月の見える夜に② 揺れる声、届く音
「……ねえ、唯斗」
瑠衣が、つないだ手を見つめながら言った。
その声は、風に乗って、少し震えていた。
「私ね、ずっと怖かったの。
“みるい”の記憶があるって、
言ったときから」
「……どうして?」
「だって、もしそれで、
あなたが私を“みるいの代わり”として見てたらって思ったら……
すごく、怖かった」
唯斗は、はっとした。
その不安を、彼女がずっと抱えていたことに、
今さら気づいた自分が、情けなかった。
「ごめん……。
そんなふうに思わせてたんだな」
「ううん、謝らないで。
私が勝手に、そう思ってただけだから。
でも、今日こうして呼んでくれて、
ちゃんと“今の私”を見てくれてるってわかって、
すごく、うれしかった」
瑠衣は、そっと笑った。
でも、その笑みの奥に、
まだ言いかけの言葉があるように見えた。
「……それにね、
もうひとつ、言いたいことがあるの」
「うん、なに?」
瑠衣は、少しだけ間を置いてから、
まっすぐに唯斗の目を見た。
「私、“みるい”だったとき、
あなたに言えなかったことがあるの。
ずっと、言えなかったこと」
唯斗の心臓が、ひとつ跳ねた。
風の音が、遠くなった気がした。
「……あのとき、
あなたが私の名前を呼んでくれたとき、
本当は、すごくうれしかった。
でも、私はもう、
“みるい”としての時間を終わらせなきゃいけなかった」
「……うん」
「だから、言えなかった。
“私も、あなたが好き”って」
唯斗は、目を見開いた。
でも、すぐにその目を細めて、
静かに頷いた。
「……ありがとう。
今、聞けてよかった」
「でもね、今の私は、
“瑠衣”として、あなたの隣にいたいって思ってる。
それは、あのときの続きじゃなくて――
今の私の気持ち」
唯斗は、つないだ手に力を込めた。
瑠衣も、それに応えるように指を絡めた。
「……俺も、同じ気持ちだよ。
“今の君”が好きだ。
だから、これからも、
君の隣にいたい」
ふたりは、しばらく黙って空を見上げた。
月は、変わらずそこにあった。
塔も、変わらずそびえていた。
でも、ふたりの間には、
**確かな変化**があった。
言葉にしたことで、
ようやく届いた想い。
ようやく重なった気持ち。
それは、静かだけれど、
確かに“始まり”の音がした。




