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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
間章 インタールード
40/50

月の見える夜に③ 名前のない約束


塔の影が、夜の街に長く伸びていた。

その影の端に、ふたりの影が重なっていた。


唯斗と瑠衣は、屋上の柵にもたれながら、

つないだ手をそっとほどき、

それぞれの指先に残るぬくもりを確かめていた。


言葉は、もう十分に交わした。

でも、**言葉のあとに残る沈黙**こそが、

ふたりにとっては、いちばん大切な時間だった。


「……ねえ、唯斗」


瑠衣が、月を見上げたまま言った。


「うん?」


「“好き”って、言葉にしないまま、

 伝わることってあると思う?」


唯斗は、少しだけ考えてから答えた。


「あると思う。

 でも、言葉にしないと、

 届かないこともあると思う」


「……そっか。

 じゃあ、私たちは……どっちなんだろうね」


「たぶん、両方じゃないかな。

 言葉にして、届いたこともあるし、

 言葉にしなかったから、守れたものもある」


瑠衣は、ふっと笑った。

その笑みは、どこか安心したようで、

でも少しだけ、切なさも混じっていた。


「……私ね、

 “みるい”だったとき、

 あなたともっと話したかったんだ」


「うん」


「でも、話せば話すほど、

 “終わり”が近づいてくる気がして、

 怖くて、言葉を飲み込んでた」


唯斗は、静かに頷いた。


「わかるよ。

 俺も、あのときは何も言えなかった。

 言ったら、壊れそうで……

 言わなかったら、守れる気がしてた」


「でも、結局、言わなかったことが、

 いちばん後悔に残るんだよね」


「……うん。

 だから、今は、ちゃんと話したいって思った」


「ありがとう。

 私も、ちゃんと聞きたかった。

 “今の唯斗”の声で、

 “今の気持ち”を」


ふたりは、再び視線を交わした。

その目には、もう迷いはなかった。


でも、ふたりとも、

“好き”とは言わなかった。


それは、**言わなくても伝わると信じているから**かもしれないし、

言葉にしてしまうことで、

何かが変わってしまうのを恐れているからかもしれない。


けれど、ふたりの間には、

確かに**名前のない約束**が生まれていた。


---


風が、塔の方角から吹いてきた。

春の夜風は、まだ少し冷たくて、

でもどこか、やさしい匂いがした。


「……ねえ、唯斗」


「うん?」


「このまま、時間が止まったらいいのにって、思わない?」


「思うよ。

 でも、止まらないってわかってるから、

 今が大事なんだって思えるのかも」


「……そっか。

 そうだね」


瑠衣は、カーディガンの袖を引き寄せて、

自分の腕を抱いた。


唯斗は、そんな彼女の様子を見て、

そっと自分の制服の上着を脱いだ。


「……ほら、寒いだろ」


「えっ、でも……」


「いいから。

 俺、暑がりだし」


「ふふ、うそばっかり」


瑠衣は、唯斗の上着を受け取って、

肩にかけた。


「……ありがとう。

 あったかい」


「それ、俺のぬくもりだからな」


「うん、知ってる」


ふたりは、また黙った。

でも、その沈黙は、

まるで音楽の“間”のように、

意味のある静けさだった。


---


しばらくして、瑠衣がぽつりと呟いた。


「……ねえ、唯斗。

 もし、また塔が目を覚ましたら、

 私たち、どうするんだろうね」


「……戦うよ。

 また、君と夢界と一緒に。

 でも、できれば……

 もう、誰の記憶も消えないでほしい」


「うん。

 私も、そう思う。

 でも、たぶん――

 また、何かが起きる気がする」


「……わかる。

 俺も、そんな気がしてる」


「それでも、

 あなたと一緒なら、

 私は、大丈夫だと思う」


唯斗は、瑠衣の手をそっと握った。


「俺も。

 君が隣にいてくれるなら、

 どんな記憶でも、受け止められる」


ふたりの影が、月明かりの下で重なった。


その影は、塔の影と交わるように、

静かに、でも確かに、

**未来へと伸びていた。**


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