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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
三章 綻び
48/50

2話



「……でさ、唯斗って、誰か好きな人いんの?」


昼休み、教室の窓際。

男子数人が集まって、パンをかじりながら話していた。

その輪の中心に、唯斗がいた。


「え、なんで急に?」


「いや、なんか最近さ、雰囲気変わったっていうか。

 ちょっと“彼女できました感”あるよな?」


「わかる。

 なんか、目が優しくなったっていうか……」


「いやいや、そんなことないって」


唯斗は笑ってごまかした。

でも、心のどこかが、少しだけざわついた。


(バレてないよな……?)


視線の端で、瑠衣の姿を探す。

彼女は女子のグループに混じって、

お弁当を広げていた。

笑っている。

でも、どこか“演じている”ようにも見えた。


ふたりは、付き合っている。

でも、それを誰にも言っていない。

言う必要がないと思っていた。

ふたりだけが知っていれば、それでいいと。


でも――

**本当に、それでよかったのだろうか。**


---


放課後。

ふたりは、校舎裏のベンチに並んで座っていた。

昨日と同じ場所。

でも、空気は少し違っていた。


「……今日、聞かれたよ。

 “好きな人いるの?”って」


「えっ、誰に?」


「翔太と、直樹と、あと……誰だっけ。

 まあ、いつものメンツ」


「なんて答えたの?」


「“いない”って言った」


「……そっか」


瑠衣は、少しだけ目を伏せた。

その横顔に、影が差していた。


「……ごめん。

 言いたくなかったわけじゃないんだ。

 ただ、なんていうか……

 まだ、ふたりだけのものにしておきたくて」


「うん、わかってる。

 私も、そう思ってたし。

 でも、ちょっとだけ……寂しかった」


「……ごめん」


「謝らないで。

 私も、同じことしてるから」


ふたりは、しばらく黙った。

その沈黙は、昨日までのように心地よいものではなかった。


---


その夜、唯斗はベッドの上で天井を見つめていた。

スマホの画面には、瑠衣とのやりとりが並んでいる。


「明日、またベンチで会える?」


「うん、行くよ」


「……ありがとう」


その“ありがとう”が、

どこか遠く感じられた。


(俺たち、ちゃんと“付き合ってる”んだよな)


そう思いながらも、

昼間の会話が頭をよぎる。


“彼女できました感”


(そんなにわかりやすかったのか……)


でも、誰にも言っていない。

言っていないのに、伝わってしまう。

それは、うれしいことなのか、怖いことなのか。

自分でも、よくわからなかった。


---


翌朝。

教室に入ると、夢界がすでに席についていた。

ノートを開いて、何かを書いている。


唯斗は、ふとその手元を覗き込んだ。

でも、そこに書かれていたのは、

意味のわからない記号や図形ばかりだった。


「なあ、夢界」


「ん?」


「最近、なんか変わったこと、ない?」


夢界はペンを止めて、少しだけ首をかしげた。


「変わったこと……うーん、どうだろう。

 変わってないって言えば変わってないし、

 変わったって言えば、まあ、変わったかも」


「どっちだよ」


「どっちも、だよ。記録って、そういうもん」


唯斗は苦笑した。

夢界のこういうところは、昔から変わらない。

でも、今日はその“とぼけた調子”の奥に、

何かを隠しているような気配があった。


「……なんか、クラスの雰囲気、ちょっと変じゃない?」


「ふーん、たとえば?」


「なんか、誰かがいない気がする。

 でも、誰がいないのか思い出せない。

 瑠衣も、同じこと言ってた」


夢界は、少しだけ目を細めた。

そして、ノートのページをそっと閉じた。


「……あんまり深く考えないほうがいいよ。

 今はまだ、言葉にしちゃいけないこともあるから」


「それって、塔のこと?」


「さあね。

 でも、ふたりが気づいたことは、ちゃんと記録してるよ。

 それだけは、信じていい」


唯斗は、しばらく黙って夢界を見つめた。

彼の目は、いつも通り穏やかだった。

でも、その奥にある“何か”が、

確かにこちらを見ていた。


---


放課後。

ふたりは、またベンチに座っていた。


「……夢界、何か隠してるよね」


「うん。

 たぶん、俺たちが気づいてること以上のことを、

 もう知ってるんだと思う」


「でも、教えてくれない。

 “今はまだ話せない”って」


「……記録守って、そういうものなのかな」


「どうだろう。

 でも、夢界は夢界だよ。

 あの子は、私たちの味方だと思いたい」


「俺も、そう思いたい。

 でも、ちょっとだけ……怖い」


「……うん。

 わかるよ、その気持ち」


ふたりは、手をつないだ。

その手のぬくもりだけが、

この世界の“確かさ”を教えてくれる気がした。


---


その夜、瑠衣は夢を見た。


塔の中。

白い廊下。

無数の扉。

そのひとつが、ゆっくりと開いていく。


中にいたのは――

**自分だった。**


でも、その“自分”は、

どこか違っていた。

髪型も、制服も、表情も。

何より、目が違っていた。


「……あなたは、誰?」


そう問いかけると、

その“もうひとりの自分”が、

静かに微笑んで言った。


**「わたしは、あなたが忘れた“わたし”」**


瑠衣は、目を覚ました。

額に汗をかいていた。


(……なんだったの、あれ)


スマホを見ると、

唯斗からメッセージが届いていた。


「おやすみ。

 また明日、会おうな」


瑠衣は、そっと微笑んだ。

でも、その笑みの奥に、

**言葉にできないざわめき**があった。


---


そのころ、夢界はひとり、塔のふもとにいた。

ノートを開き、静かにページをめくる。


そこには、ふたりのやりとりが、

まるで詩のように綴られていた。


「……ふたりとも、ちゃんと進んでるな」


彼はそうつぶやいて、

空を見上げた。


塔の先端が、夜の星を背に、

静かにそびえていた。


「でも、そろそろだ。

 “あれ”が動き出すのは、たぶん――」


風が吹いた。

ノートのページが、ひとりでにめくれた。


そこには、まだ誰も書いていないはずの文字があった。


**『第二綴、準備中』**


夢界は、目を細めた。

そして、そっとノートを閉じた。


「……やれやれ。

 また、忙しくなりそうだな」


その声は、どこか楽しげで、

でも、ほんの少しだけ寂しげだった。



(続く)

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