月の見える夜に⑥ 夢のかけら
「……眠くなってきたね」
瑠衣が、草の上で目をこすりながら言った。
塔のふもとは、夜の静けさに包まれていて、
風の音と草のささやきが、子守唄のように耳に届いていた。
「ここで寝たら、風邪ひくかな」
「……でも、ちょっとだけなら」
「うん。
ちょっとだけ、目を閉じようか」
ふたりは、手をつないだまま、
草の上に身を預けた。
月明かりが、まぶたの裏にやさしく差し込んでくる。
その光に導かれるように、
ふたりは、静かに夢の中へと沈んでいった。
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夢の中で、唯斗はひとり、見知らぬ場所に立っていた。
そこは、塔の中のようでいて、塔ではなかった。
壁も床も、どこか曖昧で、
空気は水のように重たかった。
「……ここは……?」
声が、響かない。
でも、自分の声は確かに出ていた。
足元には、無数の“かけら”が散らばっていた。
それは、ガラスのように透き通っていて、
ひとつひとつに、微かな光が宿っていた。
唯斗は、ひとつのかけらを拾い上げた。
すると、目の前に、映像が浮かび上がった。
――瑠衣が、笑っている。
校庭の隅で、風に髪を揺らしながら、
こちらに手を振っている。
「……これ、記憶?」
唯斗は、別のかけらを拾った。
今度は、自分が泣いている映像だった。
誰かの名前を呼んでいる。
でも、その声は、途中でかき消されてしまった。
「……なんだよ、これ……」
そのとき、背後から足音が聞こえた。
振り返ると、そこに瑠衣が立っていた。
夢の中でも、彼女は彼女のままだった。
「……唯斗?」
「瑠衣……? 君も、ここに?」
「うん。
気づいたら、ここにいた。
あなたの声が聞こえた気がして」
ふたりは、顔を見合わせた。
夢の中なのに、手を伸ばせば触れられそうだった。
「……ここ、どこだろうね」
「わからない。
でも、たぶん――
塔の中、じゃない気がする」
「うん。
なんか、もっと……
“外側”って感じがする」
ふたりは、足元のかけらを見つめた。
それは、まるで記憶の断片のように、
静かに光を放っていた。
「……これ、誰の記憶なんだろう」
「私たちの、じゃないよね。
見たことない風景ばっかり」
「でも、どこか懐かしい気がする。
……なんでだろう」
ふたりは、ひとつのかけらを同時に拾い上げた。
その瞬間、景色が変わった。
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そこは、見知らぬ教室だった。
窓の外には、塔が見えなかった。
代わりに、広い海が広がっていた。
教室の中には、誰もいなかった。
でも、机の上に、開かれたノートが置かれていた。
唯斗が近づいて、ページをめくる。
そこには、見覚えのない文字が並んでいた。
**『記録守:第二綴』**
「……第二?」
「夢界のノートは、“継続中”だったよね」
「うん。
じゃあ、これは……別の記録守の?」
そのとき、教室の奥から、
誰かの気配がした。
ふたりは、そっと振り返った。
でも、そこには誰もいなかった。
ただ、風が吹き抜けて、
ノートのページが一枚、めくられた。
そこには、たったひとことだけ、こう書かれていた。
**『まだ、終わっていない』**
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ふたりは、同時に目を覚ました。
夜はまだ深く、
塔は変わらず、静かにそびえていた。
「……夢、見た?」
「うん。
君と、同じ夢だった気がする」
「教室にいたよね。
海が見える場所で、
ノートがあって……」
「“第二綴”って書いてあった」
「……やっぱり、同じだ」
ふたりは、顔を見合わせた。
その目には、驚きと、少しの不安、
そして、確かな“気配”が宿っていた。
「……塔、やっぱり、
まだ眠ってないのかも」
「うん。
それに、あの言葉……
“まだ、終わっていない”って」
「……でも、今はまだ、
この夜を忘れたくない」
「うん。
しずく花の夜を、ちゃんと覚えていたい」
ふたりは、もう一度手をつないだ。
その手のぬくもりが、
夢の中の不確かさを、少しだけ遠ざけてくれた。
塔は、静かにそびえていた。
でも、その先端が、
ほんのわずかに、光を帯びているように見えた。




