微笑
午後三時。
夢界は、街の外れにある古い商店街を歩いていた。
シャッターの閉まった店が並ぶ通り。
風が吹くたびに、どこかの風鈴が鳴る。
人の気配は少ないけれど、
この場所には、**記憶の残り香**がたくさん漂っていた。
夢界は、ノートを開いた。
『記録守:継続中』
そのページには、今日の観察が書き込まれていく。
**『午後3時12分。
商店街の角、花屋の前。
誰もいないのに、花の香りが強く残っている。
記憶の残響か。
“誰かがここで待っていた”気配。』**
夢界は立ち止まり、花屋の前にしゃがみ込んだ。
ショーウィンドウの中には、枯れかけたカスミソウの花束。
その前に、小さな紙切れが落ちていた。
拾い上げると、そこにはこう書かれていた。
**「また、来年もここで」**
「……なるほど。
約束の記憶か」
夢界は、ノートにその言葉を写し取った。
そして、そっと紙を元の場所に戻した。
(誰の記憶かは、わからない)
(でも、たしかに“あった”ものだ)
彼は、記憶を“解決”しようとは思っていない。
ただ、**残すこと**が大事だと思っている。
忘れられたもの。
気づかれなかった想い。
名前のない感情。
そういうものを、ただ静かに記録していく。
それが、自分の役目だと思っている。
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商店街を抜けた先に、小さな公園があった。
ブランコがひとつ、風に揺れている。
夢界はベンチに腰を下ろし、
ノートを膝に置いたまま、空を見上げた。
塔が、遠くに見える。
今日も変わらず、黙ってそびえている。
「……なあ、塔。
お前は、全部見てるんだろ?」
風が、ページをめくる。
ノートの中の文字が、かすかに揺れた。
「俺は、誰かの記憶を守るためにここにいる。
でも、たまに思うんだ。
俺自身の記憶は、誰が守ってくれるんだろうって」
塔は、何も答えない。
ただ、影を落とすだけ。
夢界は、ふっと笑った。
「……まあ、いいか。
俺が覚えてるなら、それで十分だよな」
彼はノートを閉じ、立ち上がった。
「さて、そろそろ戻るか。
ふたりに、今日の“発見”を話してやらないとな」
風が、彼の背中を押した。
夢界は、ゆっくりと歩き出す。
その背中は、
誰かの記憶を背負いながらも、
どこか軽やかだった。
(終わり)




