月の見える夜に⑧月の見える夜の明け
空が、ほんのりと白み始めていた。
夜と朝の境目が、ゆっくりとほどけていく。
でも、月はまだ空に残っていた。
塔の先端のすぐそばで、
最後の光をたたえていた。
唯斗と瑠衣は、学校の裏手にある小道を歩いていた。
手をつないだまま、言葉少なに。
でも、その沈黙は、何よりもあたたかかった。
「……ねえ、唯斗」
「ん?」
「この夜のこと、
ちゃんと覚えててね」
「もちろん。
何があっても、忘れないよ。
君と過ごした夜だもん」
瑠衣は、少しだけ俯いて、
それから、ゆっくりと顔を上げた。
「……じゃあ、証拠、残してもいい?」
「証拠?」
「うん。
“忘れられないようにする”っていうか……
ちゃんと、残したいの」
唯斗は、瑠衣の目を見た。
その瞳は、夜の名残を映しながら、
どこまでもまっすぐだった。
「……俺も、残したい」
ふたりは、ゆっくりと顔を近づけた。
風が、ふっと止まった。
世界が、息をひそめた。
そして――
唇が、重なった。
それは、熱くて、
でもどこまでもやさしいキスだった。
言葉よりも深く、
記憶よりも確かに、
ふたりの心を結びつけるもの。
長い夜の終わりに、
ふたりはようやく、
**“今”をまるごと抱きしめることができた。**
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キスのあと、ふたりはしばらく黙っていた。
でも、その沈黙は、何よりも雄弁だった。
「……これで、忘れられないでしょ?」
「うん。
絶対に、忘れない」
「私も。
この夜のこと、
ずっと覚えてる」
ふたりは、もう一度手をつないだ。
その手のぬくもりは、
夜の終わりと、朝の始まりをつなぐ橋のようだった。
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塔は、静かにそびえていた。
その先端に、朝日が差し込む。
そして、ほんの一瞬だけ――
月の光が重なった。
夜と朝が交わる、その刹那。
ふたりの記憶が、
世界のどこかに、そっと刻まれていった。
物語は、まだ終わらない。
でも、今夜はここまで。
**――しずく花の夜、記憶にて継ぐ。**




