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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
三章 綻び
49/50

3話


夢界は、昼休みの教室でノートを開いていた。

ページの上には、黒いインクで描かれた記号や線、

そして、誰にも読めないような文字の連なり。


彼の手は止まることなく動いていたが、

その目は、教室の隅に座るふたりを追っていた。


唯斗と瑠衣。

ふたりは、言葉を交わさずに弁当を食べていた。

でも、その沈黙は、他の誰よりも親密だった。


(……いい距離感だな)


夢界は、そっとペンを止めた。

そして、ノートの余白に、こう書き加えた。


**『ふたりの沈黙、春の光に溶ける。

 言葉よりも深く、確かなもの。』**


それは、記録というより、詩に近かった。

でも、夢界にとっては、

**こうして書き留めることが、記録守としての“祈り”だった。**


---


夢界が記録守になったのは、

いつのことだったか、もう思い出せない。


気づいたときには、ノートを持っていた。

塔のふもとに立ち、

「ここにいるべきだ」と、自然に思った。


誰かに命じられたわけでもない。

でも、彼は知っていた。


**「記録を守る者が必要だ」**

**「誰かが見ていなければ、物語は消えてしまう」**


だから、彼は書き続けた。

誰にも読まれないかもしれない記録を、

誰にも気づかれないまま、静かに綴ってきた。


---


でも、最近――

その“静かな仕事”に、

**小さな異変**が起きていた。


ノートのページに、

自分の知らない文字が浮かび上がるようになったのだ。


最初は、インクのにじみかと思った。

でも、違った。

それは明らかに、**誰かの意志を持った“記述”**だった。


**『第二綴、準備中』**


その文字は、夢界の筆跡ではなかった。

インクの色も、質感も違っていた。

まるで、**“記録の外”から書き込まれたような感触**。


(……誰だ?

 俺以外に、ノートに触れられる存在なんて――)


彼は、塔の方を見た。

その先端は、春の霞に包まれて、

まるで夢の中の幻のように揺れていた。


(塔が、動き出してる。

 でも、これは“目覚め”じゃない。

 もっと静かで、もっと根深い……“呼吸”だ)


---


放課後。

夢界は、校舎の屋上にいた。

風が強く、ノートのページがめくれるたびに、

彼はそっと手で押さえた。


(唯斗と瑠衣。

 ふたりは、今、ちゃんと“今”を選んでる。

 それは、記録守として見ていても、すごいことだ。

 でも――)


彼は、ページの隅に目をやった。

そこには、また新しい文字が浮かび上がっていた。


**『記録守、交代準備中』**


夢界は、目を細めた。

その文字は、まるで“通知”のように、

淡く、でも確かにそこにあった。


「……交代? 俺が?」


彼は、しばらく黙っていた。

そして、そっとノートを閉じた。


「まだ、渡さないよ。

 ふたりの記録は、俺が見届ける。

 最後まで、ちゃんと」


その声は、風にかき消された。

でも、その決意は、

塔のどこかに、きっと届いていた。


---


夜。

夢界は、自室の机に向かっていた。

ノートを開き、今日の記録を整理していた。


ふたりの会話、表情、沈黙。

それらを、言葉に変えて綴っていく。


**『昼休み、ふたりは言葉を交わさずに笑った。

 その笑みは、昨日よりも少しだけ深く、

 でも、どこかに影を落としていた。』**


ページの端に、また文字が浮かび上がった。


**『記録守候補、観測中』**


夢界は、眉をひそめた。


(……候補? 誰のことだ?)


彼は、ふと唯斗の顔を思い浮かべた。

そして、次に瑠衣の顔を。


(まさか……)


ノートのページが、ひとりでにめくれた。

そこには、見覚えのない記録があった。


**『記録外個体、再接続準備中』**


夢界は、息をのんだ。


「……おいおい、

 それは、まだ早いだろ」


彼は、ノートを閉じた。

そして、深く息を吐いた。


(続く)

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