめた。


**『識別不能:記録外の影、観測開始』**


「……やっぱり、来るんだな」


彼は、ノートを閉じた。

そして、そっとつぶやいた。


「でも、まだ名前は出てこない。

 なら、まだ“記録”じゃない。

 ただの、影だ」


---


翌朝。

教室に入ると、黒板の端に貼られた座席表が目に入った。

唯斗は、ふと足を止めた。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「この座席表、

 なんか、ひとつだけ空白がある」


「ほんとだ……。

 番号はあるのに、名前が書いてない」


「これ、前からこうだったっけ?」


「ううん。

 絶対、誰かの名前があった。

 でも、思い出せない」


ふたりは、顔を見合わせた。

その目に浮かんでいたのは、

**確信のない確信**だった。


「……ねえ、唯斗。

 もし、私たちが本当に誰かを忘れてるとしたら、

 それって、どうすればいいんだろう」


「……思い出すしか、ないんじゃないかな。

 たとえ、全部は無理でも、

 何かひとつでも、手がかりがあれば」


「手がかり……」


瑠衣は、ふと窓の外を見た。

塔の先端が、朝の光に照らされていた。


「……あの人、

 あそこにいた気がする」


「え?」


「ううん、なんでもない。

 ただの、気のせいかも」


唯斗は、何も言わなかった。

でも、その手は、そっと瑠衣の手を探していた。


---


その日の放課後。

ふたりは、塔のふもとにいた。

しずく花の群れの中に、

またひとつ、黒い蕾が増えていた。


「……昨日より、増えてる」


「うん。

 このまま咲いたら、どうなるんだろう」


「咲いたら、

 “思い出す”のかな。

 それとも、“忘れる”のかな」


「どっちも、怖いね」


「でも、どっちにしても――

 私は、あなたと一緒にいたい」


「俺も。

 たとえ、何かを忘れても、

 君のことだけは、忘れたくない」


ふたりは、しずく花の中で手をつないだ。

その手のぬくもりだけが、

この世界の“確かさ”を教えてくれる気がした。


---


その夜、夢界はノートを開いた。

ページの上に、また新しい文字が浮かび上がっていた。


**『記録外個体、接近中』**


夢界は、深く息を吐いた。


「……名前が出るのは、

 もう少し先か。

 でも、気配は、確かに近づいてる」


彼は、ノートを閉じた。

そして、静かに立ち上がった。


「ふたりが気づく前に、

 俺が、先に見つけないと」


塔の影が、夜の闇に溶けていく。

その奥で、何かが、

**静かに目を覚まそうとしていた。**


(続く)

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