2話
「……でさ、唯斗って、誰か好きな人いんの?」
昼休み、教室の窓際。
男子数人が集まって、パンをかじりながら話していた。
その輪の中心に、唯斗がいた。
「え、なんで急に?」
「いや、なんか最近さ、雰囲気変わったっていうか。
ちょっと“彼女できました感”あるよな?」
「わかる。
なんか、目が優しくなったっていうか……」
「いやいや、そんなことないって」
唯斗は笑ってごまかした。
でも、心のどこかが、少しだけざわついた。
(バレてないよな……?)
視線の端で、瑠衣の姿を探す。
彼女は女子のグループに混じって、
お弁当を広げていた。
笑っている。
でも、どこか“演じている”ようにも見えた。
ふたりは、付き合っている。
でも、それを誰にも言っていない。
言う必要がないと思っていた。
ふたりだけが知っていれば、それでいいと。
でも――
**本当に、それでよかったのだろうか。**
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放課後。
ふたりは、校舎裏のベンチに並んで座っていた。
昨日と同じ場所。
でも、空気は少し違っていた。
「……今日、聞かれたよ。
“好きな人いるの?”って」
「えっ、誰に?」
「翔太と、直樹と、あと……誰だっけ。
まあ、いつものメンツ」
「なんて答えたの?」
「“いない”って言った」
「……そっか」
瑠衣は、少しだけ目を伏せた。
その横顔に、影が差していた。
「……ごめん。
言いたくなかったわけじゃないんだ。
ただ、なんていうか……
まだ、ふたりだけのものにしておきたくて」
「うん、わかってる。
私も、そう思ってたし。
でも、ちょっとだけ……寂しかった」
「……ごめん」
「謝らないで。
私も、同じことしてるから」
ふたりは、しばらく黙った。
その沈黙は、昨日までのように心地よいものではなかった。
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その夜、唯斗はベッドの上で天井を見つめていた。
スマホの画面には、瑠衣とのやりとりが並んでいる。
「明日、またベンチで会える?」
「うん、行くよ」
「……ありがとう」
その“ありがとう”が、
どこか遠く感じられた。
(俺たち、ちゃんと“付き合ってる”んだよな)
そう思いながらも、
昼間の会話が頭をよぎる。
“彼女できました感”
(そんなにわかりやすかったのか……)
でも、誰にも言っていない。
言っていないのに、伝わってしまう。
それは、うれしいことなのか、怖いことなのか。
自分でも、よくわからなかった。
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翌朝。
教室に入ると、夢界がすでに席についていた。
ノートを開いて、何かを書いている。
唯斗は、ふとその手元を覗き込んだ。
でも、そこに書かれていたのは、
意味のわからない記号や図形ばかりだった。
「なあ、夢界」
「ん?」
「最近、なんか変わったこと、ない?」
夢界はペンを止めて、少しだけ首をかしげた。
「変わったこと……うーん、どうだろう。
変わってないって言えば変わってないし、
変わったって言えば、まあ、変わったかも」
「どっちだよ」
「どっちも、だよ。記録って、そういうもん」
唯斗は苦笑した。
夢界のこういうところは、昔から変わらない。
でも、今日はその“とぼけた調子”の奥に、
何かを隠しているような気配があった。
「……なんか、クラスの雰囲気、ちょっと変じゃない?」
「ふーん、たとえば?」
「なんか、誰かがいない気がする。
でも、誰がいないのか思い出せない。
瑠衣も、同じこと言ってた」
夢界は、少しだけ目を細めた。
そして、ノートのページをそっと閉じた。
「……あんまり深く考えないほうがいいよ。
今はまだ、言葉にしちゃいけないこともあるから」
「それって、塔のこと?」
「さあね。
でも、ふたりが気づいたことは、ちゃんと記録してるよ。
それだけは、信じていい」
唯斗は、しばらく黙って夢界を見つめた。
彼の目は、いつも通り穏やかだった。
でも、その奥にある“何か”が、
確かにこちらを見ていた。
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放課後。
ふたりは、またベンチに座っていた。
「……夢界、何か隠してるよね」
「うん。
たぶん、俺たちが気づいてること以上のことを、
もう知ってるんだと思う」
「でも、教えてくれない。
“今はまだ話せない”って」
「……記録守って、そういうものなのかな」
「どうだろう。
でも、夢界は夢界だよ。
あの子は、私たちの味方だと思いたい」
「俺も、そう思いたい。
でも、ちょっとだけ……怖い」
「……うん。
わかるよ、その気持ち」
ふたりは、手をつないだ。
その手のぬくもりだけが、
この世界の“確かさ”を教えてくれる気がした。
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その夜、瑠衣は夢を見た。
塔の中。
白い廊下。
無数の扉。
そのひとつが、ゆっくりと開いていく。
中にいたのは――
**自分だった。**
でも、その“自分”は、
どこか違っていた。
髪型も、制服も、表情も。
何より、目が違っていた。
「……あなたは、誰?」
そう問いかけると、
その“もうひとりの自分”が、
静かに微笑んで言った。
**「わたしは、あなたが忘れた“わたし”」**
瑠衣は、目を覚ました。
額に汗をかいていた。
(……なんだったの、あれ)
スマホを見ると、
唯斗からメッセージが届いていた。
「おやすみ。
また明日、会おうな」
瑠衣は、そっと微笑んだ。
でも、その笑みの奥に、
**言葉にできないざわめき**があった。
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そのころ、夢界はひとり、塔のふもとにいた。
ノートを開き、静かにページをめくる。
そこには、ふたりのやりとりが、
まるで詩のように綴られていた。
「……ふたりとも、ちゃんと進んでるな」
彼はそうつぶやいて、
空を見上げた。
塔の先端が、夜の星を背に、
静かにそびえていた。
「でも、そろそろだ。
“あれ”が動き出すのは、たぶん――」
風が吹いた。
ノートのページが、ひとりでにめくれた。
そこには、まだ誰も書いていないはずの文字があった。
**『第二綴、準備中』**
夢界は、目を細めた。
そして、そっとノートを閉じた。
「……やれやれ。
また、忙しくなりそうだな」
その声は、どこか楽しげで、
でも、ほんの少しだけ寂しげだった。
(続く)




